第1話「異世界転生」
「私の世界を救ってくれませんか?」
目の前の女性はそう言った。いきなりのことで俺自身状況がつかめていないが、どうやら目の前にいる女性は女神という存在らしい。別に後光がさしているとか、天使みたいな羽が生えているとかいうわけではないが、なぜだろう、そう言われても馬鹿馬鹿しいとは思えなかった。
「世界を救う?いきなりのことで何が何だかさっぱりなんですが・・・」
「そうですね、すみません。順を追って説明させてもらいますね。」
ずいぶんと物腰の柔らかい女神さまだなと思った。俺が知っている神様は、ゲームや映画なんかで出てくるものすごい偉そうな神様しかいないからだ。しかし目の前にいる女神様は雰囲気からして優しさがにじみ出ている、そんな感じだ。ぶっちゃけ顔もドストライクだし。
「まず、ここがどこだかわかりますか?」
「いや、全然わかんないですけど。」
女神さまの質問に思った以上にラフな返しをしてしまったが、なぜだか違和感がわかない。まぁ、ここがどこだかわからないから、テンパっているだけかもしれないが。
「ここはですね、私神領域と言いまして、神々の住む神界とは別に、各々の神が持つ特別な空間なんですよ。」
「はぁ・・・。」
「あの理解できてますか?」
「いや、あんまり・・・。」
「そ、そうですか。」
なぜかがっかりしている女神さまをよそに俺はあたりを見渡す。そこは、あたり一面が白と若干の桃色の雲で形成された世界だった。今俺が立っているのも雲の上であり、これが黄色だったなら筋斗雲にのった孫悟空の気分だっただろう。ちなみに今言った孫悟空は絵本の知識であり、●ラゴンボールの主人公とは関係ない。
「まあ、よくはわかりませんけど、神様の世界に来たっていうことでしょ?」
がっかりを越してしょんぼりし始めた女神さまに俺はそう質問する。
「そ、そうですね。下界の方に詳しい説明をしてもわかりませんよね。申し訳ありません。えっとですね、それで私があなたをここに呼んだ理由なんですが。」
「さっきの世界を救ってほしいってやつですか?」
「そうです!!あなたに私の世界を救ってほしくてここに呼ばせてもらったんですよ!」
話が進んだことで元気を取り戻した女神さまが身を乗り出してくる。
「それで、いったいなんで俺なんですか?」
乗り出したことで若干胸元が見えそうになり目線を外しながら質問する。
「あなたを選んだ理由ですか?それはですね・・・」
「それは?」
嫌な間を開ける女神さまに俺は聞き返す。しかし、帰ってきた言葉は意外な理由だった。
「なんとなく・・・です!!」
「帰っていいですか?」
「ま、待ってください!!」
意外過ぎるその答えに瞬間的に萎えた俺は、帰り方もわからないのに踵を返す。
「ち、違うんです!別に誰でもよかったとか、そういうのじゃなくて、基準を定めて選んだ中にあなたがいて、いいかなと思って選んだんです!」
「いいかなって・・・・、結局あやふやな理由じゃないですか。」
「そ、そんなことは・・・・、ありませんよ?」
「じゃあその間はなんですか?」
俺の質問に答えることのできない女神様は、目を泳がしながら「ひゅーひゅー」とできもしない口笛を吹き始める。
「あの、本当に帰りたいんですけど・・・」
「こ、困ります!う、嘘です!ちゃんと理由はありますから帰るなんて言わないでください!」
今にも泣きそうな顔で背を向けた俺に抱き着いてくる女神。さっきも思ったが結構なナイスバディ。正直俺が困ります。
「じゃあ、最初からその理由を話してくださいよ。その基準?ってやつのことも。」
「は、はい。えっとまずは、若くてそれなりに顔が良くて・・・」
「合コンの基準ですか?」
「ち、違いますよ?確かに若い人がいいなぁとか思いますけど・・・、ってそうじゃなくて!」
急にノリ突っ込みし始める女神様。俺のせいではあるが話だ進まないな。これは俺がリードしなくちゃいつまでたっても終わらない。
「すみません、余計なことを言いましたね。それで若さと顔と他には?」
「他にはですね、身体能力が高くて、魔力適性があって、後は~」
「たびたびすみませんが、え?なんですか魔力適性って。」
「魔力適性は魔力適性ですよ?」
聞きなれない言葉に、話の腰を折るのも厭わず質問をする。しかし帰ってきた言葉は返事ではあっても返答ではなかった。マジで張り倒したろうかこの女神様は!
