15 予言の成就?
side オリーヴ
別棟の空間があれこれとつなぎ直されて、草原部屋はなくなった。晴れの日が増えてきて、にせものの青空も必要なくなったのだ。
あたしは洗濯物を干し終わると、階段を上って外廊下をぐるりとたどっていった。厨房のある方へ回ると、裏庭でエドラさんがトカゲ頭の人と話をしている。野菜を持ってくる農家の人だ。話が弾んでいるみたいで、笑い声が聞こえる。
やがて農家の人は帰って行き、エドラさんがこちらにやってきた。
「あら王妃様、見てたですか?」
「ごめんなさい、あたし、エドラさんがクリーチィ以外の人と仲良く話してるの初めて見たから、何となく……」
あたしが肩をすくめると、エドラさんはにっこり笑った。
「仲良くする、いいことですネ!」
そして、続ける。
「エドラ、王様は誰でもいいと思ってた。でも、王様と王妃様が仲良くしてて、特別な人っていうの、いいなと思ったですヨ。力が変わっちゃうくらいなんて、すごいですネ!」
あたしは思わず、顔を赤らめた。
バルジオーザとあたしの間に子どもが「生まれ」て以来、バルジオーザの力は幸福感まで一緒に、イドラーバの民に届けているらしい。言葉よりも雄弁なそれのおかげで、民は身体で実感してるらしいのだ。一人と一人のつながりが、こんな大きな力を生むのだ、と。
今まで、愛し合うことは身体のつながりの結果でしかないと思っていた人々が、少しずつ考えを変えてきているみたい。エドラさんのように。もちろん、今まで欲望優先で暮らしてきた人たちだから、色々問題も起こってなかなか難しいみたいだけど。
そんな風に考えながら「そうかな、すごいかな……」と答えると、エドラさんは両手で頬を抑えて「きゃっ」という感じで言った。
「すごいですヨ! エドラも、王様と王妃様みたいな相手、欲しいですネー」
……何だかこっちが恥ずかしくなっちゃうんだけど、まあ、いいのかな。これで。
これが普通になれば、生活が変わる。人と人が大事にし合うようになれば、死んでもいいから戦いに行きたい、っていう気持ちにも変化が訪れるかもしれないんだし。バルジオーザも、フォッティニアに行こうってそぶりは、ちっとも見せない。
……これで、もしかして、「フォッティニアの敵が滅びた」ことになるのかな。
まさか、ね……
「かーたま」
可愛い声がして、何かがあたしのスカートにしがみついてきた。
「姫」
あたしはしゃがんで、子ども──未だに信じられなくて、まだぎこちない可愛がり方しかできないけど、バルジオーザとあたしの娘──と視線の高さを合わせる。
「どうしたの?」
「ひめ、おなかちゅいた」
娘はおなかをぽんぽんとたたく。角があるから、本当の意味では空腹じゃないんだろうけど、何か食べたいという合図。
可愛らしくて、勝手に頬が緩んでしまう。あたしはうなずいた。
「じゃあ、エドラさんにお願いしようか。ギルフさんは? 一緒に遊んでたんじゃないの?」
「ぎうふであそんでたー ぎうふ、つかれたって」
……ギルフ「で」遊んでたんだ。
思わず笑ってしまいながら、娘がエドラさんに「おやつ、くだちゃい」というのを見守る。エドラさんは「はいヨ!」と快く、娘の手を引いて連れて行った。
「さて、お店の準備をしなきゃ」
あたしは外廊下の一番端まで歩いた。そこには扉がひとつある。イドラーバ南部の、とある町につながる扉だ。
あたしはその町で、染み抜き屋を開くことになった。今、この扉の向こうにある空き家を、店に改築しているところだ。
「……あの土が取れる場所、バルジオーザに教えようかな」
立ち止まったあたしは、独り言を言う。
母さんから受け継いだ、汚れ落としの土。それが採れる場所は誰にも教えたことはなかったけれど。
フォッティニアの土が、イドラーバの人々の服やテーブルクロスの染みを落とす。それは、何だかとてもいいことのような気がして。
あたしが、この国の色を変えていくような、そんな気がして……
「オリーヴ」
名前を呼ばれ、物思いに沈んでいたあたしは振り返る。
バルジオーザが、おやつを食べ終えた娘を腕に乗せて、こちらにやってくるところだった。
「オリーヴ、姫が、今日は三人で入浴しないかと言っておるぞ! 姫がな!」
まったく、子どもを使うなんて卑怯な。
姫が生まれたあの瞬間は、そりゃ……バルジオーザをちょっとは愛おしいと思ってたけど……でも! 今もそうとは限らないんだからねっ!
