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13 side バルジオーザ 【今までと違う視線】

 オリーヴが店をやるとなれば、場所はギルフに探させるとして……オリーヴを一人で自由に町に出すわけにはいかぬから、誰かに宣伝させねばならぬな。

 我は考えながら言う。

「『王妃の染み抜き屋』となれば、興味を持つ者も多いだろうな」


 オリーヴは焦った様子で言った。

「ちょ、待って待って!? 王妃が店をやる、っていう風に宣伝するつもり!?」

「もちろんだとも。こればかりはハッキリさせておく」

 我は言い切る。

「オリーヴ、ガーヌとは違うのだぞ。お前のように美しいひとり身の女が店を開けば、余計な男が寄ってくる。お前は我のもの、オリーヴは王妃だと、最初から知らしめておかねばならぬ!」


「あなたがあたしを大事に扱ってくれてるのはわかってる、でも……あたし、王妃みたいな身分なんて」

 オリーヴは眉をひそめ、首を横に振った。

 その言葉を聞いて、我は気づいた。

 オリーヴが考えている『王妃』と、我の考えている『王妃』とは、少々違っているらしい……ということに。


「政略結婚、という言葉を知っているか?」

 我が言うと、オリーヴはひるんだように我を見つめた。

「え……な、何となくは。国の思惑の絡んだ結婚のことよね」

「うむ。そしてその形の結婚では、敵国の女を娶るのは珍しいことではない。人質としての役割を果たすし、故郷に情報を流すなどの有利をもたらすこともあるからな。……我がお前を急に連れ去ったために、フォッティニアではお前がひどい目に遭っていると思っている者もいるだろう」

 戦場で(まみ)えた金髪の軍人を思い出しながら、我は続ける。

「しかし、政略結婚によりフォッティニアのオリーヴがイドラーバの王妃になった……となれば、どうだ。フォッティニアの人々は、いつか子を生むかもしれないお前を生け贄として差し出したような気分になり、お前に大きな負担がかかっていることを申し訳なく思う分、お前に幸せになって欲しいと願うのではないか? 少々贅沢したところで、むしろフォッティニアの者どもの罪悪感を薄める結果になる」


 オリーヴは黙っているが、戸惑っている風だ。辛そうではない。


 今までは正直、フォッティニアの奴らがどう思っていようが関係なかった。しかし、我は変わった。オリーヴの心が安らぐなら、フォッティニアの奴らの心情すらおもんばかってやろう。

「お前は、自分が楽に暮らせるよう、好きにやって良いのだ。それだけの役目を、お前は果たしている」

 そう言って、我はもう一度繰り返した。

「お前は、我が妃だ」

 

 こんな説得でオリーヴが納得するかどうかは分からぬ。が、せめて、この城で暮らすことを辛いと思わなくなり、逃げ出そうとしなくなると良いのだが。


 そう思いながら、オリーヴを見つめる。


 すると、オリーヴの視線が泳ぎ、瞳がふと潤んだ。

「や……やだな、こんなのおかしい」

 オリーヴは手のひらで口元を隠しながら言う。頬が薄紅色に染まっていた。

「ずっと、嫌だったのに。逃げようとしてたのに。好きだって言われて、ここで暮らしてもいいんだって言われて、だんだん……でも、王妃っていうのが、どうしても気になってて……それも、今」

 ぎゅっ、とオリーヴが目を閉じると、美しい涙がぽろぽろとこぼれ落ちるのと同時に、言葉もこぼれ落ちた。

「このままでいいのが、嬉しいなんて……」

 そして、おずおずともう一度我を見つめる、深い緑の瞳。


 オリーヴ!


 手を伸ばした。

 肩をつかむと、オリーヴが一瞬身体をすくませて、目を見開いた。小さく開く、花びらのような唇。


「……っ、お前は我が子に父親を殺させたくないのだろうっ! あまり我を誘惑しすぎぬよう気をつけることだな!!」

 我はパッと手を離すと、踵を返した。

「しばらく留守にする、店のことは考えておけっ」

「こ、今度はどこに行くの」

 オリーヴの戸惑った声が追いかけてくる。我はそれには答えず、中庭から草原部屋を抜けて廊下に出た。翼を広げ、窓から外へ飛び立つ。

 

 何だ?

 さっき、オリーヴが我を見つめた視線。今までと違うような気がした。

 あんな目で見つめられて、正気でいられる者などいるだろうかっ!? いや、我は正気でいなくてはならないのだ。子ができれば、我にとってもオリーヴにとっても良いことにはならないのだから!

 しかし、次にまたあの目で見つめられたら、もう……!


「陛下?」

 見回りから戻ったらしいギルフが、声をかけてきた。

「どうかなさいましたか」

「黒枯の森に行ってくる」

 我は早口に答えた。

「本当ならフォッティニアで発散したいところだが、あそこで戦うとオリーヴが泣く。フォッティニア以外で、我が戦える場所は森しかない」

「しかし」

 黒い犬頭の彼が目を見開き、耳を伏せ、珍しく驚きと恐れの感情を表す。

「あそこは、われら程度の者ではお供できません。お一人で行かれるつもりですか」

「無論だ。一度くらい、我が力を試したいと思っていた」

 胸の奥の衝動を抑え込みながら、我は笑って見せる。

「オリーヴは別棟から出られぬようにして行く。留守を頼んだ」

 そして、ぐん、と翼をはためかせた。身体が上昇し、加速していく。


 黒枯の森は、我らイドラーバの民の故郷だ。始祖の一族が、今も住まう地。

 イドラーバの民の祖先は、その一族とかつて袂を分かった。


 その末梢の我があの場所に戻れば、一族は遠慮なく我を追い返そうと立ち向かって来る。当然、戦いになるだろう。そして、血の濃い王族である我でも、その攻撃に耐えられるかどうか。

 始祖の一族が満足できるような強さを見せることができなければ、恥と思われ、叩きのめされて死ぬかもしれぬ。しかし、今の我にはその厳しさが必要だった。


 オリーヴにあの瞳で見つめられて浮かれれば、彼女をも不幸にする。我は、そんな王であってはならぬのだ。

 これも、王の試練だ!

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