第4話「異世界初の街、その名はデオール」
異世界に来て初めて出会った(深緑色の不快な生物は除く)獣人の少女、リリア。彼女を追い回す変態共の魔の手から救い出し、共に街を目指していた俺は目の前に広がるその景色に絶望していた。
俺の眼前に広がるのは、家々が立ち並び、人々が行き交い、その周辺を石造りの塀に囲まれた中世を思わせる景色。いわゆる街である。
リリアとともに街道を、少しばかりの会話を交わし、楽しく可笑しく笑いあい(ここ重要!)、その道中を歩んできた。しかし!三十分もしないうちに目の前に広がっていたのがこの光景である。
神とはなんと無情なのかと、あの全く使えない女神さまを思い浮かべ思う。一人で森に放置され、使える道具もなく、ゴブリンなんて言うキモイ生物に追われ、ようやく出会えた心のオアシスであるところのプリティガールとの別れがこんなにも早く訪れるとは。
そう思いながらも、歩む足を止めるわけにもいかなかった。それもそのはず、俺のそばで嬉々として歩くその少女には早く街につきたい理由があるのだ。
―――早く親に会いたいだろうな・・・。
その少女は親とはぐれ、あまつさえ奴隷狩りなんて言う変態集団に捕まり、売り飛ばされようとしていたのだ。自身の故郷への手がかりをつかむためにも、早くその町に行きたいと思うのは当然であった。
しかし!!しかしだ!!そうは言っても獣人である。狐の耳と尻尾を持つその少女は、俺がいた世界の常識では考えられないほどの美しさを放っている。決して俺が変態なのではなく、その幼くあどけない顔と獣人特有のその容姿は、まるで小動物を思わせるかのようだった。
「はぁ・・・。」
ため息もつきたくなる。だって男の子だから・・・。
「タクトさん?どうしたです?」
俺の表情が暗くなったのを感じ取ったのか、先ほどまでうれしそうな顔をしていたリリアの表情が不安に染まる。
「い、いや。何でもないよ。」
無理な笑顔であることは自分でもわかってはいたが、そんな表情で見られたら、安心させるための笑みを浮かべないわけにもいかなかった。
「そうです?やっぱり迷惑だったかと思ったです。」
「そんなことはない!リリアが迷惑なら世界のすべてが迷惑だよ!!」
正直自分でも何を言っているのか理解できない。
「よくわかりませんが、ありがとうです!」
「あ、ああ。」
何とかごまかせたのか、リリアの顔に再び笑みが浮かんだ。めっちゃ可愛い!
「それじゃあ行くか。入り口らしき場所に鎧着た人がいるから、入れるか聞いてみよう。」
「はいです!」
気を取り直して街へと向かう俺に、小さな歩幅でテトテトついてくるリリアは元気よくそう答えた。
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「えーと君たちは兄弟かな?デオールに入るには身分証か通行料が必要だよ。」
街への入り口にいた警備兵が最初に放った言葉はそれだった。ちなみにリリアは再び顔が見える程度にフードを被っており、耳も尻尾も隠している。まあ、あんなことがあったのだから普通の人が怖いというのもうなずける。
「身分証ですか?」
「ああ、貴族や、貴族に許可をもらった商人、あとは冒険者ギルドに登録している人たちが持っているものだ。君たちはそのどれでもなさそうだから、通行料として、銅貨六枚枚払ってもらうよ。一人三枚ね。」
俺たちの風貌を見て、自分があげた例に該当しないと思ったのか、その警備兵はもう一つの条件を提示する。
しかし、異世界に来たばかりの俺や、攫われてきたリリアにお金があるわけもなく、さっきの変態どもから巻き上げておけばよかったと後悔した。
それでも、不審者扱いされては困るので、とりあえず探すふりをして、失くしてしまったという風に話を持っていこうとしたのだが・・・。
―――チャリン。
そんな音が手の中で響いた。
「あれ?」
「どうしたんだい?」
警備兵がこちらの反応にどうしたのかと手元をのぞき込んでくる。一応マジックバックを漁るふりをしていたのだが、いつの間にか俺の手には小さい巾着袋のようなものが握られていた。
「これは・・・・。」
握られたその袋のひもを解くとその中から金銀銅の三種類の貨幣が出てきた。
「なんだあるじゃないか。しかし金貨を持っているなんて、君はどこかの商人の息子なのかい?」
そう言う警備兵は俺の手の中から銅貨を六枚取っていく。そして通行証として二枚のカードを差し出してきた。
「これがこの街を出入りするための通行証だ。身分証みたいにどこの街でもって言うわけにもいかないが、この街なら一か月間使用できるからね。」
「あ、ありがとうございます。」
