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14 side バルジオーザ 【同じ想いを返された時】

 身体を、寝台の柔らかな感触が受け止めている。

 どうにか、城の、我の寝室に帰りつけたようだ。


 戦いは熾烈を極めた。竜人族はその数を減らしてはいたものの、我の相手として出てきた竜人の強靱な肉体は、古代から言い伝えられる通りのものだった。

 我が力を用いて投げつけた岩は弾き飛ばされ、翼に力を込めて飛ばした風は散らされた。しかし、身体に力をまとって直接ぶつかっていったのは効いたようだ。こちらにもダメージはあるものの。

 あちらの膝を一度だけつかせることには成功したが、我もまた、もう戦えないところまで追い込まれていた。認められたのか、それ以上痛めつけられることなく戦いは終わったが、イドラーバまで帰り着くのに必死で……


 ふっ、と、目を開く。


 愛してやまない、深い緑の瞳が、我を見つめていた。

 これは、夢だろうか。


「バルジオーザ」


 名を、呼ばれた。

 愛らしい声が、我の名を呼んだのだ。


「オリーヴ」

 我も、彼女の名を呼ぶ。オリーヴの口元が、ほっとしたように少し緩んだ。

「……大丈夫なの?」

「無論、だ。心配、したのか」

「あなたが死んだら、皆が悲し……ええと……あたしのこと好きな人が死んだら、やっぱり気になるじゃない」

 オリーヴは口ごもる。我は小さくうなずいて見せた。

「そうか。お前に愛を向けると、我はお前にとって、特別になるのか」


 オリーヴは、代わりのいる王ではなく、我を……オリーヴを愛する『バルジオーザ』を見ている。


「それでは、これからもずっと、お前を愛し続けよう」

 ささやくように言うと、オリーヴは微笑んだ。

「ずっと、なんて、簡単に言うのね。数百年も生きるのに? あたしがあなたを好きにならなくても、ずうっと?」

 我はためらいなく、答えた。

「ずっとだ」


 少し、間があった。

「バルジオーザ……」

 オリーヴのつぶやく声。彼女の口からこぼれる我の名が、我を心地よく酔わせていく。痛みも薄れてきたようだ。


 やがて、額に柔らかい布が当たる感触がした。


 ……布?


 我は、ハッと目を見開いた。

 夢ではなかった。オリーヴが、何か布で我の顔を拭いている。

「……何を、している」

「血を拭き取ってるだけよ。別にいいでしょ、今はあなた、あたしに何もできなさそうだし」

 オリーヴの手が、優しく我の顔をなぞる。

 愛おしい気持ち。ますます、力が湧き上がってきた。その力が、身体のあちこちを急速に癒し始める。


 完全に回復する前に、我は無理矢理、片腕を上げた。オリーヴの手を止める。

「い、いかん。離れろ。我がお前を抱いたら、お前は我に惚れてしまう!」

「はい?」

 オリーヴはちょっと赤くなりつつ、苦笑した。

「よほどご自分のアレに自信がおありみたいね」


 じょ、冗談ではないのだ。


 オリーヴは知らないだろうが、イドラーバの民の性的な行為には、弱い媚薬のような働きがある。一度や二度交わったくらいでは何ともないが、例えば短期間に我が何度もオリーヴを抱くようなことがあれば、オリーヴはその効果で我の虜になってしまうだろう。

「愛し合う」こととは、イドラーバの民にとっては肉体のつながりから始まるものだ。そして、「愛し合」えば、子どもが生まれる。エドラのような混血も、そのようにして生まれてきた。逆にいえば、特定の相手と何度も交わることがあまりないため、子が生まれることも少なくイドラーバの人口は増えなかったのだが。


