第2話「定番の森スタート」
オッス!俺タクト!名前を聞きそびれた女神さまから名前をもらった年齢不詳の異世界人だ!そんな俺が今どこにいるのかというと、異世界転生したらまず最初に訪れるであろう場所トップ3に入る名も知らない森だ!
木々が多くて日の光もあまり差し込まないその場所は、この世界の情報を全く持ち合わせていない俺にとって、いじめ以外のなんでもない場所に他ならない。
「女神さまももっと人がいそうな場所に転移させてくれればいいのに・・・。」
そう独り言をつぶやいても、当然ながら返事のないその静まり返った場所に、強烈な孤独感を感じてしまう。
「とりあえず、森を出るか・・・。」
いつまでもそんな孤独感に苛まれたら絶対に発狂する自信のある俺は、とりあえず女神さまからもらったアイテムバックの中身を確認する。こんな場所に出した以上は地図やコンパスなんかを最低限入れてくれているものだと思ったからだ。しかし・・・・
「あれ?入ってないぞ?」
バックの中を漁っても、出てくるのはタオルや歯ブラシ、着替えなどの日用品ばかり。
「ただのお泊りセットじゃねぇか!!」
この時、ああやっぱりあの女神さまは使えないんだなと、遅ればせながら気づくことになったのだった。
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女神様のくれたアイテムバックが予想以上に使えない現実に早くも絶望し、自力での脱出を試みようとしている俺だったが、森の中は何処も同じような景色で、いわゆる迷子と呼ばれる存在になってしまっていた。
とりあえず出した封魔剣で木に傷をつけながら進んでいくが、今のところは付けた印に出会うことはないので同じところを回っているというエンドレスには、はまっていないようである。
「はぁ、せめて森の直径でも分かればなぁ・・・。」
かなわぬ願いを口にしながらも、俺は先ほどアイテムバックから出てきた鏡を眺めていた。そこに映っているのは、茶髪で端正な顔立ち、どちらかと言えば幼く見えるその容姿は、年齢としたら十六歳といったところだろう。つまるところその姿こそが転生した俺の姿だった。
「前の世界での容姿を思い出せないから、違和感もないんだよな。」
鏡を見ながらひとりでブツブツつぶやくその姿は、見ようによってはナルシストか危ない人である。誰も見てはいないのだが、こういうことに敏感になってしまうところを考えると、現状の仮定年齢と元の世界の実年齢は同じだったのかもしれないなと思う。
「今更考えてもしょうがないけどな。」
俺は鏡をマジックバックに仕舞い、そうつぶやく。どうせ死んでしまった以上は元の世界のことを考えても仕様がないと思ったからだ。
「それにしても、どこまで続くんだこの森は・・・。」
周囲を見回しながらそうつぶやく。日の加減がわからない以上、現在の時間は把握できないが、俺がこの森に来て優に一時間は経過していた。不思議なことに慣れない道中、身体には何の影響もなかった。舗装された道もない言ってみればデコボコな森の中は、森なんて入ったことのない俺にとっては正直悪路もいいところ。足をくじくこともなくこれたのはまさに奇跡だろう。
「せめて外への光でも見えないかな。」
周りを見渡すが、周囲には生い茂る木々と、とぎれとぎれに差し込む日光、それと・・・。
「くそ・・・・!せめて話し相手でもいればなぁ・・・。」
そうつぶやくのは仕方のないことだと自分自身を擁護したい。どんな物語の主人公も決して一人じゃ生きていけないのだと、俺は知っているのだから。
・・・・・、だけど、一緒にいてほしいのはあくまでも人間であって、決して・・・
「グギャギャギャ」
そう。決して、耳がとんがっていて鼻が長くて、目がでかくて、顔と体のバランスがちょっとおかしいんじゃないかという深緑色の生物ではないんだ。
「う・・・・・」
「グギャ?」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
だから逃げ出したとしても誰も俺を責められない。元の世界でゴブリンなんて見た日には、誰もが裸足で逃げだすだろう。
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ゴブリンから逃げて数十分。ようやく縦ではなく平行に木々の隙間から光がさすようになった。つまり外が近いのだ。
数十分も走り続けたのだから、当然だと思う自分もいれば、よくそれだけ走って息も上がらないなと、今の自分の肺活量の異常さを実感している俺もいた。
「やっぱり転生すると強くなったりするもんなのかな。」
視線を下に向け自分の体を凝視する。しかしなんら違和感はない。元居た世界と感覚自体は変化していないのだ。
「まあなんにせよよかったな。いくらお泊りセットがあるとはいえ、ゴブリンなんかがいる森で寝たくはないからな。」
歩く速度もだんだんと速くなっていく。その度に光の強度が強まっていき、ようやく森を抜ける、そう思った時だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
先ほどの自分とは違う、可愛らしいという表現もどうかと思うが、女の子の悲鳴が響き渡った。
「なにごと!?」
周囲を見渡す。しかし声の主らしき女の子はいない。
「おとなしくしろ!奴隷のくせに逃げ出そうなんて考えやがって!たっぷりお仕置きしてやらないとな!」
「おいおい。大事な商品だ。あんまり傷つけるなよ。」
「わかってるよ!ただ二度とそんな気が起きねぇように教育してやるだけさ!」
「ほどほどにな。」
今度は二人の男の声が響いてくる。
「こっちか!」
気づいたら俺は声のした方へと走っていた。え?いつから熱血漢になったのかだって?そんなものにはならないさ!ただ、そう!女の子の悲鳴だからさ!女の子の!