いまだ現状を呑み込めない俺は、さっき見た時こんな袋あったかなと疑問を感じながらも返事をする。
「それでは改めて、ようこそ!旅人君達!我らがデオールへ!」
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外観から見た時もそう思ったが、街の中もやはり中世に近い石造りの家が並んでいた。行き交う人々は活気にあふれ、俺たちが歩く大通りはほぼ商店街と言ってもよい雰囲気だった。
「すごい活気です!私のいた村とはだいぶ違うです!」
俺の隣のリリアはそう言って周りを見渡しながらはしゃいでいた。目に映るもの皆珍しいのは俺も同じだが、リリアは少し好奇心が強いようにも感じられる。
―――だから迷子になったのか。
そう結論づけて、俺も周囲の観察を始める。
まず最初に欲しいのは情報だ。リリアの故郷についてもそうだが、俺自身この世界のことをよく知らない。この街がデオールという名前なのはわかったが、そもそも今いるこの土地はどんな国なのか。この世界で生きていく上で、自分にできる職業はあるのだろうか・・・。そんなところを早めに知っておきたかった。
「まずは情報を集めなきゃな。リリアの故郷もそうだが、俺自身知りたいことがある。」
「です!でも、どこで教えてもらえるです?」
リリアの疑問はもっともだった。正直俺にもわからないことでもあったが。
「さっきの警備兵の人に教えてもらえばよかったな。やみくもに聞いて回るわけにもいかないし・・・、そうだ!情報収集ならRPGの基本、宿屋に行こう!」
「あーるぴー・・・、なんです?」
「ああ、気にするな。こっちの話だから。ただ情報が集まらなくて夜になっても困るだろう?その点宿屋ならいろいろな人の話を知っているだろうし、無くても今日泊まる場所は必要だ。外は危険だからな。」
「タクトさん頭いいです!・・・でも私お金持っていないです。さっきもタクトさんに払ってもらいましたし。」
「気にするな。女性の分は男が持つ。これは神の時代から決められた人間の規則だからな。」
「そうなのです?」
「ああ、だからリリアは気にせずついてきてくれ。」
「はいです!」
今持っている金が自分の金ではないのに若干の罪悪感を覚えながらも俺は言う。そんなものとリリアの安全を天秤にかける必要性がもとより存在しないから。
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それから少し後の事、小腹がすいた俺は近くの露店でオークという豚の顔を持った魔獣の肉を刺した串を二本買い、露店の親父に教えてもらった宿屋への道をリリアと共に歩いていた。
「オークって汚いイメージしかないのに、食材になるとこんなにも輝くものなのか。」
「ですです!実物は見たことありませんが、すっごいおいしいです!」
オークと言えば、エルフや女騎士にあれやこれやする、一部の男性に大人気の女性の敵である。しかしそのオークの肉を使ったというには、その串焼きはあまりにも絶品だった。味もさることながら、その見た目である。全体的に若干の焦げ目が付いていてなお、脂がのった一級品の肉であることを強調している。そして肉から落ちる肉汁はまるで宝石のようで・・・・。
―――ト●コにでも出てきそうな肉だ。
と思わせるほどである。オークという名を聞かなければ、もっと美味しく食べられたことは言うまでもない。
「さてと、いつまでも豚野郎に感動をしていても仕方ないし、宿屋に行くか。」
なぜか少し悔しい気分になりながらも、目的である情報収集と宿屋確保に意識を変える。しかし、隣からリリアの返事が返ってくることはなかった。
「リリア!?」
周りを見渡し、すぐにその姿を確認できたことで安堵する。リリアは俺が歩いてきた道の途中で立ち止まり一つの建物を見ていた。
「どうしたんだ?早く宿屋に行って故郷の情報を・・・・。」
リリアのいる場所まで戻ってきた俺は、いったい何をリリアが見ているのかと疑問に思う。そして、振り返ったリリアが俺にかけてきた言葉は、俺の紙並みの誇りを引き裂くものだった。
「タクトさん!宿屋ここです!」
笑顔で伝えるリリア。
「え?」
現状が呑み込めない俺。
建物を見ると、確かにそこには、先ほどの露店のオヤジに聞いた宿屋の特徴と一致する外観と、「移ろいの秋空亭」と書かれた看板があり、その建物が自分の探していたものだとようやく理解した。
俺は、「穴があったら入りたい!!」と、そう思わずにはいられなかった。
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