「いや、当たり前のように言われてもわかりませんが。あれですか?女神さまの救ってほしい世界っていうのはいわゆる魔法とかがある世界で、その世界で生きていくためにその適正が高い人間を探していたと?」
「そうですそうです!なんだ、わかっているんじゃないですか。」
「わかってはいませんが、当たっていたならいいです。それであとは何ですか?」
理解はできないが、とりあえず話的に異世界なんだろうなと思っていた俺は、魔力と言われてそう考えた。
しかし、もう一つの基準は、意外も意外。決して予想できるものではなかった。
「あとはですね、もう死んでしまっている人です!」
俺の時間が止まった。
「は?」
止まったというのは錯覚だったが、絞り出せた声はそれだけだった。
「ですから、死んだ人ですよ!生きた人を引き抜いたら下界で大騒ぎになるでしょ?」
女神さまはさも当然だと言いたげに胸を張る。さっきまでの俺ならばそのはられた胸に何かしらの感情を持ったかもしれないが正直そんな余裕は存在しなかった。
「えっと、つまり俺がもう死んでいると?」
「そうですよ?それがどうかしましたか?」
どうしたの?と心配でもするかのような女神さまの表情に一瞬怖気が走る。
「どうかしましたかって、おかしいでしょ?今こうして生きているのに!それにさっき帰られたら困るみたいな態度していたじゃないですか!!」
「それは困りますよ?死んだ魂はその世界の中で循環しますからね。あなたに元の世界へ戻られたら、また何か生き物に転生してしまいます。そうなったらまた候補者を探さなくてはいけませんから。」
焦る俺に、「何を言っているの?」とでも言いたげな女神様。話が全くかみ合わない。
「しょ、証拠は!?」
「証拠ですか?」
「そう証拠!いきなりこんなところに連れてこられて自分は死んでるって言われたら誰でも驚くでしょ!?
だから俺にも納得できるように死んだ証拠を・・・」
「では、ご自分の名前が思い出せますか?」
「え?」
「ですから名前ですよ、な・ま・え。生まれた時に親に名前をもらったでしょう?」
「当たり前ですよ!俺の名前は!・・・・・・・、あれ・・・、俺の名前は・・・」
「思い出せないでしょう?それが証拠ですよ?」
「どういうことです?」
「名前とは自身を存在づけるいわば楔です。生まれた時に肉体と魂をつなぐ役割として名を刻み、その二つを深く結びつけているのです。しかし、死んでしまえば肉体と魂は離れ名前を失う。つまり死んだ人間の魂には名前がないのです。」
衝撃だった。こんな非現実の中にあって一番の衝撃だ。だってそうだろう?女神さまの言うことは正直検証のしようもない話だけれど、現に俺は名前を思い出すことができない。他のくだらないことは覚えているのに、自身を証明する名前が思い出せないのだから。いや、いくつか思い出せないことがあったか。
「俺が死んだというなら、どうして俺は死んだときのことを覚えてないんですか?あと、俺の年齢は?基準に含まれる俺の容姿は?」
そう、俺は自分が死んだ記憶を持っていない。他の家族や友人、学校や近所の風景なんかは思い出せる。名前云々の話が本当なら家族の名字、つまり俺の名字はわからなくて当然だろう。しかし、なぜ年齢がわからない?家族の顔ははっきり思い出せるのに自分自身の顔が思い出せないのはなぜだ?
俺の質問が今度は予想通りだったのか女神は薄く笑みを浮かべ説明を再開する。
「まず、あなたはあなたがいた世界で転生されそうになっていたところを私が引っ張ってきました。転生に際してまず消されるのは名前、そして次に死んだ当時の記憶です。その記憶が少しでも残れば次の人生に支障が出ますからね。その次が年齢。これに至ってはリセットされると思ってください。この三つは最優先で消されます。前世の記憶を持つ人間がたまにいますが、自分がどんな風に死んだとか、自分が何歳まで生きたとか言う人はいませんよね。あっても何をしていたかくらいです。しかし完全に自我を失ってしまっては意味がないので、最優先で三つが消されたのを確認して私の私神領域にお招きしたのです。ただ容姿に関してはこっちの不手際で抜けちゃったみたいです。」
一応のその説明は理解した。納得はできないけど理解はできた。要は、俺は転生の途中でこの女神さまに連れてこられた可哀そうな元人間っていうことだろう。容姿に関しては、あれか、間に合わなかったのか。
「ここにいる理由と俺の現状については理解はしました。それで?そんな俺を呼んでまで救いたい世界っていうのはどんな世界なんですか?」
「おや?ずいぶんと落ち着きましたね?」
「ええまあ、落ち着くといっても、じたばたしてもしょうがないからですし。」
「私は大当たりを引いたのかもしれませんね。ええと、私の世界の事でしたね。まあ一言でいうなら壊れかけているんですよ。」
「壊れかけている?」
「ええ。世界そのものが崩壊へと向かっています。」
「いえ、言葉を変えてもわかりません。」
「何と言ったらいいですかね、世界に闇のエネルギーが満ちようとしている・・・・的な?」
「なんで女神さまがわかってなんですか!?」
「わかってはいるんですよ?ただどう表現すればいいのか・・・」
