表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/96

12 露見

12 露見


 魔法についての講義を終えたヴィオラと承治は、とりあえず今日の仕事に入った。

 首席宰相であるヴィオラの仕事量は想像以上に膨大だ。


 法令の整備や他国との外交、国庫の歳出管理や公共事業の手配、それら全てを一手に担っている。

 執務室には事務員や貴族が度々訪れ、大量の書類や難しい案件を置いて出て行く。

 承治は主に書類整理を担当していたが、時には業務の改善案を提示してヴィオラとその中身を相談していた。


 そんな作業を続けていると、昼時前に一人の兵士が執務室を訪れる。


「ヴィオラ様。昨晩捕まえた獣人ですが、ようやく口を割りました」


 その言葉に、ヴィオラと承治は作業の手を止め、続く兵士の言葉に耳を傾ける。


「あの二人は、共にオカリア商会というホルント市の土木工事業者に務める職人で、どうやら上司に指示されてヴィオラ様を襲ったようです。現在、都市警邏隊がその上司を拘束するため、既に動いております」


 ヴィオラと承治は顔を見合わせる。

 ホルント市、土木工事業者、上司の指示――それらの情報は直線で結ばれ、その延長線にホルント市政官の姿を浮かび上がらせた。


 真剣な面持ちを見せたヴィオラは兵士に告げる。


「今すぐ、ホルント市政官の私邸周辺に伏兵を張るよう警邏隊に要請してください。彼が逃げるようなそぶりを見せたら、拘束して構いません」


 兵士は、ヴィオラの言葉に当惑したような表情を見せる。


「は、ホルント市政官ですか……まさか、ヴィオラ様暗殺の指示を出した黒幕は、ホルント市政官だとおっしゃるんですか!」


「まだ確定ではありませんが、私には大いに心当たりがあります」


 指示を受けた兵士は、一礼をしてすぐさま部屋を後にする。

 ここまで布石が揃えば、ホルント市政官の運命は考えるまでもなかった。



 * * *



 その後、ホルント市政官の顛末は呆気ないものとなった。

 承治達を襲った獣人グループに指示を出したオカリア商会の上司はすぐさま警邏隊に拘束され、処罰を恐れたその上司は「ホルントに脅されてやった」と自白したのだ。

 それが事実かどうかはさておき、宰相暗殺容疑をかけられたホルントもその日のうちに拘束された。

 始めは容疑を否認していたホルントだが、「命が惜しければ真実を吐け」という脅し文句に折れ、自身が行ってきた数々の横領と暗殺計画を全て自白してしまった。

 その結果、ホルントは市政官から失脚し、彼と共謀していたオカリア商会への余罪追及が今尚進んでいる。


 あの襲撃事件から数日後、ヴィオラと承治は横領事件がひと段落ついたところで、ようやく本来の仕事に集中できるようになっていた。


「承治さん。この度は、本当にありがとうございました」


 ホルントの処遇が決まったという連絡を受けた後、ヴィオラは承治に向かって頭を下げた。

 承治は感謝される理由がわからず首を傾げる。


「ん? なんのことですか?」


「例の横領事件のことです。承治さんが経費支出の決裁基準を明確にしたことで、今回の事件は露呈しました。考えて見れば、予算の使い道を報告させるというのは至極当たり前のことです。それを疎かにしていた私は、国庫を無駄に浪費していました。その過ちを気付かせてくれた承治さんには、なんとお礼を言ってよいか……」


 しおらしくなるヴィオラを前に、承治は慌てて謙遜する。


「そんな、僕はただ助言をしただけです。それに、暴漢をやっつけて証拠を手に入れたのはヴィオラさんじゃないですか。あの時僕は、命を助けてもらったも同然です。感謝すべきなのは僕の方ですよ。ありがとうございました」


 そう告げた承治はヴィオラに向き直って頭を下げる。

 それを見たヴィオラは、小さく笑いをこぼした。


「フフ、本当にジョージさんは不思議なお方ですね。事務仕事で悪事を暴く転生者なんて、聞いたこともありません。あ、決してバカにしているわけじゃないんですよ! 私は、ジョージさんの能力を素直に尊敬しています。本当ですよ!」


 そんな風にして慌てふためくヴィオラの姿を見た承治も、堪らず笑いをこぼす。

 

