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4 side・バルジオーザ 【花嫁が心配すぎる】

 我は裏庭から、厨房の窓越しにこっそり中を覗いていた。

 耳に力を集中し、声が聞こえるようにする。我の力について話しているらしい。

「魔お……王様も食べないんでしょ? すごいのね、食事しなくても力を生み出しちゃうわけ?」


 オリーヴが、我を褒めた……だと!?

 我を、褒めた。

 褒めた……


 ぼうっとしている間に、エドラは話を続けている。

「王様、戦うの大好き。戦うと、王様が楽しくて、力がわいてくるです」

「はあ」

 オリーヴは曖昧にうなずき、言う。

「戦うこと自体が好きなわけ? 人間を殺すのが好きなんだと思ってた」

「殺すのもまあまあ好きネ。戦うのが一番、殺すのが二番」

「あ、そう……。じゃあ例えば、女は?」

「女は五番目くらいに好きネ」


 ……言わなくてもいいことを。イラッ、とする。

 とたんにまた角から力がピーと噴出して、厨房の壷が一つ割れた。


 エドラがちらりと舌を出し、「しまった」という顔をする。オリーヴも一瞬肩をすくめて怯える様子を見せたが、

「はは……三、四がなくて、五に女、ですか」

と戸惑った笑顔を見せた。


 オリーヴは特別だっ、そんなに順位は低くない!

 またピーとなりそうになった時、エドラが話を変えた。

「花嫁さ……オリーヴ様、厨房に何か、ご用あったですネ?」

「あっ、そうだった。それでネズミさん……クリーチィって言うの? クリーチィに、連れてってくれるように頼んだの」

 オリーヴが立ち上がる。

「小麦粉をね、分けてもらえないかしらって」


 小麦粉? 一体何に使うのだろう。料理でもしたいのだろうか?


「小麦粉、持ってっていいよ。塩は? 卵は? 他にも色々あるですよ」

「あ、とりあえず小麦粉だけ……そうだ、暖炉の灰も欲しいな。ありがとう。何か()れ物、あるかしら」

 オリーヴの言葉に、エドラが空いた壷を二つ持ってくると、まず暖炉から片方の壷に灰を移した。


 灰? 料理したいわけではなさそうだ。何に使うのか……


 厨房の隅に、小麦粉の大袋が置いてある。エドラは次にそこへ行き、袋の口を開けて、小さなカップで小麦粉をすくっては壷に移し始めた。

「どれくらい?」

「多ければ多いほど助かるわ。ねえ、ここの食材って……」


 急に、オリーヴが言葉を切った。

 彼女はまじまじと、小麦粉の袋を見つめている。 


「どしたの?」

 彼女の様子に気づいたエドラが尋ねると、オリーヴはハッとしたように目を瞬かせ、そして低い声で言った。

「……何でもない。もう、それくらいでいいわ」

 エドラから壷を受け取ったオリーヴは、薄く笑みを浮かべる。

「ありがと……。具合が悪くなるといけないし、そろそろ部屋に戻るね」

 そして、壷を二つ抱えて逃げるように厨房から出ていった。クリーチィがあわてて、口に葉野菜をくわえたまま後を追う。


 一体、何が……オリーヴの様子は明らかにおかしかった。体調はまだ大丈夫のようなのに、なぜだ?


 我は、混乱した。

 オリーヴの様子が変なのはわかるのに、原因がわからない。どうしたらよいのかもわからない。こんな気持ちになったのは初めてだ。

 やりたいようにやる、それがイドラーバの民の、そして我のやり方だ。力の維持に関わるのだから、やりたいようにやるのが当たり前だ。だからオリーヴをこの城に置き、彼女がどう思っていようが我は愛でる(遠くから)。

 今、オリーヴが不可解な様子を見せたため、何かしてやりたいと感じた。それなのに、この我が、何をして良いのかわからない……だと?

 小麦粉に何かあったのか? それとも、エドラの食事に何か問題があって、腹でも痛くなったのか?


「くっ……」

 厨房の窓から離れると、我は自分の頭をつかんだ。しかし、何も思い浮かばない。

 我は翼を出して広げると、一歩踏み込んでから飛び立った。

 オリーヴの部屋をのぞこう。原因を探り出すのだ。


 オリーヴは、中庭にいた。我は寝室側から、扉を薄く開けてオリーヴを見守る。

 昨夜、オリーヴが部屋を出た時は何ごとかと思った。廊下の灯りを点しながら後をつけると、物置部屋から絨毯を持ち出していた。

 今、彼女はその絨毯に、壷から小麦粉を振りかけている。それから、絞った布で絨毯をふき取り始めた。

 なるほど、粉に汚れを絡めてから落とそうというのか。我にとっては、初めて見る作業だ。おそらく、灰も何かを洗うのに使うのだろう。


 拭き取り用の布をいったん洗っては、また絨毯をふき取るということを繰り返すオリーヴ。彼女は、ずっと無表情だった。何か考えているのか、それとも考えないようにしているのか。作業の様子を見ている限り、体調が悪いというわけではなさそうなのだが。


 トントン、とノックの音がして、我はぎょっとして振り向いた。

 扉が開いてクリーチィが現れ、我を見て目を見開く。

 そうか、そろそろ昼の食事時か。

 我が顎で示すと、クリーチィは廊下から盆を持って入ってきて、我の横をすり抜けて中庭に出た。チィチィ、と、昼食を持ってきたことを告げている。

「え? 何……ああ。もうお昼なのね」

 オリーヴは答えると、一度立ち上がって腰を伸ばした。クリーチィは作業台に食事の盆を置き、そして出て行く。


 オリーヴは少しぼうっとした様子で、その盆を眺めていた。

 そして──

 もう一度かがみ込み、汚れ落としを再開した。


 食事は? 食事をとらないのか?


 我はその後もずっと彼女を見つめていたが、彼女は昼食に手をつけない。絨毯は順調に綺麗になり、オリーヴはそれを物干しに干した。

 そして疲れたのか、椅子に座って作業台に頭をのせ、しばらく目を閉じていた。


 太陽が動き、時が流れた。

 夕食を運んできたクリーチィが、我を見てまた目を見開く。一歩後ずさりまでした。何だ、いつまでここにいようが我の勝手だっ。

 クリーチィは我をチラチラ見ながら、中庭に出て行った。オリーヴが顔を上げる。

 クリーチィは、作業台の上の昼食に手がつけられていないことに気づいて首を傾げていたが、盆を取り替えてまたチィチィと鳴くと、廊下に去っていった。


 オリーヴは黙って夕食の盆を眺めていたが──

 盆をそのままにして立ち上がると、我のいる扉の方へやってきた。我は急いで寝室を出る。


 廊下でしばし待ち、それから寝室をそっと覗くと──


 オリーヴはすでに、寝台に潜り込んでいた。寝台の脇に置いてあるランプも灯を落としてあったが、我は暗くても様子が見える。

 ……眠ってしまったようだ。


 我は、途方に暮れた。

 朝食を食べたきり様子がおかしくなり、昼食も夕食もとらなかったオリーヴ。

 一体どうしたら良いのだ!? フォッティニア人は、食べなくては弱ってしまう。彼女には角がないから、我の力を受け止めさせることもできない。

 食事もとらず、根を詰めて洗濯ばかりしていては……


 そうだ! 気分転換をさせよう。

 フォッティニアの女が喜びそうなものを用意するのだ。いい考えではないか!


 我はそっと扉を閉めてから、急いで玉座に戻り、準備のために配下を呼んだ。

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