第8話「お約束」
冒険者ギルドの二階応接室、俺の魔力が原因で大破したその部屋の修理費のためにデオールから離れられなくなったと、リリアに説明し共に残ると決めた少し後、二人で階段を降りた時だった。
ある種の、異世界転生におけるお約束に俺たちは遭遇した。
実を言えばもっと前、ギルドに入った時か、受付で登録を申し出た時に来るものかと少しばかり期待をしていたのだが・・・、一騒動起きた後ではあまり歓迎できるものでもなかった。
「おいおい、ここはいつから託児所になったんだ!?餓鬼が紛れ込んでやがる!」
そう周囲にも聞こえるように大きな声で話すその男は、もちろん俺たちの知り合いではない。
2メートル近いその巨体はゴツゴツとした筋肉で覆われており、頑強そうだと一目でわかる。ニヤニヤと笑みを浮かべるその顔には幾つかの傷があり、ヤ●ザさんかと見まごうほどである。
「なんだ?聞こえてないのか?お前たちのことだよクソ餓鬼ども!」
できれば関わり合いたくないと思い、視線をそらしていたが、どうにもそれが気に入らないらしい。初対面でいきなりクソ餓鬼呼ばわりされるとも思わなかったが・・・。
「俺に言っているのか?」
仕方がないと思い対応する。現状道を塞がれているので、外へと出るにはこの男をどうにかしないといけない。
「生意気な口を聞くじゃねぇかクソ餓鬼。そうだよ!お前に言ったんだ!なんで餓鬼がここにいるんだ?迷子にでもなったか!?」
ガハハハハハ!と下品極まりない笑い声を撒き散らす目の前の男に一瞬殺意を覚えるがなんとか堪えた。
恐らく、というか十中八九目の前の男は冒険者だ。周囲を見回しても――さっきの騒動でギルド内の人数は減っているが――この男のガタイは頭一つ飛び抜けていた。
―――エリスの件もあるし、ガタイだけで実力は測れないんだろうが・・・
先ほど会った華奢とも言える――胸は素晴らしいものをお持ちだが――女性を思い出しながらも、それでも警戒は必要だとリリアを後ろへ庇う。
「迷子なわけないだろう?ここは冒険者ギルドなんだから登録をしにきたに決まっている。少しは頭を使ってくれ。飾りじゃないならな。後はその声のボリュームを下げてくれ。生憎まだ耳はいいんだ。」
少しというか、かなりバカにした態度だが、こういう輩にはこれくらいでちょうどいいと思い口にする。
「なんだと!本当に生意気な餓鬼だな!冒険者登録だと!?お前みたいな餓鬼が!?笑わせるな!どうせ試験に落ちて帰るとこだろう!?」
今まで以上の声を出し、こちらに詰め寄ってくるその男の顔は、酒なのか、それとも怒りでなのか、赤く染まっていた。
「試験官の受付嬢が倒れちまったからな、とりあえず明日もう一度来るんだよ。わかったらそこを通してくれないか?」
俺の後ろで頭を押さえている――偽装の魔法で見えなくなっている耳をだが――リリアと違い、同じく魔道具の暴走に巻き込まれたマリアさんは依然医務室のベットの上だ。
エリスが言うには、俺の魔力値は問題ないのですぐにでも登録をしたいが、登録にはギルドマスターと立ち会った試験官の署名が必要であり、明日もう一度来てくれ、ということだった。
「受付嬢?まさか!!クソ餓鬼てめぇ!マリアちゃんに何かしたのか!!」
俺の口から受付嬢と聞いたとたん、男の怒りの矛先が変わる。
「なにって、さっきの騒動知らないのか?かなり大きな音も出てたと思うが。」
「騒動だぁ!?今依頼から帰ってきたばかりだから知らねぇよ!一体マリアちゃんに何があった!?」
既に俺の態度に対しての怒りを忘れているのか、男は俺の肩を掴み、前後に揺らしながら質問してくる。
「魔道具の暴走だよ!俺の試験中に暴走して、応接室の中は今滅茶苦茶だ。それに巻き込まれて今医務室で寝ている・・・・・、いい加減揺らすのをやめろ!」
俺はそう言うと男の手を払いのける。
―――原因は俺の魔力なんだけどな・・・。
言わずにおいたその言葉を心の中でつぶやく。だが決して言い忘れたわけでも、ましてや、言ったら面倒になると考えたわけでもない。後者の方は微妙だが・・・・・。