どう入浴の件を言いくるめるか考えつつ、あたしは苦笑しながら二人を待つ。
バルジオーザは足を止めない。以前のように、遠くから見つめたりはしない。
愛した人に愛されたという初めての経験に、毎日本当に、幸せそうだ(表情はわかりにくいけど)。そして、その幸せをもたらしたのはあたしなんだと思うと、何だか悔しいような嬉しいような気持ちになってしまう。
彼はあと一歩で、あたしの傍までたどり着く。
side バルジオーザ
「オリーヴ様に店を持たせる? はあ。いいんじゃないですか」
オリーヴに興味のないギルフは、淡々と答えた。
「フォッティニアの貴族なんかは、愛人に店を持たせたりするらしいですしね」
我はギルフをにらんだ。
「愛人などと同列にするなっ! 別に王妃が店をやっても構わんだろう。 おい、ユスティムの町に、店をやれそうな物件を探せっ」
そんな流れで、オリーヴはイドラーバで、再び染み抜き屋をやることになった。
ユスティムはフォッティニア南部の町で、角を持たない住民が多い。オリーヴもおそらく、客に角がない方が怖がらないだろう。あの辺りは道路の整備が済んでいないので、住民は服の裾を泥で汚しがちだ。優秀な染み抜き屋が必要に違いない。
「本当に、男のお客と『間違い』がないように、あたしを見張るわけ? 王様の仕事はいいの?」
ある日、昼食の時に、オリーヴにこう聞かれた。今では昼食も、よく共にする。
我は顔をしかめた。
本当はずっとオリーヴと共にいたいのだが、それなりに国王の仕事もある。特に、イドラーバは気候が安定していないため、配下が常に見回って天災による被害の報告を上げてくる。最近めっきり減りはしたが、なくなった訳ではないから、早めに対処しなくてはならない。
「開店時間を短めにしろっ。我はその間だけ店にいる。時間が来たら、町から空間を切り離すぞっ」
仕方なく我はそう言った。オリーヴは軽く肩をすくめることで応えた。
「……ところでオリーヴ」
我は咳払いをし、続ける。
「そろそろ、寝室も共にしても良いのではないかと、我は思うのだが」
「あたしは別に思いませんけど」
即座に答えが返ってくる。うぐっ。
オリーヴはテーブルに目をやり、少し口ごもりながら言った。
「こうして、前よりずっと近くで、一緒に食事してるじゃない……」
そう。我は今、オリーヴの斜め前に座っていた。手を伸ばせば届く距離だ。
「本当は、今お前を膝に乗せたいくらいだっ」
「うわ……あの、恥ずかしいから」
額に手をやり、ため息をつくオリーヴ。うむ、恥じらう様子も可愛すぎる。
急に距離を縮めるのをオリーヴが嫌がっても無理はない。ガーヌで男とつき合ったことはないわけだからな! 我が初めての恋人であり夫なのだからな!
あまり強引にして嫌われるのもうまくない。男女の駆け引きというものだ。それも、オリーヴとなら楽しい。自制を学んだ我は、もう少しだけなら待てる。もう少しだけな! 明日くらいまでな!
しかし、昨日は共に入浴するのも断られたし、どんな触れあいなら断られずに済むだろう?
