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12 side バルジオーザ 【今のままで良いのだ】

 我はうっとりと、グラスを傾けながら、窓の外を眺めていた。珍しく雲が切れ、月が煌々と夜空を照らしている。


『お願い。側にいて。フォッティニアにはいかないで』


 オリーヴの「おねだり」を、もう何度心の中で反芻しただろうか。

 彼女の言葉、声の響きは、酒などよりよほど美味だ。耳から頭の中に沁み通り、我を酔わせる。


 そうか、フォッティニアには行かないで欲しいのか。

 言われてみれば、オリーヴにとって故郷の人間が戦いで死ぬのは嫌なのかもしれないな。イドラーバの民は嬉々として戦いに参加するから、フォッティニアも同じかと思っていた。

 

 それにしても、まさかオリーヴが予言のことを知ってしまうとは。

 誰の子でもいいから産もうと、手当たり次第男を誘惑するのではないかと思い、オリーヴには予言の内容を秘密にしていた。しかも、我がオリーヴを好……好いていると、告白してしまったとなると、我を誘惑するのが一番早い。

 しかし、どうやら彼女は、我が子に父親を殺させるということに抵抗があるらしい。ところがその一方で、我を誘惑するという。フォッティニアに行かせないために。オリーヴも、ずいぶん複雑な心境のようだ。

 そして、そう……「あなたのためよ」という言葉を口にした。オリーヴが我を誘惑し、それに耐えられるか、オリーヴを好きになどならない方が我のためだ……と。

  

「あなたのため」……か。

 イドラーバの民は、我が欲望を満たすことを望み、我に尽くす。我が生み出す力を得たいがために。

 我が死ねば、次の王に尽くして、その王の力を受け取るだろう。

 しかし、オリーヴにはそういった損得がない。それなのに、我のために、と言ったのだ。

 もしかしたら、他に何か思惑があってそう言ったのかもしれない。しかし、こんなことは初めてで、嬉しさのあまり機嫌良くオリーヴに接していたら怒らせてしまった。

 

 我が一方的に惚れて勝手に連れてきた、わが妻、わが王妃。

 今のままでも、十分満足している。が、もし、我が惚れた相手が、我にも愛情を返すということがあり得るなら。

 もし、オリーヴの唇が、我に愛を告げたなら……それは、いったいどんな心持ちがするのだろう。


 そして、そうさせる方法が、一つだけある。


 ゴン! と、我はテーブルに頭を打ち付けた。

 いやいやいやいや、いかんいかんいかん!

 なぜなら、そうなった時には(・・・・・・・・)我とオリーヴの間には(・・・・・・・・・・)子が産まれて(・・・・・・)いるだろう(・・・・・)。その子に我が殺されれば、オリーヴが苦しむのだ。


 だがしかしっ。

「あなたのため」のその一言だけでもこんなに酔わせるのだ、「愛している」などと言われたらどんなにかっ!

 また角から力が飛び出し、何かが割れた音がしたが、どうでもいい。誰かが勝手に片づけるだろう。


 落ち着け。今のまま、今のままで良いのだ、我は。オリーヴは自分を殺せなどと言っていたが、とんでもない。

 しかし、オリーヴの方は今の状態が少し辛そうで、それが問題なのだ。どうにか彼女の心が落ち着くように、策を考えねば。


 その時、ノックの音がした。気配でギルフだとわかる。

「失礼します、バルジオーザ様。落雷による崖崩れで塞がったパトゥルビ村の道、開通させてきました」

「ご苦労」

「額からダラダラ血が出てますよ。……それに、ずいぶんと、こう……」

 何やら顎を撫でているギルフに、我は額の傷を癒しながら尋ねる。

「何だ」

「バルジオーザ様から放たれている力の、質が、変わりましたね」

 黒い犬頭が、耳を軽く動かした。

「何か問題か」

「いいえ、何も。惚れた女性を側に置いて、満ち足りてるってことで、結構なことです。我々も満ちあふれるほどの力をいただけるので、何も問題ありません」

 ギルフは軽く頭を下げ、部屋を出て行った。


 我も、ふと、頬や顎の辺りに手をやる。そしてつぶやいた。

「力の質が、変わった? ……そうか? まあ、これまで戦いだけで満足して生み出していた力とは、多少違うのかもしれんな」



 翌日も、オリーヴは変わらず、中庭で洗濯をしていた。

 別棟のあれこれがオリーヴの手によって洗われ、オリーヴの香りになっている。その中で生活することは、なかなかに心地よい。


 ふっ、と、深い緑の瞳がこちらを向く。

「……おはよう」

 たらいの前で立ち上がったオリーヴが、扉の陰から覗く我を見た。そして苦笑する。

「あたしのこと好きなら、何でそんなに離れてるの? フォッティニア人の匂いが嫌い、とかじゃないなら、普通にしていればいいのに。まさか、近づいただけで妊娠するなんて思ってるんじゃないよね。それともあなた、そんな力でもあるの?」

 そして、首を傾げる。

「あれ、でも違うか。絶対に近づかない、って訳でもないのよね。だって、あたしをガーヌからさらったときは、眠らされて、あなたに運ばれたし……。死にそうになったときも、えっと……」

 死にそうなオリーヴを抱きしめたことを、覚えているのか。

「お前に悟られないように、お前を愛でたのだ……少しだけ」

 つい息を荒らげると、オリーヴは両腕で自分の身体を抱くようにして、眉をしかめた。

「変態」

「ち、違う、抱きしめただけだっ。そういうアレではないっ」 

「起きてる時に正々堂々と来れば!?」

「欲望のままに動けば、子ができるっ」

 答えると、「ああ」とオリーヴはうなずく。

「欲望のままに生きる民だもんね。我慢できずに手を出しちゃうってことか」


 我が「好きだ」と告げたせいか、それとも予言が判明して疑問が解けたせいか、オリーヴの雰囲気が昨日までとは違う。今まで口にしなかったようなことも、ぽんぽんと話しているように見える。ガーヌの町にいたころのオリーヴも、きっとこんな風だったのだろう。

 実に、愛らしい……


 ふと、我は鼻をうごめかせた。

「……今日は、あの匂いがせぬな」

「匂い?」

「お前が洗濯したものは、変わった草の匂いがする。しかし今日は、その匂いがしない」

「ああ……」

 オリーヴは作業台の上に視線を落とし、軽くため息をついた。

「ガーヌから持ってきたハーブとか、汚れ落としの土が、もうなくなっちゃって」

「…………そうか」

 我はそれだけ言い、作業を再開したオリーヴを眺めていた。今日は灰を使って洗濯しているようだ。


 しばらくして、我は言った。

「少し、出かけてくる」

 オリーヴが顔を上げる。我はすぐにオリーヴに指をつきつけ、続けた。

「言っておくが今度は、我がいない間はこの別棟を出ることはできぬようにしておくからな!」

「あ、そう」

 オリーヴは諦め顔だ。さすがに前回のようにうまくはいかないと思っているのだろう。


 我は扉を閉めようとして──

 ──ふと思い直して、もう一度、扉の陰からオリーヴを見た。

「……行ってくるからな!」

 オリーヴは目を丸くして、「ええ」と言った。我はもう一度言う。

「では行くぞ!」

「……行ってらっしゃい」

 いぶかしげに目を細めながらも、オリーヴはそう言った。


 うむっ! それが聞きたかったのだ! 妻が夫を送る言葉がな!


「すぐ戻る!」

 我は扉を閉めると廊下に飛び出し、翼を広げて窓から飛び立った。

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