10 刺客
10 刺客
承治がトカゲ男の攻撃にビビって目を瞑ったその瞬間、背後からよく通る鋭い(?)声が轟いた。
『ヴィントシュトース!』
その瞬間、ものすごい突風が承治の脇を吹き抜ける。
そして、目の前にいたトカゲ男は風圧に飛ばされ、背後に控える二人に激突した。
驚いた承治が振り返ると、そこには手を前に突き出し千鳥足で立つヴィオラの姿があった。
「わらしを襲うなんれ、とんらいのちしらすね」
「いのちしらす」という小魚っぽいセリフを吐いたヴィオラは、承治の脇を通り過ぎ、倒れ込む獣人グループの前に立つ。
「ヴィオラさん、危ない!」
承治の警告通り、素早く起き上がったトカゲ男はナイフの刃先をヴィオラに向ける。
「なめんじゃねえええええ!!!」
すると、姿勢を低くしたヴィオラは素早くナイフをさばき、トカゲ男の勢いを利用して後ろに投げ飛ばした。
「ひっ」
承治は目の前に飛んできたトカゲ男に驚いて尻もちをつく。
そして視線を正面に戻すと、ヴィオラはスカートの裾を自ら破き、残る二人を前にフラフラと揺れて挑発するような仕草を見せた。
「ほらほら、ろっかられもかかっれきらさい!」
その型は、まさに〝酔拳〟。
酔拳とは、まるで酔っぱらいのように体を揺さぶり相手を翻弄する中国武術の型である。
しかし、ヴィオラの揺れは単に酔っぱらっているだけであることを、承治はよく知っていた。
そうこうしていると、続いて犬男が体を起こす。
「野郎、ぶっ殺してやる!」
ヴィオラは女性なので〝野郎〟ではなく〝女郎〟だろう。
などというツッコミを考えているうちに、起き上がろうとした犬男の顔面はドレスの切れ目から放たれるヴィオラのミドルキックによって粉砕された。
「ち、ちきしょう! 覚えてやがれ!」
残る羊男は、ありがちな捨て台詞を吐いて逃げ出していく。
その姿を見届けた承治は、ノビているトカゲ男からナイフを取り上げ、茫然とヴィオラの姿を眺めた。
「ヴィオラさんって、強かったんですね……」
「たいじゅちゅはエルフのらしなみなんれす」
たいじゅちゅとは体術のことだろうか。
とにかく、危機は去った。
いささか落ちついた承治は、ノビているトカゲ男と犬男を避けてそそくさとヴィオラの下に駆け寄る。
「とにかく、早いところ帰りましょう。路地がこんなにヤバい所だとは思いませんでしたよ」
その言葉に、ぼんやりとするヴィオラは顎に手を当てて口をすぼめた。
「こいちゅら、くしゃいわ」
「えっ、確かにトカゲと犬だし、ちょっと臭そうですけど……」
その言葉に、ヴィオラは大きく首を振る。
「ノンノンノン! たいしゅうらないの! あやしいってことらの!」
その言葉に、承治はようやく合点がいく。
「こいつら、刺客かもしれないってことか。僕達の存在を快く思わないヤツといったら、一人しかいないな……」
それは、ホルント市政官だ。
今日の会合で自身の横領が露見することを恐れたホルントが、刺客を送ってヴィオラと承治を抹殺しようと画策した、という線は十分に考えられる。
ヴィオラは、酔っていても意外に頭は冴えているようだ。
「となると、コイツらは重要な証言者になりますね。でも、僕とヴィオラさんだけじゃ二人も運べないですよ」
「らいじょうぶらいじょうぶ。人をよべばおっけーおっけー」
そう告げたヴィオラは、懐から小さな水晶玉を取り出し、目の前に掲げて口を開く。
「もすもすー。オババー? オババー? いるの? いらいの? もすもすー」
えっ、これ頭大丈夫なやつ?
承治がヴィオラの意味不明な言動に戸惑っていると、突如として透明な水晶の中に王宮で出会った老婆の姿が映し出される。
『ヴィオラ様。こんな時間にどうかされましたかな? ムム、随分酔っておるようじゃな。まったく、あれほどお酒は控えろと申しておりますのに……』
なんと、その水晶はまるでテレビ電話のような機能を果たしていた。
この世界の魔法が意外に万能だということを知った承治は、目を点にして二人の通話を眺める。
「あのれーあやしいやちゅにおそわれれねー、とかげとわんちゃんがここれきぜちゅしれるの!」
『は? なんですと?』
「らからねーわらしがまほーちゅかってねー、どーんって、どーんって!」
『は、はあ、最近耳が遠くなってしもうて……』
見ていられなくなった承治は堪らず通話に割って入る。
「すいません。僕ら、出かけ先で怪しい連中に襲われたんです。その連中はヴィオラさんが倒したんですが、ちょっと襲われる理由に心当たりがあって、気絶してるそいつらを王宮に連れて帰りたいんですよ。申し訳ないんですが、王宮から人手を出してもらえませんか?」
『なんじゃそういうことか。まったく、ヴィオラ様は変な所で行動力がありますからな……で、場所はどこですかな』
承治はヴィオラに向き直る。
「ヴィオラさん。ここってどこですか」
「……おいしいおみしぇのわき!」
なるほどね、と承治は遠い目をして手近な店に掲げられた看板の名前を老婆に告げた。