「むぅ……では、それを一口我によこせ」
我が言うと、オリーヴは我の顔と自分の皿を見比べた。
「え? この果物?」
「そうだ。よこせ」
我はガパッと口を開ける。
うへえ、などとオリーヴは声を上げたが、仕方なさそうに丸くくり抜かれた果物をスプーンですくい、我の口に運んだ。
う ま い。
「たまらん……これで三回はイける……」
陶然としていると、オリーヴは顔をしかめた。
そこへ、高い声が飛び込んできた。
「とーたま! かーたま!」
開け放したままの扉から、よちよちと姫が入ってくる。クリーチィの縫った、小さな赤のドレスを着ていた。クリーチィは姫のため、レースとリボン満載のドレスを何着も、嬉々として作り続けている。
姫は食事の必要がなく、今はギルフを従えてどこかに行っていたようだ。
「おにわ! いく!」
姫の誘いに、オリーヴが立ち上がった。
「うん、えっと、母……さまと一緒に、行こうか」
まだ実感が湧かないようだが、自分のことを姫の「母」と呼ぶオリーヴ。良い。良いぞ。何しろ「父」は我だからな!
「『父』も行くぞ!」
我も立ち上がった。
姫はオリーヴと手をつないでいたが、我を見て嬉しそうに笑い、もう片方の手を伸ばしてきた。愛の結晶の手を、軽く握ってやる。
我とオリーヴの間に、手をつないだ姫がいる。このくらいの距離が、今の夫婦の距離だ。少々顔を寄せれば、口づけることもできる距離。口づけたら、オリーヴはどんな顔をするだろう?
必ず近いうちに(できれば明日までに)、あと一歩のこの距離を埋めてみせる。誓いを新たにオリーヴを見つめると、彼女は目を反らしてしまった。ふふ、恥じらってばかりだな。
我は機嫌良く姫の手を引くと、庭に向かって歩き出した。
オリーヴの横顔を見ながら、思い描く。
明日あたり、夕食の後で、オリーヴを食堂のバルコニーに誘おう。オリーヴを腕に抱き、我は夜空へと飛び立つ。
意識のある時に空を飛ぶのは、オリーヴは初めてだ。最初は驚き怯えるだろうが、我の首にしっかりしがみついていれば、そのうち落ち着くだろう。そして、イドラーバで一番大きな町の灯りに目を見張り、夜空の溢れんばかりの星に目を見張り……そうだ、城にも盛大に篝火を焚かせよう。彼女は感嘆の声を上げるだろう。
我は、オリーヴの耳に口を寄せ、ささやく。
「お前は、この景色より美しい」
と。
オリーヴは恥じらうかもしれないが、我の腕から逃げ出すわけにもいかない。我がささやき続ける愛の言葉を聞くうちに、いつしか身体の力を抜き……
そして、我はオリーヴを、我の寝室に連れ帰る。
計画は完璧だ!
「バルジオーザ」
声がして、「ななな何だっ」と答えると、オリーヴがいぶかしげな顔で言う。
「なんか、翼が出てるけど」
しまった、明日の夜のことを予習していたら、うっかり翼も出してしまった。我は急いで黒い翼をしまう。
その様子を見ていたオリーヴが、言った。
「……前から思ってたんだけど、あの……」
ん? オリーヴはわずかに頬を染め、視線を逸らす。
「いいな、って……あたしも一度くらい、飛べたらなって」
「ゆっ」
あわててしゃべり出そうとして舌を噛みながら、我は言った。
「夕食の後で、どうだ! 我が、夜空の散歩に連れて行ってやる!」
「……うん」
オリーヴは微笑み、うなずいた。
「じゃあ、夕食の後、姫が寝たら……どこで、待ち合わせる?」
我とオリーヴの距離がすっかりなくなる時は、すぐそこだ。
【魔王と花嫁のディスタンス 完】
これにて本編終了です。お付き合い頂き、ありがとうございました。
ラブコメのつもりで書いてきましたが、いかがだったでしょうか。
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大変嬉しいです。
(無記名OK・お返事は活動報告にて・コメントは冒頭以外非公表です)
今後、不定期になりますが後日談を予定しています。
もう少し、バルジオーザに良い目を見せてあげたいですから!
そして「姫×ぎうふ」はあるのか……?(笑)




