11 魔法
11 魔法
「ジョージさん……昨日はお見苦しいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
王宮の食堂で朝食を終え、ヴィオラの執務室に赴いた承治は部屋に入るや否やヴィオラにそう告げられた。
承治は顔を赤くして必死に頭を下げるヴィオラの態度がいささか面白く感じられたので、少し昨日の話を聞いてみることにする。
「ヴィオラさん。昨日のこと、どれくらい覚えてます?」
「ええと、夕食帰りに暴漢に襲われて……私が、追い返したんですよね?」
疑問形なところを見ると、あまり記憶は残っていないらしい。
「ヴィオラさん、むちゃくちゃ強かったんですね。僕、驚いちゃいましたよ」
その言葉に、ヴィオラは長い耳まで赤くして顔を伏せる。
「エルフ族は元々、力に頼らない体術を得意とする種族で、私もその、幼い頃から父に教え込まれて……でも、暴力はいけないと思っているんです! 本当ですよ!」
「まあ、あれは正当防衛でしたよ。お陰で僕も助かりましたから。でも、飲み過ぎには注意した方がいいですね」
「はい……」
そう告げて恥ずかしそうにうなだれるヴィオラの姿は、普段の生真面目な態度とギャップがあってとても可愛らしかった。
そんな会話を続けていると、承治は昨日の出来事でひとつ腑に落ちないことがあること思い出す。
「そう言えば、ヴィオラさんが最初に獣人達を吹き飛ばしたとき、体術とは違う不思議な力みたいなものを使っていた気がするんですけど」
トカゲ男に対して最初の一撃を与えたとき、ヴィオラはまるで気功術のように離れた相手を何らかの力で吹き飛ばしていた。
承治は興味本位でその力の真相を確かめたくなった。
しかし、承治の問いに対してヴィオラは歯切れの悪い態度を見せる。
「ええと、私も記憶が曖昧なんですけど、精霊魔法を使ったような、使っていないような……」
「精霊魔法ですか? 言われてみれば、あの攻撃は魔法っぽかったですね」
すると、ヴィオラはポケットから小さな白い宝石を取り出し、宙にかざして覗き込む。
「確かに、魔力が消費されていますね。とっさに使ってしまったんでしょう」
自分がしでかしたことなのに何故か他人事のよう喋るヴィオラは、とりあえず魔法の解説を始めた。
「この宝石は〝ウラシム〟と呼ばれる鉱物の結晶で、地脈から集まった魔力が凝縮されています。魔法と呼ばれる力は、基本的にこのウラシムに内包される魔力を消費して使用されます。まあ、呪術系統には自身の生命エネルギーを消費するタイプもあるようですけどね」
そう告げたヴィオラはウラシムの宝石を承治に手渡す。
「この宝石があれば、僕にも魔法が使えるんですか?」
「厳密に言えば答えはノーです。魔法を行使するためには、大まかに分けて二つの方法があります。ひとつは、魔法を司る精霊と契約を結ぶこと。もうひとつは、魔力と使用者の媒介となる魔道具を使用すること。現在のところ、この二つが一般的です」
「魔力と使用者の媒介となる魔道具……?」
「魔術師と呼ばれる一族は、精霊の力が宿る杖や短剣、魔術書なんかを使ったりしますね。私が遠距離連絡に使う〝共鳴水晶〟も魔道具の一種です」
承治は、昨晩ヴィオラがテレビ電話代わりに使っていた水晶球のことを思い出す。魔道具にも色々な役割を持つものがあるらしい。
「なるほど。つまり、僕もウラシムと魔道具を同時に所持すれば魔法が使えるってわけですか」
「そうなります。ちなみに、私は精霊の血を引くエルフ族なので、血筋が契約代わりとなってウラシムさえあればいつでも精霊魔法が使えます」
そう告げたヴィオラは、承治からウラシムの宝石を受け取る。
そして、承治の顔面に手を掲げて鋭い声を放った。
『ヴィント!』
すると、体がよろけてしまうほどの突風が承治の顔に襲いかかる。
「ちょっと、驚かさないでくださいよ!」
「フフフ、ごめんなさい。百聞は一見にしかず、を実践してしまいました。このように、魔法は強力かつ便利そうな力ですが、ひとつ欠点があります」
気を取り直した承治は、乱れた髪を整えて応じる。
「欠点というのは?」
「それは、ウラシムが大変貴重な鉱石であるという点です。その希少資源を消費する魔法は、日常生活においてお風呂を沸かしたり木を切ったりするようなことにはあまり使われず、基本的に戦争の道具として温存されています」
なるほど、と承治は首肯する。
ヴィオラが見せたような力を誰でも気軽に使えてしまえば、この世界はもっと混沌としたものになっていただろう。
強力な魔法が入り乱れる戦争の風景を想像した承治は背筋を震わせる。
「とりあえず、魔法についてはなんとなくわかりました。でも、ウラシムが貴重なものなら、さっきみたいに気軽に魔法を使ってよかったんですか?」
「まあ、あまり無駄使いはできませんけど、ジョージさんは大事な転生者ですから、実際に魔法を見るという経験も無駄ではないかなと思いまして」
その言葉に、承治はいささか申し訳ない気持ちになる。
「すいません。俺なんかのために何回も使わせてしまって」
「このウラシム宝石は、いざというときに使えるよう私の一族に代々受け継がれてきたものですが、別に大切な物とかではなく単なる護身用具みたいなものなんです。正しく使い、消耗されればそれで構いません」
魔法という力にいささか興味を示していた承治であったが、ヴィオラの話を聞いているうちに複雑な心境を抱くようになっていた。
魔力は貴重なもので、基本的に戦争の道具である。
それを思うと、自分も使ってみたいなどと告げる気にはならなかった。