11 side オリーヴ 【もどかしい気持ち】
ここんとこ、足音、うるさい。
あたしは朝食を食べながら、ため息をついた。
約束通り、魔王はあたしのいる別棟の、上の階で暮らし始めた。でも何だか落ち着かないヤツで、前よりしょっちゅう気配を感じる。あたしをさらって来る前から、こんなに落ち着かない性格だったんだろうか。
でも、一緒に暮らしたいと言い出したのはあたしだ。
だって、離れて暮らしてたら、状況はなかなか変わらない。そのまま二百年なんてまっぴら!
近くにいれば、魔王はもっとあたしを好きになるかもしれないし、その一方で早くあたしに飽きるかもしれない。事態が変わるのが早くなるんじゃないかと、あたしは思ったのだ。
食事を終え、洗濯するものを探すために廊下に出た。
今、下の階へと通じる階段はなくなっていて、窓の外にも庭は見えない。魔王が空間を操っているからだけど、本人が城にいないとこの魔法(?)が消えてしまうってわけじゃなくて、この間は魔王が空間をしっかりつないでおかなかったために、時間が経って元に戻ってしまった……という感じらしい。
──寝込んでいたときのことを、思い出す。
お見舞いにきたエドラさんは、
「王様、あわてて出かけて、お城をちゃんとしておくの忘れたネ。しばらくしたら元に戻っちゃったのヨ。おかげで、オリーヴ様、危ない目に遭った! うかつ!!」
って言って怒ってた。
寝台にいたあたしは天井を見つめながら、
「迂闊でいてくれた方が、ありがたいわ。また逃げる機会もできるかもしれない」
と言った。そして、彼女を見る。
「あたしは逃げたいの。エドラさんもクリーチィも、あたしに良くしてくれて嬉しいけど、逃がしてくれたら一番嬉しい。そういうわけにいかないの?」
魔王をあたしが惹きつけておけば、魔王はフォッティニアを攻撃しない。でも、魔王がフォッティニアに行かなければ、あたしが逃げる隙ができない。それじゃ困るのよ!
エドラさんは困り顔になった。
「王様の『好き』は、オリーヴ様。王様が好きなことをするのが、私たちは大事です」
そうだった。魔王が欲望を満たすことで、イドラーバの民はその力を受けて生きていくんだもんね。
「……魔王なんて、死んじゃえばいいのにっ」
逃げるのに失敗して荒れていたあたしは、乱暴に吐き捨てた。
「あたしに殺せるもんなら殺してやりたい。毒でも持ってれば良かった。ねえエドラさん、いくらなんでも、今の魔王が死んだらあたしを逃がしてくれるでしょ!?」
感情の高ぶるままにそう言うと、エドラさんはあっけらかんと答えた。
「今の王様が死んだら、次の王様が好きなことを、エドラたちはお手伝いするだけネ」
「……今の魔王が死んだら、って話をしてるのよ? そういうのって、イドラーバの民は怒らないの? 不敬罪だ、とか」
話すのに少し疲れてきたあたしは、投げやりに尋ねた。
すると、エドラさんは。
愕然とするような一言を放ったのだ。
「王様は、誰でもいいネ」
あたしは絶句した。
誰でも、いい?
「やりたいようにやる」が信条の、イドラーバの民。
王様が誰であれ、力をくれればそれでいい。自分が良ければ。そういうこと……?
「あ、でも」
何かエドラさんは言いかけたけど、疲れた様子のあたしを見て言葉を切り、
「またおしゃべりしましょネ! ゆっくりして! もうすぐ良くなる!」
と励ましてくれ、部屋を出ていった……
――回想から現実に戻ってきたあたしは、廊下の先の階段を眺めた。
上の階に、魔王がいる。
王様っていうのは、もっと大事にされてるものだと思ってた。でもよく考えたら、もし大事にされているならとっくに、家来の誰かがあたしを殺してるよね。王様を殺す子を産むかもしれない女なんて。その家来が予言を知っていれば、だけど。
誰でもいいと思われてることを、魔王も当たり前に考えているんだろうか。自分が王になる前も、ずっとそうだったから? それが「普通」だから?
「……何だか、寂しい存在だな。魔王って……」
あたしはつぶやきながら、憂鬱な気分で廊下を歩いていく。
すると、廊下の暖炉の側にあるテーブルに、お茶のカップが置いてあった。
……今まではこそこそとあたしを覗いてたくせに、同じ建物で暮らし始めたら、こんなところで堂々とお茶しながらあたしの様子を伺うようになったんだ。
魔王はまだ、こんな風にするほど、あたしを好きでいる。フォッティニアに行かずに、あたしを見ている。
わずかな不愉快と、してやったりという達成感。
そして、同時に、何かもどかしいような気持ちになるのは、どうしてなんだろう……
窓の外が暗くなり、ランプの灯りがゆらゆらと照らす廊下を、あたしはクリーチィに導かれて歩いた。四階に上がってすぐの部屋が、新たな食堂になったらしい。
部屋に入ると、魔王はテーブルの向こうで待っていた。前の食堂よりテーブルは長くないけど、まだまだ距離はある。
「今日はイドラーバの魚料理だ。我もたまには、お前の食事につきあってやろう。ククク」
そう言って偉そうに笑う魔王の前には、珍しくあたしと同じ料理の皿が並んでいる。
……気を遣ってる?
あたしは戸惑いながらも、黙って椅子に腰掛けた。
静かな食事が始まった。視線を上げると、必ず魔王と目が合う。あたしと共通の話題なんて、そんなにないだろうに……どうしてそんなに見つめるの? あたしの外見が好きだから?
外見と言えば、落ち着いて見ると、魔王はカッコイイと言えなくもない。それに、四百年生きていてこの若さ……どうなってるんだろう。自分で見た目を決められるとか?
それにしても魔王……食べ方がちょっと汚いなぁ……あっ、魚の身、落とした。ていうか、あたしばっかり見てないで皿を見なさいよ。
魔王の方は機嫌よく、口の端をゆがめるようにして笑った。
「体調もすっかり良くなったようだな。そろそろ結婚式でもやるか? フフ……」
今のあたしには、その笑いがわざとらしく見える。脅しつけてるつもりなのかもしれないけど、予言を知り、魔王があたしを好きなんじゃないかと気づいたから、もうそんなの通用しない。
あたしは口の中のものを飲み込んでから、言った。
「そうね、って、言ったら?」
しゃきーん、と、魔王の背筋が伸びた。
ぷっ、と、思わず吹き出してしまったあたしは、あわてて咳払いをする。
いけない、つい、可愛い……なんて思っちゃった。だって、外見はあたしよりかなり年下だし……まるで、初恋に戸惑ってるみたいなんだもん。
……って、本当に、初恋だったりして……。え、まさか。
あたしなんかを相手に、まさか、ね。
「オリーヴ」
魔王が、あたしの名を、呼んだ。
そしてあたしをじっと見つめ、何か言おうと口を開きかけた。あたしは食べかけの皿をそのままに、即座に立ち上がる。
「ごめんなさい、こんな冗談は嫌いよね! もう部屋に戻ります」
身を翻すと、クリーチィがあわててついてきた。
あたしの方が戸惑ってどうするの。でも……
王様なんか誰でもいい、と思ってる、イドラーバの民。魔王の方だって、女は誰でもいいはずなのに──あたしを、選んだ。
それってもしかして、かなり特別なこと、なの……?




