第6話
「…」
《なんか言ったらどうなの?》
「不思議なにおい」
イルレオーネ王都ナヴェルに入ってから嗅いだ事のないにおいが漂っている。
《ああ、潮の香りだよ。ここは港町だからね。海に近いし》
「海…」
(見てみたい)
そろりと日除けのカーテンの隙間から覗くと、遠くに青く輝く場所があった。
何隻もの帆船、漁船が船着場に停泊している。
「あれが海…」
海だけじゃない。
建ち並ぶ店々も、商品も、行き交う人々も。
全てが活気に溢れ輝いて見える。
「ご気分でも悪くなりましたか?」
アーシェラの馬車に追従するイルレオーネ軍の紋章の甲冑を着た護衛の1人が馬を寄せて尋ねてきた。
現国王の幼馴染みと言うことで近衛の中から抜擢されたらしい青年だ。
名はジオハルトと言ったか。
「い、いいえ…」
「長く馬車に揺られてお疲れでしょうし、何より退屈でしょう。もう少しの間ですので窓からの景色で我慢してください」
顔に出ていたのか、苦笑いされる。
「賑やかな街ですね。私の祖国とはまた違う雰囲気なので新鮮です」
「ヴェネティエの王都ヴァネラは静かな街ですものね。俺はヴァネラ好きですよ?ここと違ってうるさい幼馴染みたちもいないですし」
相当うるさいのか若干手綱を握る拳がプルプル震えている。
「あ、おーいジオハルト!王子、じゃなかった、陛下がまた城抜け出してたぞー!!」
通りすがりの男からの言葉にジオハルトが俄かに殺気立つ。
「あいつまたか…!!申し訳ありません、アーシェラ姫。諸用ができた故、護衛の任を解いてもよろしいでしょうか?」
こちらに向けられた笑顔が怖い。
「あ、はい」
「御前失礼いたします」
そう言って笑顔を残すと、踵を返して走り去って行った。
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「おーい、そっちちゃんと持てー!」
「わっ、ちょ、押すなよ!」
レオナルドは海にほど近い所にある倉庫前で黙々と木材を切っていた。
黒髪の青年が困った様な顔で話しかける。
「なぁ、レオ。本当にいいのか?こんなとこにいて。今日ヴェネティエのお姫様が来る日なんだろ?」
「おー…。そうだな」
「ジオハルトにバレたら絶対雷落ちるよなー。お前一応国王だし」
「おー…。そうだな」
「お前話聞いてる?」
「おー…。そうだな」
「聞いてねぇしっ!」
「しつこいぞリューク!手ぇ動かせよ、お前がボヤだした倉庫の修理してんだろ!!」
レオナルドがリュークの襟首を掴んで揺さぶるが、リュークはくちびるを尖らせ抗議する。
「オレだけじゃねーし。てか、本当に城戻んなくていいのかよ」
「話逸らすなよ…」
襟首を放し、頬を流れる汗を拭う。
「結婚つっても俺、相手の子、小さい頃にちらっと見かけた程度だし」
脳裏に浮かぶのは13歳の頃ヴェネティエ王宮で見かけた銀髪の少女。
不安気に揺れていた緑玉色の瞳は、レオナルドとかち合った瞬間に透明な涙の膜が張った。
「目が合った瞬間、速攻で泣かれたし」
鬱々と沈み込む。
「わー…。レオ、嫌われてるかもね。もしくは怖がられてる?」
「その心配はない」
突如湧いた声と肩を掴む剣ダコの多い大きな手に、レオナルドはギリギリと音を立てながら振り返る。
黒いとてもいい笑顔を浮かべたジオハルトの顔が目の前に現れる。
「こんなところで何をしているんだ?」
「アッ、チョットオテツダイヲ…」
「わざわざヴェネティエから輿入れしに来てくださってんだからお迎えするためにちゃんと城で待ってろっつったよなぁ?」
「ハイ、キキマシタ」
「何か申し開く事は?」
「ゴザイマセン」
「じゃあ戻るぞ」
魂が半分抜けかかっているレオナルドを引きずりジオハルトが歩き出す。
「あ、なぁジオハルト」
「なんだ?」
「“その心配はない”ってなんで?レオの顔見て泣き出したんなら、少なくとも怖がったりはあるんじゃない?」
「いや、そもそもレオの事を覚えていらっしゃらなかった。王が代替わりした事すらご存知なかったしな」
「「え?」」