 なんだ、この世界も結構良い所じゃないか。

 不意にそんなことを思った承治は、今やこの世界に馴染みつつあった。


 見たこともない種族や不思議な魔法――そんなものが蔓延る世界でも、承治のやっていることは以前と変わらないデスクワークだ。

 だが、そんな仕事でも、人の役に立つことができた。

 承治は、前の職場では感じることのできなかった達成感と遣り甲斐を、この世界で得た。


 いや、考え方を変えれば、承治が死ぬ前に暮らしていた現世にだって、そういった遣り甲斐や、達成感を得る機会はいくらでもあったのだろう。

 たまたま上司や境遇に恵まれなかった承治は、日々の仕事に忙殺され、それに気付かなかっただけだ。


 だが、前の会社で働いていたお陰で事務と会計のノウハウを蓄えられたことも事実だ。

 意外と人生は分からないものだな、(一回死んでるけど)と承治はしみじみ思う。


 そんな風にして承治が感慨に浸っていると、不意に執務室の扉が開かれた。


「ヴィオラ、邪魔するぞ!」


 そう告げて闖入してきたのは、他でもないカスタリア王国第一王女ユンフォニアだった。

 その登場に驚いたヴィオラはすかさず姿勢を正す。


「姫様! わざわざこのような所に……わたくしめに何か御用でしょうか」


 ドレスを靡かせ小さな体をひょこひょこと揺らすユンフォニアは、ヴィオラの下へ近づく。


「うむ、そちの活躍は余の耳にも入っておる。なんでも、悪漢ホルントの悪事を暴いたとか。此度の活躍、誠にあっぱれだ!」


 その言葉に、ヴィオラは首を横に振る。


「お言葉ですが姫様、ホルント市政官の横領に気付くきっかけを作ったのはジョージです。わたしは、その手助けをしたに過ぎません。この件については、転生者ジョージにこそ称賛を送るべきです」

 

「ほう、そうであったか」


 そう告げたユンフォニアは承治に向き直り、全身を舐めまわすように眺める。


「ふむ、最初は珍妙な男と思ったが、余の見立て通り悪いやつではなかったようだな。ヴィオラの告げることが真実ならば、此度の恩賞はジョージに与えるとしよう」


 不意な展開に、承治は困惑する。


「そんな、僕はただヴィオラさんに助言をしただけです。そんな、手柄を貰えるようなことは何も……」


 ヴィオラは、謙遜する承治の言葉を制止する。


「ジョージさん。姫様にお褒めあずかっていながら遠慮するのは不敬に値しますよ。素直にその功績をお認めなさい」


 にこやかな表情でそう告げるヴィオラは、この展開をどこか楽しんでいるようだった。

 ヴィオラの言葉にたじろぐ承治は、どうしていいか分からず困惑する。


「ええと、その。お褒めにあずかり光栄です姫様」


「うむ、それでよい。して、そちはどんな褒美を望む。金か? 地位か? 申してみよ」


 承治は返答に困った。

 今のところ金を使うような機会はないし、余計な地位を貰ったところで面倒事が増えそうな気がした。

 かと言って、他に欲しいものも思い浮かばない。

 

「僕は特に、姫様のお気持ちだけで結構です……」


 その言葉に、ユンフォニアは驚きの表情を見せる。


「ふむ! 金も地位も求めんとは見上げた男だ。まあしかし、特別給金くらい出さねば余の立場もなくなってしまう。それくらいは受け取ってくれ。だが、金だけで済ますのも面白くないのう」


 そう告げたユンフォニアは、顎に手を当てて押し黙る。

 そして、何かを思いついた様子で顔を上げた。


「ではジョージよ。そこへ跪け」


 その言葉に当惑する承治は、言われるがままユンフォニアの前に跪く。


 すると、承治の頬にこそばゆい感触が伝わる。

 しばらく経ってから、承治は己の頬にキスをされたことに気付いた。

 目を点にする承治を前に、ユンフォニアは満足げに腕を組む。


「うむ、今はこれでよしとしよう。では、今後の活躍に期待しておるぞ」


 そう告げたユンフォニアは、そそくさと部屋を後にする。

 部屋に残された承治は、不意の出来事に気恥しくなり、頭を掻くことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