「要するにあれですか?ド●ゴンボールGTよろしく、邪●竜的な存在が世界をマイナスエネルギーで包んで世界崩壊の危機!!みたいなやつですか?」
「違いますね。」
「あ、そうですか。」
まったくなぜこんな知識ばかり残っているのやらと嘆息していると、女神さまが閃いた!とでも言いたげな顔で詰め寄ってくる。
「要はですね、人々の絶望を蔓延させないためにそれを吸収する装置を作ったんですよ。私の世界、魔物とか魔族とか、それを束ねる魔王とかも普通にいますし、何か人間同士で戦争やったりとかいろいろ絶望の種が転がっていてですね、このままじゃ世界がどんよりしちゃうな~嫌だな~って思って作ったんです。でもですね、その装置がいつのまにかどこかに行っちゃって、また世界が嫌な方向に進みはじめて、でもこれ以上自分の世界に干渉しちゃうと上司の神様に怒られちゃうし・・・・。そこで!!異世界の人なら私の世界の絶望パワーにも干渉されずに色々できるだろうなーと思ってあなたを呼びました!」
「なんだか適当ですね。」
「そんなことはありません!上司にも、「まあそれくらいなら」って許可ももらいましたし!」
そこは拒否っとけよ上司!!なんで俺がそんな尻拭いみたいなことさせられなきゃいけないんだよ!!と思わないでもない俺だが。正直わくわくしている俺もたしかに存在している。
だって異世界だよ?確かに死んだのはショックだし、今だ理解できてないこともあるけど、それでもさっき魔法があるって聞いた時点から湧き上がるこの好奇心に俺の心は既に支配されつつあった。
「えっと、具体的には何をすればいいんです?」
「具体的にですか?そうですね、基本は好きにしていいですよ?」
「え?いいんですか?」
「ええ、さすがにあなたの次の人生を束縛はしませんよ。ただ、困っている人がいたら助けてあげてほしいなと、それくらいですね。」
「本当に?魔王を倒せとかは無いんですか?」
「んー、そこは自己判断ですね。あの世界に生きているみんなは私が創ったので、善し悪しはつけられませんし、どちらにも言い分はあるでしょうから、それを聞いて判断してください。」
てっきり魔王を倒してとか王道的なセリフを期待していた俺は少しがっかりした。
「え、じゃあ聖剣とかアイテム的なものはもらえないんですか?」
「聖剣ですか?んー・・・、それじゃあこれを上げます。」
右手を差し出してくる女神に少し期待しながら手を出すと、手のひらに置かれたのは指輪だった。
「指輪?」
「はい、指輪です。」
「なぜ指輪?」
「いえ、聖剣がほしいと言ったので。それ、聖剣になるんですよ。」
「マジですか?」
「ええ、マジですよ。その指輪をはめて念じるだけで剣が出てきます。」
説明を受けた俺は左手の中指にそれをはめる。そして「剣よ来い!!」と念じてみた。すると次の瞬間には左手に青い紋様が刻まれた白銀の剣が握られていた。
「おおー!!すげぇ!!」
「喜んでいただけたようで何よりです。その剣は暇つ・・・、いえ万が一の時のために作っておいた魔力を斬る剣です。どんな魔法もその剣の前では意味を成しません。」
「後半凄いカッコいいんですけど、前半に何か言いかけませんでした?」
「いえ?何も言っていませんよ?」
「そうですか。それじゃあこれはありがたくもらっておきます。」
戻す時も念じればいいようで、「戻れ」と思った瞬間に粒子となって指輪の中に消えていった。
「この剣に名前はあったりするんですか?」
「いえ特にありませんね。何でしたらご自身でつけてはどうです?」
「そうだなぁ、カリヴァーンとか?いやいや・・・、ありきたりだな。まあ剣の効果からとって封魔剣でいいか。」
「決まったようですね。あとはそうですね。私特性マジックバックなんかを渡してお別れとしましょうか。日用品なんかを入れておきましたので役に立つかと。」
「マジックバック!?あの何でも収納できるっていう?」
「ええ。私特性なのでその収納力に限りはありませんよ!」
「すげぇ!ありがとうございます!」
「それでは準備もできたので、そろそろ送らせてもらいましょうか。」
そう言うと女神さまは右手を俺にかざす。その瞬間俺の足元に魔法陣のようなものが浮かんでくるのが見えた。
「なんです?これ。」
「見ての通り転移用の魔法陣です。もうすぐ転移しますが、最後に何か聞きたいことはありますか?」
「そうですね・・・じゃあ、俺の名前と女神さまの名前を教えてください。」
「名前ですか。あなたに前世の名前を教えることはできないので私が考えましょう。」
う~ん、と女神さまが考え始める。しかしその間にも魔法陣の光は強くなっていって・・・
「女神様!?なんか今にも転移しそうなんですけど!?」
「え!?ちょ、ちょっと待ってください!え~と・・・・、そうです!!未開の地を切り開いていく人間、その名も拓人!!いい名前でしょう!」
「いい名前です!ありがとうございます!それで女神様の・・・」
名前は何ですか?・・・そう聞く前に俺の身体は魔法陣の中へと沈んでいった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!