14 小さな魔女
14 小さな魔女
「すいません。ちょっといいですか」
その言葉に驚き振りかえった承治の目に映ったのは、モフモフのケモ耳と尻尾を生やす一人の少女だった。
さらに驚くべきことに、その少女は城壁の外側で棒に跨って宙に浮いている。
よくよく見ると、少女が跨っている棒は清掃用のモップであることがわかった。
不可解な状況を前に承治が言葉を失っていると、少女は再び声を上げる。
「あ、ここカスタリアだったんだ。コンニチワ。アー、コトバわかル?」
宙に浮かぶ少女は何故かカタコトで挨拶を告げる。
とりあえず承治は少女とコミュニケーションをとってみることにした。
「あのー、君はどちらさま?」
「ワタシは、セレスタだヨ」
セレスタと名乗った少女は、モップと共にバルコニーの内側まで飛行し、その場で軟着陸する。
よくよく見ると、モップにはサドルのような座席が取り付けられていた。それは、明らかに跨って乗ることを意識してつけられた装備だ。
空飛ぶモップ――これも、ヴィオラの言う魔道具の一種なのだろうか。
承治はそれらの憶測を加味し、セレスタに問う。
「もしかして、君は俗に言う魔女ってやつ?」
「タブン、ソダヨー」
そう告げたセレスタの姿を改めて見てみると、彼女は赤いサスペンダースカートに白の上着を合わせた可愛らしい服装をしていた。背中には荷物入れらしい風呂敷を背負っている。魔女と言うにはいささか垢抜けた服装だ。
年齢は中学生くらいだろうか、長い黒髪を後頭部でまとめたポニーテールにしており、髪の間から犬のような灰色の耳が生えている。恐らく獣人の血が混じっているのだろう。
地上に降り立ったセレスタはスカートの裾を払って話を続ける。
「エート、オジサン。ヴァオロヴァって人知ってル?」
オジサン……まあ、27歳ならもうオッサンか。
彼女の素直な物言いに若干ショックを受けた承治は、とりあえず聞かれたことに応える。
「ヴァオロヴァ……ああ、オババ様のことね。知ってるよ」
承治は、ヴァオロヴァと呼ばれる人物のことを知っていた。
ヴァオロヴァこと通称オババ様は、このカスタリア王宮で国家魔術師を務める老婆のことだ。
承治がオババ様と対面したのは転生を果たした日のことになるが、近頃はよく顔を合わせる仲になっている。
そして、承治は魔女であるセレスタが同じく魔女であるオババ様のことを訪ねた経緯から、ひとつの仮説を立てた。
「もしかして、セレスタちゃんってオババ様……じゃなくてヴァオロヴァさんの親戚?」
「ソダヨー。ヴァオロヴァはワタシのおばあちゃんだヨ」
「あーやっぱりね。同じ黒髪だしね。だけど、セレスタちゃんには獣人の血が混じってるのかな」
承治の言葉に、セレスタは若干気まずそうな表情で己のケモ耳をわしわしと触る。
その態度を見た承治は、己のデリカシーの無さを悔いてすぐさま頭を下げた。
「ああ、ごめん! 気に障ったなら謝るよ」
「大丈夫だヨ。気にしてないヨ」
そう告げるセレスタの表情は、どこか切なげな笑顔を浮かべた。
* * *
「セレスタァー! 会いたかったよォー!」
年甲斐もなく猫撫で声を上げたオババ様は、セレスタに抱きついて体を撫で回す。
対するセレスタもまんざらではないらしく、可愛らしい尻尾を振りつつ頬を赤らめて微笑んでいた。
「オバアちゃん、くすぐったいヨ……」
「大きくなったねぇ。3年ぶりくらいかねぇ」
承治は、そんなハートフルな再開シーンを傍目から眺めつつ頷く。
「いいねぇこういうの。家族愛ってやつですねぇ」
「セレスタを連れてきてくれてありがとうジョージ。事前に連絡もないからびっくりしたよ」
祖母と孫の関係にあるらしいオババ様とセレスタが再会したのは、王宮内の図書館だった。
カスタリアの国家魔術師であるオババ様は、王宮図書館の司書も兼任している。
休日に暇を持て余す承治は図書館をよく利用していたので、オババ様とはそれなりに付き合いがあった。
ひとしきりセレスタを抱きしめたオババ様は、ようやく拘束を解いてまともな会話を始める。
「それにしても、セレスタがわざわざオババの所に来るなんて、急にどうしたんだい。確か今は、クラリアで暮らしていたはずじゃろ」
クラリアとは、カスタリアの隣にある外国だ。この世界で一ヶ月も暮らせば、承治にも簡単な地理の知識くらいは身についていた。
セレスタが外国に住んでいたなら言葉が拙いのも納得がいく。
オババ様の問いに対して、セレスタは必死に言葉を思い出しながら応える。
「オバアちゃん、サミシイと思っテ。ワタシ、ココに住んでもいい? もう少しコトバ勉強したら、ここで働くヨ」
すると、オババ様は再びセレスタを抱きしめる。
「いいに決まっとるじゃろ! オババは嬉しいよ! さっそくヴィオラ様に部屋を手配してもらうよ。ジョージ、そういう手続きはお手のもんじゃろ。頼めるかのう?」
これが世に言う孫バカというものだろう。
事情はよく分からなかったが、承治はとりあえずオババ様の願いを聞き入れてヴィオラの私室に足を向けた。