第4話
どの位そうしていただろうか。
近付いて来る衣擦れと芝を踏む音にぼんやりとそちらを向く。
「死んだのか」
「ど、して…」
掠れた声が漏れる。
「何、聖女の離宮に鼠が入り込んだと聞いてな」
父王が嘲る様に言う。
「そんな事言わないで!!」
爆音を立てて火柱が上がる。
火柱はアーシェラの周りを取り囲みながら燃え盛る。
「彼は私に会いに来てくれた!私の大好きな人をそんな風に言わないでッ!!」
魔法とは、魔力とは生命の源。
所有者によって性質を変え、感情に左右されやすい。
この炎はアーシェラの怒り。
場合によっては、他人を焼いてしまう事もある。
抑えなければいけない、頭では分かっていても湧き出した激情に歯止めが効かない。
無意識下に掛けていた制御の扉が弾け飛び、底をついたはずの魔力が溢れ出す。
「あ…あ、あ…。あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「泉の精霊よ!慈悲深き水の癒し手よ!我に鎮めの力を貸し与えたまえ!」
アーシェラの叫びを吹き飛ばすように詠唱が被せられ、精霊の力を借りたアニタの魔法で炎が鎮火される。
「姫様、お気を確かに!激情に呑まれてはなりません!」
アニタはアーシェラに駆け寄ると40も半ばを過ぎたとは思えない力で肩を掴み揺さぶった。
「だ、いじょうぶよ。落ち着いた」
寝衣の胸元を掴み深呼吸をする。
髪を濡らしたままだったからか身震いをする。
「…それで、お父様。本当のご用件は何ですの?」
キッと睨む様な目を向けると、父王は鼻を鳴らす。
「何故分かる。私が別の用件で此処に来たと」
「何故って…。お父様が私を心配してくださった事など、一度として無かったから、としか言いようがありませんわ。…それで、ご用件は?」
もう一度問うと、たっぷり間を置いて口を開いた。
「第102代ヴェネティエ国王として命ずる。隣国イルレオーネの国王に嫁げ。拒否権は認めない」