 我は説得を試みる。

「オリーヴ、もう戻れ」


 オリーヴは、瞳を揺らした。

「怪我したあなたのお世話も、ダメなの……?」


 その瞳が、我の心にある予感を生み出した。


 まさか。


 まさか、肉体の交わりがなくとも。


 我とオリーヴは…… 


「距離を詰めるの、バルジオーザは嫌なのね」

 オリーヴはささやきながら、布で我の首筋を拭く。

「なるべく、離れていることにする。でも、怪我してる今だけ、いいでしょ? あたし、バルジオーザのお妃らしいから」


 我とオリーヴの視線が、絡み合った。

 ああ、あの視線だ。瞳が何かを語りかけてくるような、あの。

 おそらく、我も今、同じ視線でオリーヴを見つめている……


 その瞬間。


 我とオリーヴの間に、小さな光の点が生まれた。

 オリーヴが不思議そうな表情になる。

 その光は瞬く間に大きく膨れ上がり、一抱えもの大きさになったところで一度収縮し──


 ──そして、飛散した。


「きゃあ!?」

 両腕で顔をかばいながら、オリーヴが尻餅をついた。

「オリーヴ!」

 我は転がり落ちるように寝台から降り、オリーヴを助け起こした。彼女はおそるおそる腕を下ろし、目を細めたまま辺りを見回す。

「今の、何……」

 そして、我とオリーヴは、寄り添ったまま同時に……「それ」を見た。


 目の前に、幼い子どもが立っていた。


 黒髪はくるくると巻きながら顔を縁取り、瞳は赤。ごく小さな二本の角を生やしている。オリーヴによく似た、女の子だ。

 子どもはにっこりと笑い、ふくふくした手をこちらにのばして、よちよちと歩きながら言った。


「とーたま、かーたま」


「……え?」

 我の腕の中で、オリーヴが身じろぎする。

「今、何て?」

 子どもは立ち止まり、不思議そうにこちらを見ている。


「お、オリーヴ」

 我は呆然として、オリーヴを見つめた。

「我を、『愛した』のか?」

「はぁ!?」

 オリーヴは否定の声音でそう言ったが、我はすぐに続けた。

「互いを愛する気持ちが限りなく近いものになったとき、イドラーバの民には子が生まれるのだっ」


 目を見開くオリーヴ。

「そんなっ!? 身体の交わりじゃ、ないのっ!?」

「イドラーバの民は、何度も身体を交わらせることで相手を必ず『魅了』し、心を近づけることで子を成す。肉体が先に、心が後から結びつくのだ。しかし、ごくまれに心だけで結びつくことがあるという。そうか、その場合、身体の交わりは食事と同じで生殖に必須ではなく、単に楽しめば良いということになるな……!」

「何その説明、やらしいっ……あっ、それであたしにちょっと冷たいっていうか、威圧的だったの!? あたしがあなたを好きにならないように!? 眠ってるときは、心は結びつかないから近づいたんだ!」

「そうだ。しかしこうして、我らの心は結ばれた!」

「ちょ、魔王、落ち着いてっ!」

「これが落ち着いていられるか! 初めて、同じ想いを返されたのだぞ!」

 我がオリーヴの肩をつかむと、彼女は我の胸に両手を突っ張って距離を取ろうとした。

「ちが、そんなわけないでしょ!? 一瞬、一瞬だけちょっと、(いたわ)りたい気分になっただけで……そんな、うそ……!」

「嘘ではない。見よ、我とオリーヴの子だ、この子が証明している」

 我が子どもの方を向く。子どもはきょとんとした様子で、我とオリーヴを交互に見上げていた。


 オリーヴはギョッとした様子で、素早く我の腕を抜け出すと、子どもと我の間に立ちふさがった。 

「こ、殺さないで! こんな小さい子を、ダメっ」

「何を言う、殺すものか!」

 我が間髪を入れずに答えると、オリーヴは呆然とした。

「えぇ?」

「愛するオリーヴとの子……こんな気持ちになるとわかっていれば、ためらうことなくオリーヴに優しくしたものをっ。我がこやつを殺すわけがなかろうっ!」

「え、ええと? だって、イドラーバを滅ぼす……子……」

 戸惑う彼女に、我は余裕を持って語りかける。

「あの予言はいつのことかわからぬ。数百年先のことかも知れぬ。それまで『家族』で過ごす時間を、自らの手で潰す気はないぞ!」


「そ、それでいい……の? あっ、ギルフさんっ」

 戸惑うオリーヴの視線をたどると、赤いカーテンの陰からギルフが目を丸くして顔を出していた。オリーヴはあわててしゃがみ込んで子どもを抱き寄せた。

「違うの、これはっ」

「何が違うのだ」

 我は鼻を鳴らし、ギルフをにらんだ。

「覗きか、いい趣味だな」


「いえ……急に、バルジオーザ様の力がもう一段階変わったので、様子を見に」

 ギルフは耳をぴんと立て、不思議そうに我を見ている。

「先ほどまでは、いつの間にか力を吸収させていただいているような感じだったのですが……今は、まるで太陽の光が降ってくるように感じます。一体何が」

「何も問題はない。後でゆっくり説明してやる」

 我は機嫌良く、ギルフを払いのける仕草をした。予言の子どもが生まれたために、我の配下であるギルフが子どもを殺すのではないかと、オリーヴが先ほどから警戒しているのがわかるからだ。

「そうですか……まあ、好きにやってください。このような力がいただけるなら、文句はありませんので」

 ギルフは肩をすくめてそう言い、カーテンの向こうへ引っ込んだ。


「さてオリーヴ!」

 我はオリーヴに向き直り、サッと両腕を広げる。怪我? そんなものあったか? 我は絶好調だ。

「もう、子が産まれる産まれないは関係なく、我はお前に近づけるな! 嬉しくてたまらぬ!」

 サッ、とオリーヴの左手を取ると、彼女がビクッと身体を固くした。

「待っ」

「眠っている時にしか近づかなかったが、本当は近くで、起きているときに、お前の瞳を見たかった。……綺麗だ」

 ぐっ、と顔を近づけると、オリーヴの左手が我の顎を押し返す。

「んがっ」

「いきなり触んないでっ! だいたい子どもの前で何する気!?」

「決まっているだろう、次は楽しく肉体を結びつけ──」

「誰がそんなことするって言ったよっ!?」


 オリーヴの右手が素早く動き、寝台の横の燭台をひっつかみ。

 横から重みのある衝撃が来て──


 ──気がつくと、朝の光が寝室に射し込んでいた。

 窓からは珍しく、雲のない青空が見えた。

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