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15 古龍襲撃事件

15 古龍襲撃事件


 セレスタが王宮に住み始めてから三日目、その間承治はセレスタと交流するような機会もなく、いつもと変わらない日常を過ごしていた。

 そんなこんなで今日も仕事に励んでいると、ヴィオラが承治に雑談を振ってくる。


「それにしても、セレスタさんは偉いですね。オババ様のために、わざわざカスタリアの言葉まで勉強して単身でここまで来たそうですよ」


 その言葉に、承治はセレスタと初めて会ったときのことを思い出す。


 承治は、セレスタが初対面のときカタコトではなかった理由に気付いていた。

 あのときセレスタは、カスタリア語ではなく、隣国のクラリア語を喋っていたのだ。

 つまり、セレスタは以前住んでいたクラリアの言葉は流暢に話せるが、カスタリア語はつたないので承治にはカタコトに聞こえるという仕組みだ。


 最初はバカにしていた言語能力だが、言語の種類を問わず自動翻訳されるのは非常に便利だ。

 たとえここで失業しても、通訳として再就職できるかな。などと考えた承治は、人間用のお茶を飲みつつヴィオラとの雑談を続ける。


「そういえば、セレスタちゃんには獣人の血が混じってるみたいですけど、獣人の女の子って結構可愛いですよね。ケモミミ生えてるし」


「ケモミミ? ジョージさんはああいう子が好みなんですか?」


「まあ、好きか嫌いかで言えば好きな方ですよ。もちろん、エルフ族の女性も可愛いと思ってますけど」


「フフ、お世辞を言ってもお給料は上げませんよ」


 そんな雑談をしていると、不意に執務室の扉が放たれる。

 入室してきたのは、ヴィオラの部下にあたる役人だった。


「ヴィオラ様。先の古龍襲撃事件についてコルネティア公爵様からお手紙です」


 そう告げた役人は、ヴィオラに一枚の紙を手渡す。

 文書に軽く目を通したヴィオラは、いささか表情を険しくした。


「わざわざ配達ありがとうございます。この件については、私の方で対応を決めてから指示を出します。それまでは、なるべく事を荒立てないようお願いします」


 そう告げられた役人は一礼して部屋を後にする。

 一連のやり取りを見ていた承治は、話の中身がまったくわからなかった。


「何かあったんですか?」


「そういえば、ジョージさんは昨日お休みだったので、まだご存じありませんでしたね。実は、地方でいささか面倒事が起きていまして……」


 そう切り出したヴィオラは、自身のデスクに腰を下ろして事の次第を説明した。


「先日、我がカスタリアのコルネティア公爵領の辺境で、古龍と呼ばれる原種ドラゴンが何者かによって襲撃されるという事件が発生しました。古龍は、古くからその地に住みつく神聖な生き物で、我が国では重要希少種として保護の対象になっています。当然、目的が何であれ古龍を襲うなどというのは許されざる行為です」


 ソファーに腰かけた承治は、あまり真剣味を持たずに耳を傾ける。


「はあ、確かに国が保護してる動物が傷つけられたら問題ですね」


「問題はそれだけではありません。目撃者の証言によると、古龍を襲ったのは隣国クラリアの人間である可能性が高いんです。古龍襲撃事件に憤慨する領主のコルネティア公爵は私兵を動員して犯人を捕まえると息巻いていますが、犯人が隣国の人間である以上、事によっては外交問題に発展しかねません」


 隣国クラリア――先日王宮に来たセレスタが以前住んでいた国だ。

 それはさておき、話が隣国との外交問題となれば看過できない。

 承治は姿勢を改めて真剣な面持ちを作る。


「少し厄介そうな話ですね。犯人が捕まれば話は早そうですけど」


「一応、クラリア政府にも犯人探しの要請はしていますが、向うは大した事件ではないと思っているのか、あまり関心を示してくれません。それどころか、強行姿勢を見せるコルネティア公爵のやり方が気にくわないらしく、逆に反発するような態度を見せています」


「それで、さっき受け取った手紙というのは?」


「はい。これは当のコルネティア公爵からの手紙です。要約すると、古龍襲撃は我が領の沽券に関わる重大事件だから、今すぐクラリア領内で捜査が行えるよう王宮からも要請してくれ、といった内容でした。彼はこう言っていますが、両国の関係を考えれば、クラリアに我が国の兵士を進駐させるわけにはいきません」


「なるほど、どうにかして穏便に話を進めたいですね」


 その言葉に、ヴィオラは頭を抱える。


「こういうとき、手紙のやり取りだとなかなか話が進まなくて困るんですよね。外交官を送るにしても、状況がわからなければ交渉のしようがないですし。こうなった以上、私が直接赴きたいくらいなんですが……」


「その事件があった場所って遠いんですか?」


「ええ、まあ。クラリアとなると、早馬を走らせて三日はかかります。往復で六日も王宮を空けるわけにはいきませんし、どうしたものか……」


 承治はふと思いついた事を適当に告げる。


「そう考えると、セレスタちゃんは凄いですね。クラリアまでそれだけ距離があるのに、一人でここまで来たんだから」


 その言葉に、ヴィオラは顔を上げて長い耳をピンと立てた。



 * * *



 図書館のカウンターに座るオババ様は、急に押しかけてきた承治とヴィオラを前にして調子はずれな声を上げた。


「セレスタの魔道具でクラリアまで飛んで行くじゃと?」


 対するヴィオラは、真剣な面持ちで己の目的をオババ様に告げる。


「はい。先日起きた外交問題を仲裁するため、私はクラリア西部まで赴きたいと考えています。聞くところによると、セレスタさんが持っているような飛行用魔道具は、たった五日間で世界を駈け巡るほどの力があるとか。実際のところ、セレスタさんの飛行用魔道具を使って私がクラリアまで行くことは可能でしょうか?」


「そりゃまあ、魔女の中には配達や輸送を生業にする者もおるし、できんことはないじゃろうが……しかし、本当にヴィオラ様ご自身が直接赴かねばならん案件なのですか?」


 それは承治も思った。

 今回の件は外交問題に発展しかねない重大事件ではあるが、宰相自ら現場に赴く必要があるかどうかと問われると疑問符がつく。

 だが、当のヴィオラは行く気満々のようだった。


「事は急を要します。というわけで、セレスタさんには申し訳ないんですが、私をクラリア西部まで運んでいただけないでしょうか。もちろん、必要なウラシム鉱石と相応の報酬はお出しします」


 その場に居合わせるセレスタはコクリと頷く。


「ワタシはイイヨ。セイカツヒほしい」


 その言葉に顔をほころばせたヴィオラはセレスタに頭を下げる。


「是非、お願いします! そうと決まれば、さっそく出発の準備をしましょう。ちなみに、セレスタさんの飛行用魔道具には何人乗れますか?」


「エート、三人くらいダヨ」


「なら、ジョージさんも一緒に行きましょうよ。国外を見れるいい機会ですよ」


 やっぱりそうなる?

 と、半ばこの展開を予想していた承治は、出張旅費の扱いをどうするか考えながら旅路の支度にとりかかった。


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