プロローグ
「ようやく来てくれたねタクト。」
あらゆる生命が消えたその場所で、一人の少年が嬉しそうに目の前の青年へと語りかける。暗く、絶望に閉ざされたその空間には、少年とタクトと呼ばれた青年しか存在しない。
「君が僕を殺しに来てくれるのを首を長くして待っていたんだよ?」
返答を返さないタクトに少年は少し寂しげな表情を浮かべながらも会話を続けようとする。タクトはと言えば、少し幼さを残すその顔に影を落としながら眼前の少年を見つめていた。
「無視はひどいな。君とこうして向かい合う日を、こんな場所で待っていたのに。これからどうなるにしても、再会を喜び合って昔話をしたり、熱い抱擁を交わしたり。いろいろできることはあるだろう?」
「・・・・俺たちはもう、そんな関係にはなれないだろ。」
ようやく口を開いたタクトの口から出たのは否定の言葉だった。その言葉に一瞬あっけにとられた少年は、しかし次の瞬間には肯定の言葉を口にした。
「うん。そうだったね。あれほどの事をした僕を、君が許すはずがない。わかってはいたんだ。それが理由で君はここにいる。失われたモノを取り戻すために、僕を殺しに君はいる。わかってはいるけど、それでも僕は君との友情を忘れられない。」
今にも泣きだしそうな悲痛な表情を浮かべ、少年は答えた。そう、もう戻れない。少年はわかっているのだ。彼がここにいる理由を作ったのは自分自身であることを。自分の願いのために彼のすべてを奪ったことを。
「・・・友情か。確かに俺もお前は大事な親友だと思っていた。だからこそ許せない!仲間を消したお前を!世界を消したお前を!」
少年の言葉にタクトは逆上する。今更何を言おうと何も変えられない。その事実があっても抑えておくことはできなかった。それが決して目の前の少年のせいではなかったとしても。
「どうして抗わなかった!お前ならできたはずだ!そんなバカげたシステムなんかにどうにかされるお前じゃなかったはずだ!!」
声を荒げたタクトに今度は少年が言葉を失っていたが・・・
「どうした?今度はお前がだんまりか?それとも今のこの状況が本当にお前が望んだことなのか!?」
こんな状況でも自分を理解しようとするタクトの言葉に、少年の顔は笑みを取り戻す。
「君は本当に優しいね。でも、それこそ「もう」だよ。今更僕がどう言おうと君がなすべきことは変わらない。変えてはならない。そうだろう?タクト。君は僕を殺して君のすべてを取り戻すんだ。それは君にしかできないし、そうだね、そういう意味ではこの状況は僕自身が望んだものかな。」
「ふざけるな!!」
「ふざけてなんていないさ。でも強いて言うなら、僕ではこのシステムに抗うことはできなかったよ。免罪を乞うているわけじゃない。何せ僕はこうなることを初めから知っていたのだから。だからこそ君という存在を見つけた時には心躍ったね。いずれ来るこの絶望の世界への唯一の対抗手段だ。ある意味では彼女の選択は正しかったといえるよ。まぁ、君からすれば巻き込まれただけなんだけど。」
「初めから・・・?でもお前は!」
「うん?ああ、そういえば言っていなかったね。君と出会った頃の僕は記憶を封じられた、いわば仮初の人格さ。別人というわけではないけどね。僕自身は意識の奥底から君を見ていたんだよ。君がいずれこの世界の終焉を回避し得る存在になっていくのをね。・・・さて、そろそろいいかな。できればもう少し楽しい話題にしたかったんだけど、しょうがない。ここまでだ。」
いきなり区切られたその会話にタクトは異論をはさめなかった。それは急激な周囲の変化によるもので・・・。
「なっ!!」
暗く何もないはずのその世界にひびが入り始め、まるでガラスが割れるかのように破片が落ちてくる。割れていく世界の向こう側には、まるで宇宙のような空間が広がっていた。
「ここまでだといっただろう?これ以上時間を無駄にしたら、終焉は覆せないものになってしまう。世界の再生を望むならば、この世界の崩壊より前に僕を殺さなければならない。」
淡々という少年の顔にも若干の焦りが見え隠れする。
「くそっ!!」
タクトは少年の言葉を聞き、自身の両手の指にはまった指輪から二振りの剣を取り出す。右手には赤く光る紋様が刻まれた漆黒の剣。左手には青く光る紋様が刻まれた白銀の剣。タクトの旅を支え、自身や仲間たちの危機を何度も救ってきた相棒とも呼べる武器たちだ。
「相変わらず美しい武器だね。それじゃあ僕も!」
そう言う少年の左手には、黒く、そして周囲を紫色のオーラが覆う錠のついた一冊の本が出現する。
「【終焉の書】、ありきたりだけどそんなところかな。この本と僕を破壊することで君の望みは達成される。でも気を付けてね?この本の中には、この世界が終焉を迎えるべきだと断じるほどの絶望が封印されている。それに打ち勝つことができなければ、君の負けだ。」
本を掲げ、そして残った右手に握られた鍵を突き出し少年は笑う。
「それを壊せば全部戻ってくるんだな。」
「そうだよ。」
「わかった。」
タクトは両手の剣を構え、少年との最期の戦いに挑む。少年との過去を思い浮かべながら。
―――タクトは強いね!僕も君みたいになりたいよ!!
―――君と一緒に行けば、きっと面白いことがありそうだから!!
―――親友?僕に言ってくれているのかい?ありがとう!!
―――朴念仁ってやつだねタクトは!!
――――君の名前はなんて言うんだい?タクト?変わった名前だね!え?僕の名前かい?
――――僕の名は!!
「始めようか!!親友!!」
かつて親友と呼び、友情をはぐくんだその少年へと、タクトは剣を構えて突き進む。その顔にもはや迷いはない。
「ああ!!終わらせてくれ親友!!」
答える少年の顔にも迷いはなく、本に鍵を差し込んでいく。
「俺たちの!!」
「君たちの!!」
「「未来を勝ち取るために!!」」
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