下心などない無心で走り続けた俺はついにその場にたどり着いた。森から抜けた少し先の街道のようなものから少し離れた場所にその光景は広がっていた。
まず男が二人。大柄なハゲたおっさんと、細身なおっさんだった。見るからに悪そうな人相をしている。
そして大柄なおっさんの足元にお腹を手で押さえながらまるまっているフードを被った小さな女の子を発見した。
「へ!やっとおとなしくなったぜ!」
「だからやりすぎるなと・・・まあいい。さっさと荷台に戻せ。出発するぞ。」
「おう!まかせな!」
―――ヒュン!
「それから・・・ん?おい!ザムザ!?どこへ行った!?」
小柄な男は周囲を見渡すが、大柄な男は見つからない。
「へぇ、あのハゲ、ザムザっていうのか。」
「だ、誰だお前は!!」
「俺は~、あれだ!あれ・・・。そう!通りすがりの正義の味方?」
「なんでお前がわかってねぇんだよ!自分の事だろうが!」
「自分のことほど理解するのに苦労するんだ!実体験だから重みがあるだろ?」
「知るか!ザムザをどこにやった!?」
「あのハゲならそこで伸びてるよ。」
俺が指さした方向を見て小柄な男は驚愕した。まさかあの一瞬で自分の相棒が意識を刈られて森の入り口に放置されているとは夢にも思わなかったのだろう。さっきまでと俺を見る目も変わってきている。
「お、お前がやったのか?」
「まあね。女性に手を出すとか万死に値するからな。気絶程度で済ませてやったことを感謝しろよ?」
「なんでだ!?そこの餓鬼は奴隷なんだぞ!?売るまでその所有権は商人の手の中だ!どうしようと勝手じゃないか!」
「さっきも聞こえたけど、奴隷ってマジで言っていたのか。」
「そうだ!こいつの首を見ろ!ちゃんと魔力登録された首輪がはまってるだろ!こいつの今の主人は俺なんだよ!」
「ふーん。魔力登録ねぇ。」
「わかったらもう手出しするな!今回のことは見逃してやるから!」
そう言うと小柄な男は少女を連れて行こうとする。しかし次の瞬間、その男の首には白銀に輝く剣が添えられていた。
「見逃してやる?それはこっちのセリフだろうが。今ならその娘を置いていけば命だけは助けてやるぞ?」
「お前、わかってないのか?今ここでこの餓鬼を奪っても魔力登録された首輪がはまっている以上、俺の命令には逆らえないんだぜ?それに他人の奴隷を連れて歩いていたら即逮捕だぜ?」
冷や汗をかいた状態で無理に笑みを浮かべる男に俺も笑みで答えた。
「要するにだ、奴隷じゃなくなればいいんだろ?」
「どういう意味だ?」
男が頭上に疑問符を浮かべている隙に、俺はフードの隙間から除くその首輪に封魔剣を突き立てた。ビクッと一瞬驚いた少女は次の瞬間に起きた出来事に絶句した。
カラン・・・・。と首輪が外れて地面へと落ちたのである。
「な!!」
驚いたのは少女だけではないらしく、男のほうも驚愕に眼を広げ、地面に落ちたそれを拾い上げ唖然とした。
「これで文句はないよな?」
「どうやってこんな!?」
「それはまぁ企業秘密だよ。それで、これで文句はないよなと聞いているんだが?」
「いいわけないだろ!人の商品をダメにしやがって!この首輪一体いくらすると思ってるんだ!!」
「あれ?そっち?まあいいか。どうせ女性を商品扱いするやつを逃がすわけにもいかないしな。」
そう言って俺は再び剣を男に向けた。
「ま、待て!わかった!その餓鬼はお前にやるよ!」
「ふん!もう遅い!」
その後周囲には汚いおっさんの叫び声が木霊したという。
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