第3話「初ケモ耳は狐耳」
「助けてくれてありがとうなのです!」
少女が俺に初めて放った言葉は感謝の言葉だった。深々と頭を下げるその姿は何処かぎこちなく未だに恐怖をぬぐえていないのが感じ取れる。
「なに、女性を助けるのは男として当然のことださ。」
キザっぽく返した俺の言葉も好評かどうか頭を下げた状態ではうかがい知れない。ただやはり、おびえているのは確からしく深めに被ったそのフードが小刻みに震えていた。
「答えたくなければそれでいいんだけど、君はどうして奴隷なんかになっていたのかな?」
女性のことをあまり詮索はしたくはないが、この背丈の女の子(おそらく十歳前後)が奴隷なんて言うものになっているのはそれなりの理由があるはずだし、もし力になれるのならそうしてやりたいと思うのは当然だった。
―――女神さまにも困っている奴を見かけたら助けるように言われてるしな。
そう、それこそが俺の異世界ライフの前提条件だ。死んだ俺がこの世界で生きていく上でやらなきゃいけないことである以上見過ごすことはできない。
「えっと、私は奴隷狩りの人に会って、無理やり奴隷にされて・・・・」
顔を上げた少女は、恐る恐るといった具合に話し始める。
「お母さんとお出かけしていた所だったです。でも、迷子になって、気づいたらさっきの人たちに囲まれていて、あの首輪をつけられて、ここまで連れてこられたです。」
「最低な奴らだな。それで?お母さんは何処にいるのかわかるのかい?」
「私の住んでいる村です。でも逃げ出すまでずっと目隠しをされていたので今自分がどこにいるのかもわからないです。」
「そうか。」
現状俺自身が現在位置を理解していない状況だからな。この娘がわからない場所に送ることはできないと少し自分の無力さが恨めしかった。
「そうだ、まだ君の名前を聞いていなかったね。教えてもらえるかな?」
「はいです!私の名前はリリアというです。お兄さんのお名前も教えてほしいです!」
「リリアというのか。いい名前だ。俺の名前はタクトっていうんだ。よろしくな。」
「タクトさんです?変わった名前だけどかっこいです!」
「そう?ありがとう。ところでローブは脱がないのか?結構熱いと思うんだが。」
そういう俺の格好は、ここに来た時に着ていた無地の黒いTシャツに同じく黒の長ズボン。その上にマジックバックに入っていた赤いラインの入った黒いローブと、若干中二病か、不審者臭い格好となっている。ローブの下はなぜか熱くも寒くもないほど良い環境になっているが、隠していない頭部には直射日光が当たり正直熱い。こちらの世界に四季があるとすれば真夏と言ってもいいかもしれない。
「ふ、フードです?」
「ああ、いや、熱くないのなら別にいいけど。」
何処か迷っているその姿はなんともわかりやすいなと思わずほほが緩む。しかしこの暑さの中フードを被る理由は何なんだろうか・・・。俺がいるから脱げないとか?もしかして顔に傷があるとかかな。確かに男に限らずだけどあまり見せたいものじゃないな。だとするとやっぱり余計なことを言ってしまったか・・・。
そう思っているとリリアが何かを訴えるような目で見ているのが目に入った。
「ん?どうした?」
「あ、あの!タクトさんは優しい人なのです!だから見てもらいたいです・・・けど、気味悪がらないでもらえると嬉しい・・・です!!」
そう言うとリリアはフードを取り、その姿に俺は言葉をなくしてしまったのだった。
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「あの・・・・、どうでしょうか?」
こちらの反応をうかがいながら訪ねるリリアに、俺はまだ何一つ声をかけることができていなかった。それもそのはず。その姿は科学万能の世界から来た俺からしたら空想上の姿であり、俺の予想の斜め上を、いや、真上を指していたのだから。
まず、フードをとったその頭には、人間には決してついていない器官がついていた。その器官とは耳である。しかも人間の耳が頭部についてるなんて言う化け物ではない。獣、そう!動物の耳が頭から生えているのである。しかもそのあと腰でもぞもぞと動くものが飛び出してきた。その名も「尻尾」である。人間が進化の過程で落とした猿の尻尾やサ●ヤ人の尻尾とはわけが違う!!そのふわふわの毛並みからは頬ずりをしたくなるような癒しのオーラを感じさせていた。
――――これは!!獣人と呼ばれる種族では!?
文献や映像資料でしか拝見したことのないような至高の存在がその場にはいた。というかリリアだった。
「り、リリア?一つ聞いてもいいかい?」
「は、はい!なんです?」
「リリアはもしかしなくても獣人と呼ばれる種族で?」
「はい・・・。狐の獣人です・・。」
「そうか・・・・。やはり獣人なのか・・・。」
プルプルと揺れる俺に、リリアが不安そうな瞳をのぞかせる。
「あ、あの・・・。やっぱり気持ち悪いです?」
「いや!!そんなことはない!!」
俺の声に驚いたのか、ビクッと肩を揺らし一歩後ずさる。その可愛らしい狐耳はシュンと下を向き、ふさふさの尻尾は今は力なく垂れている。
「す、すまん。獣人を初めて見たものだから。」
「は、初めてです?」
「ああ、だからリリアのあまりの可愛さに驚いてしまったんだよ。」
「可愛いです!?私がですか?そ、そんなことないです!!」
「いやいや、リリアはもっと自分の可愛さに自信を持った方がいいな!」
「~~~っ!」
正直に感想を述べた俺に今度はリリスが黙ってしまった。なぜだろう?しかし、その尻尾は先ほどとは違い大きく揺れている。機嫌を害したわけではないようだが・・・。
「さてと、お互いの自己紹介も終わったことだし、これからどうするか。」
「これからです?」
「ああ、正直俺もこの辺りは詳しくなくてな。近くに人が集まる街でもあればよりたいと思っている。そこでだ。その街に行けばリリアの故郷の話も聞けるかもしれないし、一緒に行かないか?」
「一緒に行ってもいいです?」
「もちろんだ。ちょうど一人はつまらない(寂しい)と思っていた所なんだ。まあ、リリアさえよければなんだけど。」
「一緒に行きたい・・・です!!」
「そうか。じゃあ街までよろしくなリリア。」
「はいです!」
そして俺の旅は孤独から二人になった。
互いにようやく安心できる相手も見つけたことで、故郷の情報源を見逃していることに二人が気づくことはなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。