第7話「ギルドマスター」
リリアとマリアさんをギルドの医務室に寝かせた俺は二階の一番奥、ギルドマスターの執務室にいた。壁には剣や槍、弓矢などが飾られている。いかにも偉い人って感じの部屋だ。
お互いがソファに腰掛け、机をはさんで向かい合う。
目の前にいるのは、つい先ほど応接室で起きた異常事態を沈めてくれたであろう人物であり、その容姿はまぎれもなくエルフと呼ばれるものだった。
「あら、エルフを見るのは初めてかしら?」
俺の視線に気づいたのだろう彼女、エリス・バレーナは先ほど窓からのぞかせた妖艶な笑みを浮かべながら語りかけてくる。
「ええ、まぁ。」
冷静に返したつもりだったが、正直言ってタジタジだ。
目の前にいる女性は、二十歳前半といったところだろうか。端正に整った顔立ちに金髪の流れるような髪。その髪からのぞかせる長く先の鋭い耳も、彼女が人外の美しさであることを強調させていた。そして何よりも、その豊満な胸である。細く華奢にも見える腰が一層際立たせるその双丘は、まさしく巨乳と言ってもよいものだろう。身長は、今の俺とそう変わらない170前半といったところで、大人の色気がムンムンである。
「そう見つめられると、さすがに照れるわ。」
そう言いながらも、微塵も照れを感じさせないその雰囲気は大人の女性の余裕を感じさせる。
「す、すみません。」
「あら、ずいぶん素直なのね。気に入ったわ。」
視線を何とかはずし、会話を成立させる。話すまででここまで消耗するのはあっちの世界でも経験がない。
「さて、いつまでもこうして貴方をからかっていたいけど、ギルドマスターとしてのお仕事もしなくちゃね。」
エリスはそう言うと、机の上に先ほどの騒ぎの元凶である砕けた水晶を出した。
「貴方はこの魔道具のせいでさっきの事故が起きたと思っているようだけど、それは違うわ。」
「・・・違う?」
こちらを見透かしたかのような発言に一瞬戸惑うが、それよりも、自分の意見が否定されるとは思っていなかった。
「ええ違うわ。この魔道具は正常に作動していたもの。でもどうやら測定容量を大きく超えた魔力に触れて暴走してしまったようね。」
「魔力・・・っていうことは・・・」
「そうよ、貴方の魔力が高すぎて、この魔道具では測定できずに壊れちゃったのよ。」
「そういうことはよくあるんですか?」
「いいえ、まずありえないわね。この水晶はAランクまでの魔力なら十分受け止められるし、そもそもの話、Aランク以上の魔力保持者がそうそういないしね。」
「じゃあどうして?」
「貴方、マリアの説明を受けていなかったのかしら。Aランクの上にもう一つランクがあることを。」
「えっと確か、Sランクでしたっけ?」
「そうよ。そしてその魔力の色は黒。あなたの魔力で暴走したこの魔道具が生み出した風と同じ色。」
「ってことは俺はSランクってことですか?」
忘れていたわけではないが目の前でいきなりあんな状況が起きれば誰だって思考が停止する。もう少し冷静だったなら色で自分のランクを判断で来たんだろうが・・・。
「そんなわけないでしょう?この試験はそもそも冒険者としてやっていけるか試すための物なのよ?魔力があるからいきなり最上ランクです、なんてことにはならないわ。それにあなた魔法もろくに使えないんでしょう?」
「え、ええ。」
「それじゃあ駄目ね。いくら魔力値が高くても、戦闘で役に立たないのなら意味がないわ。二階から飛び降りて怪我の一つもしていないのは評価するけれど、それだけ魔力があれば身体強化もかなりされているだろうし。」
俺はエリスの話を聞いて、先ほどの衝撃を思い出す。二人を抱えて飛び降りたはずが、背中に衝撃があった程度で怪我をしていなかった。一瞬死んだかとも思ったが、その後普通に立ち上がって、二人を医務室に運べたくらいだ。
思えば、リリアと初めて会った時もそうだ。ただ走っただけなのに思った以上のスピードが出せて、しかも殴ったハゲオヤジが森まで吹き飛ぶ始末。明らかに普通の人間のレベルではないと、今更になって恐怖がこみ上げる。
「どうやら貴方、今まで自分の魔力を引き出せてなかったようね。なら教えてあげる。魔力は体の中にあるエネルギーで身体にも影響を及ぼすの。単純に魔力が多ければ多いほどその人間の身体能力は上がっていく。今のあなたはここまでは辛うじて出来ている状態ね。でも魔力の活用法はそれだけじゃないの。貴方の身の回りにあふれている魔法と呼ばれる奇跡ね。これは魔力に形を与えて発動する技法なのよ。」
最初のほうに若干の誤解があるが、異世界の話はできないしな、黙っておこう。
「じゃあエリスさんが・・・」
「エリスでいいわ。」
「えっと・・・、」
「エリスよ。それと敬語もいらないわ。今のあなたすごく不自然だもの」
「じゃ、じゃあエリスがあの黒い風を消し去ったのも魔法なのか?」
「違うわ、あれはただ私の魔力で吹き飛ばしただけ。」
「ってことはエリスはSランクなのか?」
「それも違うわね。Sランクっていうのは本当に化け物みたいなやつらよ。私はせいぜいAランクね。」
「でも、あの黒いのはSランクしか出せないんだろ?だったら・・・」
「さっきも言ったけどあれはただの試験よ。その魔道具に貴方の魔力をすべて引き出すことなんてできないわ。」
「そうか。」
「他に何か聞きたいことはあるかしら?」
「いや、とくにはないな。」
「そう?なら次の要件に移らせてもらうわね。」
そう言うエリスの顔は、妖艶さの中に若干の恐怖をまとっており・・・。
「次の・・・要件?」
「ええ、貴方のせいで破損した応接室の修理代、弁償して頂戴ね?」
目が笑っていないその笑顔で、そう告げるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「タクトさん!無事でよかったです!」
開口と同時に抱き着いてきたリリアを抱き留め、そっと下した俺は、リリアに対し謝罪の言葉を口にした。
「すまんリリア。今回壊れた応接室の修理代とか払わなくちゃいけなくなってさ、しばらくこの街から動けなくなっちまった。」
もともとこの街に来たのは、目の前にいる獣人の少女の母親の情報を集めることであり、俺自身彼女を故郷に帰してやりたいと思っている。だが、現状それができなくなってしまった以上、何か他の方法を探すしかない。
例えば、ここは冒険者ギルドだし、依頼さえすればこの少女の護衛を引き受ける人もいるだろう。途中で投げ出したくはないが、部屋を壊したのが俺のせいなら、それを放置はできない。その間リリアの帰郷を遅らせるわけにもいかない。
「だからさ、故郷の情報が集まり次第、ここのギルドに依頼してさ、護衛を雇って・・・・」
そう思って口にした言葉だったが。しかしリリアから帰ってきたのは否定の言葉だった。
「いやです!」
「リリア。」
「いやです!タクトさんと離れないです!」
「でもお母さんだって心配してるぞ?」
「お母さんには早く会いたいです。でもタクトさんと離れるのは嫌です!!」
一見駄々をこねる子供のようだが、その瞳には、離れまいとする覚悟が映し出されていた。
「わかった。エリスにリリアの事を優先させてもらるように頼んでみるよ。」
「はいです!」
俺が折れると嬉しそうに抱き着いてくる。偽装の魔法がかかっていて目には見えないが、その腰には大きく揺れる尻尾が見えるようだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!