第3話
ちゃぷんと音を立てて水面に波紋が広がる。
水の中から見える景色は水色に揺れている。
ゆっくりと水面まで上がると肺いっぱいに酸素を取り入れると、泉の端まで泳いで移動する。
アンリからの話を聞くのに自分を落ち着ける為に離宮の地下にあるこの泉に来たが、真夜中を過ぎてもアンリが来ない。
アーシェラは彼此4時間は水中にいた。
いつ頃だろうか、自分が水中でも生きていられる事を知ったのは。
『お父様にも言っちゃダメよ?この事はお母様とアーシェラ2人の秘密』
(はい、お母様)
今は安否も分からぬ母の声が聞こえた気がした。
ぷかぷか浮きながら掌を見つめる。
掌に体を流れる力を集中させ、ふっと息を吹きかけると、色とりどりの光の玉が掌から浮き上がり蛍の様に宙を漂い始めた。
いつ頃だろうか、自分に普通の人の倍以上の魔力がある事を知ったのは。
「そういえば、お母様も水の中で息ができたな…」
夜が明けかけた頃だろうか。
《アーシェラ!アーシェラ大変!!》
ラネルが息を咳切らして地下に飛び込んで来た。
《アンリが、アンリが!!》
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「アンリ!!」
現場には既に人が集まりつつあった。
「姫様!?どうしてここに…」
「そんな事はどうでもいい!アンリは!?」
「あ、あちらに…」
女官の指差す先には何人かの宮廷医官がしゃがみ込んでいた。
駆け寄ると、芝生の上に横たえられたアンリの姿。
白い肌に銀灰色の髪、神官の衣装までもが鮮血に染まり、投げ出された腕や閉じられた瞼は動く気配も無い。
「アンリの容体は!?」
「はぁ、わたくし共も手を尽くしましたがどうにも。急所を暗器か何かで深くやられておりまして。…治癒魔法を使っても日の出まで保つかどうか…」
つまり、後2時間もしない内に
「アンリが、死ぬと言う事…?」
医官たちの沈黙を肯定と理解した瞬間アーシェラは傷に手をかざしていた。
「ダメ…ダメよ!!だって私、私まだ…あなたに好きって言ってない!!」
「姫様…」
(そんな目で見ないで。絶対に助けるんだから、そんな憐れむ様な目で、私をーー)
「神よ!慈悲深く、癒しをもたらす泉の精霊よ!!どうか力を貸して!アンリを助けて…!!」
叫ぶ様に一言一言に魔力を乗せ、喉をふるわせる。
いつもなら返事をしてくれる生き物が、力を貸し与えてくれる精霊が、一匹もいない。
それでもアーシェラは治療を辞めない。
医官や何人もの女官に止められやっとやめたのは、アーシェラの膨大な魔力も底をつき、東の稜線から太陽が完全に顔を出してからだった。
アンリは冷たくなっていた。