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9 酔いどれ

9 酔いどれ


「なんだか、拍子抜けでしたね」


 承治は、薄暗い大衆食堂の丸テーブルでヴィオラと対面しながら口を開く。

 対するヴィオラは、食事を終えてブドウ酒に口をつけていた。


「ホルント市政官の態度も気に入りませんでしたけど、何ですかあの料理は! 媚を売りたいのが見え見えです。料理は勿体なかったですけど、手をつける気にもなりませんでした」


「あれは見え見えな接待でしたね。だけど、ホルント市政官は本当に資料を出してきますかね?」


「出してこないならお金を渡さないだけです。それで市政が滞れば彼の責任問題にもなります。揺さぶりようはいくらでもありますよ」


 そう告げるヴィオラは顔を赤くして頬を膨らませる。

 彼女はいささか酔っているようだ。


「それにしても、ヴィオラさんがこういう庶民向けの店で食事を取るなんて意外ですね。王室の偉い人は、こういうところに来ないと思ってましたよ」


 承治の言葉通り、今二人がいるのは王都の裏路地にある大衆食堂だ。

 他のテーブルでは多種多様な人々が仕事終わりの食事を楽しんでいる。

 ヴィオラと承治の二人はホルント邸を去った後、夕食を取るためにこの店に立ち寄っていた。


「私だって、今は貴族のような立場にありますけど、昔からそうだったわけじゃありません。元々、派手な生活は性に合わないんです。好きで偉くなったわけでもないし……」


「へえ、それじゃあなんで宰相になったんですか」


「私は元々、片田舎に住むエルフ族長の娘だったんです。人とおしゃべりするのが好きで、老いた父に代わって部族間の仲介やとりまとめをやっているうちに、周りからどんどん持ちあげられて今の地位に……」


「人柄が良いんですね。ヴィオラさんは」


「そうでしょうか……」


 そう告げたヴィオラは、再び頬を膨らませる。

 その仕草は、普段のギャップと彼女の容姿が相まって、とても可愛らしかった。



 * * *



 店を去った二人は、肩を並べて王宮へ向かう。

 日は既に落ち、裏路地は月明かりで微かに照らされていた。


「ヴィオラさん。帰り道、わかんなくなったりしませんよね?」


「らいじょうぶらいじょうぶ! ここはね、わらしの庭みらいなもんらの!」


 呂律の回らない口ぶりでそう告げるヴィオラの足取りはおぼつかない。

 普段は聡明で凛とするヴィオラも、酒に弱いという欠点を持っているようだった。


 承治は仕方なくヴィオラの肩を抱えて歩みを進める。

 そして、遠い昔に酔い潰れた部長を最寄り駅まで罵倒されつつ運んだ時のことを思い出していた。

 酔い潰れた上司の世話は部下の役目だ。

 しかし、この世界にはタクシーなどという便利なものはない。承治は、仕方なくヴィオラを抱えて徒歩で王宮を目指した。


 しばらく歩いていると、どこか心地の良い香りがヴィオラの髪から漂ってくる。

 顔を赤くし、とろんとした表情を見せるヴィオラの姿はどこか艶めかしい魅力があった。

 加えて、二人は体を密着させているためヴィオラの豊満な胸が承治の脇腹に触れている。

 その柔らかな感触は、もはや悪魔的だ。


 これは不可抗力だ。決して、セクハラではない。

 そんな風にして自我を保ちつつ承治が歩みを進めていると、目の前に三つの人影が見える。


 ここは裏路地だ。人通りが少ないとは言え、通行人にすれ違っても不思議はない。

 だが、その人影は承治とヴィオラの行く手を遮るかのように立ちはだかっていた。

 承治は道を譲ってもらうべく、目の前の人影に声をかける。


「すいません。酔っぱらいが通りますんで……」


 すると、三人のうち一人が前に出て口を開いた。


「へへへ、にーちゃんよう。そんな可愛いねーちゃん連れてどこに行こうってんだ。せっかくだし、俺達とちょっと遊んでいこうや」


 そう告げて姿を露わにしたのは、トカゲ風の容姿をした獣人だった。

 そして、後ろに控える二人もガタイの良い獣人であることがわかった。一方は犬っぽい耳を生やし、もう一方は羊っぽい角を生やしている。見たところ全員男だ。

 

 えっ、これって俗に言うチンピラってやつじゃね?

 承治は怪しげな獣人グループを前にして、一気に血の気が引いていった。


 そうこうしていると、先頭に立つトカゲ男が懐からナイフを取り出す。


「まあでも、にーちゃんには興味がねぇな。俺たちゃ、そこのねーちゃんと遊びてぇんだよ。にーちゃんには、ちょっと眠っててもらおうかな」


 そう告げたトカゲ男は、ナイフの刃先を承治に向けてじりじりと詰め寄ってくる。

 

 ウソでしょ。これってヤバイレベルのピンチじゃん。

 承治は、この街の治安を甘く見ていた。

 ここは日本ではない。夜道を歩けば危険な目に遭うかもしれないという認識を持つべきだった。


 相手は屈強な獣人男三人で、武器を所持している。

 対して、こちらは軟弱な元サラリーマン一名と酔っぱらい美女一名だ。

 まともにやり合って勝てるとは思えない。


 ここで承治は、自分が助かるための方法をひとつ思いつく。

 それは、ヴィオラを置いて逃げるという選択肢だ。


 しかし、承治も男だ。ここでヴィオラを置いていけば、彼女がどんなあられもない目に遭うか想像したくもない。

 それを思えば、ヴィオラを置いて逃げ出すという恥知らずな真似をする気には毛頭なれなかった。


 そして承治は思い出す。

 かつての上司である部長は、自分の武勇伝をイキって語る際に、いつもこう言っていた。

 喧嘩は気合いである、と。


 承治はヴィオラをそっと地面に降ろし、空手っぽい構えを作る。

 そして、渾身の声で叫んだ。


「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」


 その剣幕は若干のほろ酔いによる明らかなやけくそだった。

 承治の意味不明な奇声に対し、獣人グループは驚いて一歩後ずさる。

 

「な、なんだコイツ、やる気か!」


「へ、ビビってるだけだぜ!」


「オヤビン! ひと思いにやっちってください!」


 各々そう告げた獣人グループは、いよいよ戦闘モードに入る。


 クソ、転生先でもこんな下らないことで死ぬのかよ。

 涙目になった承治は、それでも構えを崩さず、脳内シミュレートした〝ナイフを避けて正拳突きをきめる〟という渾身の必殺技を繰り出す。


 そして、トカゲ男のナイフが突き出されたその瞬間、ビビった承治は目を瞑ってしまった。

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