その理由は単純明快、エリスに言われたからである。先の登録云々の話の前、俺の魔力の説明を切り上げた時だ。エリスが付け足すように言ったのは、俺の魔力の事を伏せておくことだった。
―――「貴方の魔力値は確かにSランクに届くものよ?でも、現状肉体強化しか出来ていない貴方がそれを知られれば、まず間違いなく狙われるでしょうね。この世界には魔法以外にも、貴方が壊した魔道具みたいなものがたくさんあるの。それの動力源は当然魔力で、欲しがっている人間も多くいるわ。そんな連中に魔法も使えない、実戦経験も少ない貴方の存在が知れれば、よくて指名依頼、悪ければ攫われて部品扱いなんてこともあり得るわ。だからちゃんと実力が付くまでは隠しておきなさい、いいわね?」
そう言っていたエリスの表情は、それまでの人をからかって面白がる妖艶な笑みではなく、真面目で、どこか哀しみを思わせる、そんな表情をしていた。いきなりの変化に面食らった俺だが、さすがに「魔道具の部品にされるのは」と、了承したのだった。
さて、エリスの言葉と表情の変化を思い出したところで、俺は目の前にいる男に意識を戻した。
俺の説明に納得したのかそうでないのか、その表情からは窺い知ることはできないが、それでもその表情は俺への怒りからマリアさんへの心配へチェンジしていた。要は不安そうな顔である。
「マ、マリアさぁぁぁぁぁぁん!!!」
医務室のある方をチラチラと見ながら、行くかどうか逡巡していた男は、一度首を横に振り、体格に似合わない情けない声を出して医務室へと向かって走り去っていった。後から医務室にいた看護婦の怒鳴り声が聞こえてきて、ギルド内――ほぼ酒場――は笑いに包まれていく。
ようやく俺はそこで、この男がマリアさんに気があるんだなと気づいた。
「ようやく行ったです?すごくうるさかったです!」
見えない耳から手を放し、リリアが俺の隣に来る。
「確かにな。でも粗暴な奴かと思ったが、案外嫌われてはいないみたいだな。」
隣にチョコンと立つリリアの頭をなでながら、俺は周りを見渡しそう答える。
周りからも、「災難だったな坊主!」「あいつも悪い奴じゃあねぇよ?」「また振られに行きやがった!」などの声が飛び交っている。
誰もかれも見て見ぬふりかと思ったが、どうやら「放っておいても大丈夫だ」と思っていたらしい。正直あんな強面に詰め寄られたら、一般人代表みたいな俺の精神は耐え切れない。そのことを誰でもいいから分かって欲しかった。
「でも怖い人です!タクトさん食べられちゃうかと思ったです!」
「食べられちゃうって・・・」
リリアの不安そうな表情とは裏腹に、俺の顔は、リリアの表現に頬を緩ませていた。
「まぁ、なんだ。お約束と言えばお約束のイベントを消化したわけだが・・・・、決闘しろ!とかマリアさんを賭けて勝負だとか。言われなくて良かったわ。俺も少しばかり口が悪かったし、ああいう手合いは変な勘違いをするって相場が決まっているからな。そう考えると少しは俺に優しい世界だったわけだ。」
「優しい世界です?」
俺の放った言葉に違和感を覚えたのかリリアが聞いてくる。
そういえば、と思い出す。リリアには俺が異世界人だということを話していない。信じて貰えないだろうという思いが強いが、それでも罪悪感が胸に突き刺さる。
「ん?ああ、言葉の綾だから気にすんな。」
「はいです!」
俺を信じて疑わないといったその笑顔に一層心を締め付けられるが、これから行動を共にしていくうちに語る時も来るだろうと、ここは回避を選んだ。
「さてと、まだ昼前だし、情報集めながら散策するか。」
リリアを直視できず、誤魔化すように言った俺の言葉に、「はいです!」と元気よく答えたリリアは、俺の手を取って歩き出す。
宿を出た時よりも高くなっている太陽に、「まぶしいです!」と文句を言うリリアに頬を緩め、俺達は街へと繰り出していった。
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