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1 side・バルジオーザ 【さらってきた娘】

 フォッティニア王国には、予言者とやらがいる。

 予言者はフォッティニア人の中から神に選ばれ、代々跡を継いでいく。そして神座山と呼ばれる山の奥深くに住まい、まれに神がその身体に乗り移って予言をする。

 その予言は、一度も外れたことがなかった。


 山はイドラーバとの国境近くにあり、予言が降りるその時には天から山に光の筋が降ってくる。そして、予言者の声が周辺に殷々(いんいん)と響きわたるのだ。

 そのため、(われ)はイドラーバ城の玉座にいながらにして聞くともなしに、毎回そのフォッティニア語の予言を耳にしていた。

 今までの予言は、そちらの国の玉座に女王が就くだの、国境付近で地震が起きるだの、大部分は我には何の関係もない内容だったのだが──


 その日の予言は違った。


『フォッティニア王国ガーヌの町に住む乙女、名をオリーヴ。彼女は──』


 その先に『イドラーバ』の名が出てきて、我はぴくりと目を開いた。

 神の言葉はもう一度、繰り返された。改めて最初から最後まで聞き、我は思わず笑いを漏らした。


 ほう、こんな予言を我の耳にも届かせてしまうとは、神とは残酷なものだ。

 我がオリーヴという名の乙女を殺してしまえば、この予言は成就しないものを。


 いや……それとも、イドラーバの王たる我が何をしようとも、フォッティニアの神の予言は必ず成就するのか?


「面白い。試してみるか。我が乙女を殺しに行ったとき、何が起こるのか」

 予言を聞いた人間どもは、乙女を守ろうとするだろう。そいつらと少々遊んでやってもいい。


 我は一人、人間どもが乙女の住むガーヌにたどり着く頃を見計らって、黒い翼を広げガーヌへと飛んだ──


 ――玉座で足を組み、自分の膝に肘をついて、我はその時のことを回想する。

 いくつかの燭台が、玉座の周りをぼんやりと照らしているが、部屋のほとんどは闇に沈んでいた。窓の外の空はいつものように雲が重く垂れ込め、赤黒い光が地表に届いている。時折、稲光。


 そう、あれはまるで、稲光のようだった。

 彼女を初めて見たとき、心に射し込んだその感情は。


「くっ……美しいっ」

 我は片手で額を抑え、うめく。

「人間の基準で言っても、美しい部類だろう、オリーヴは! なんであんな娘が、清らかなまま独り身で暮らしているのだ……!」


 我をまっすぐ見た、深い緑の瞳。薄紅色の頬に、黒髪の一筋がはらりと落ちていた。柔らかそうな唇をうっすらと開いたが、怯えて声が出ないようだった。細くもなく太くもない女性らしいその身体が、小さく震え……

 気がつけば、手を伸ばし、髪をまとめていた(かんざし)を抜いていた。さらりと流れ落ちる黒──


「魔族だ!」

 そこへ、うっとうしい人間の男の声。


 戦って遊んでやるつもりで来たが、すっかりその気も失せていた。今は、オリーヴしか見えない。彼女がいればそれでいい。

 我はそのまま、マントでオリーヴの身体を包み込みながら彼女を眠らせると、背中の翼を大きく広げ、飛んだ。

 腕の中に、彼女の体温と匂いを感じながら。


 イドラーバの居城に、オリーヴを連れて帰る。

 城の玄関前に降りると、配下たちが数人出てきて頭を下げた。人間に近い姿で言葉を話す者もいれば、動物に近い姿で話せない者もいるが、我の力をもってすれば意志を通じ合わせるのは造作もなかった。

 我は配下に使える部屋を尋ねると、自ら彼女を連れて行った。視線で燭台に灯りを点し、寝台にそっと横たえる。


 フォッティニア人の彼女に、イドラーバの空気は少々「合わない」。そこで部屋の中にだけ、フォッティニアの空気を満たす。ついでに部屋の中の景色も、フォッティニアのそれにしてやった。家とか町並みとか、細かいところはわからないため(興味もない)、適当に緑の草原と青空だ。


 眠るオリーヴを見つめながら、寝台に腰掛ける。顔を近づけてよくよく見ると、ほんの少しだけ頬にそばかすが散っている。長いまつげがけぶり、吸いつきたくなるようなぽってりした下唇がわずかに震えた。そろそろ、目覚めるのかもしれない。

 我は急いで、部屋を出た。あまり彼女の近くにいると、「あの予言」が成就しやすくなる。


 廊下に出てから、もう一度、部屋の中に頭だけ突き出した。


 ……黒髪の頭が、ゆっくりと寝台から持ち上がっていた。


 我は嬉しさのあまり、とっさに話しかけた。

「目が覚めたか?」


 オリーヴの目が、我を見る。我だけを。

 目眩がしそうになりながら、我は「ようこそ、我が城へ」と声をかける。


 ハッ! つい歓迎してしまった、少し脅しておかねばならないのに。そうすれば、万一にも彼女の方から私に近づくことなどないだろうから。


「もうお前は逃げられんぞ」

 急いで低く脅すように言うと、身体を強ばらせるオリーヴ。

 ああ、今すぐ駆け寄って、「だがしかし殺さないから安心しろ!」と言いながら抱きしめたい。しかし、近寄ってはまずいのだ。

 扉のこちら側で踏みとどまりながら、我は舐めるように彼女を見つめた。あのいかにもフォッティニア人の町娘な服装はいただけない、イドラーバの服を着せたい、絶対似合う! と思いながら口を開く。オリーヴが我の花嫁であることを、告げておかなくては。


「我はイドラーバの王バルジオーザ。お前は我の花嫁として、ここで暮らすのだ」


 彼女はただ、目を見開いている。

 あまりのことで理解できなかったか? と、思っていると──


 彼女が、その花のような唇を開いた。

「……あの、なんで、そんな遠くにいるの?」


 初めて聞く、オリーヴの声。

 なんと愛らしいのだ!

 あの声で我の名を呼ばれた日には、どうなってしまうのか!?


 頭に血が昇る。

 我は早口で「殺されたくなければおとなしくしていろ」というようなことを言って、すぐに部屋の扉を閉めた。


 廊下の窓を開け放ち、外へ飛び出す。隠していた黒い翼を一気に広げ、大きくはためかせると、我は城の中央にある塔の天辺へ向かった。バルコニーに降り立ち、急ぎ足で玉座の間に入る。薄汚れた赤い絨毯の上をつかつかと歩き、黒いマントを翻しながら壇上へ上がって、玉座に腰を下ろしながらため息をついた。


 あのまま彼女と会話していたら、我慢できずに近づいてしまいそうだ。我は距離を置かなくては。とすると、彼女の世話をする者が必要だろう。一人にしておくわけには……


 そこで、ハッとした。

 たった一人部屋に残されたオリーヴは、どうしているだろう? まさか、絶望のあまり自ら死を選んだりはしているまいな?


 座ったばかりなのにもう立ち上がり、我はまたもや外に飛び出すと、オリーヴの部屋のある階に窓から入った。急いで廊下の角を曲がると、オリーヴの部屋の扉が目に入る。


 その扉が、ゆっくりと開いた。


 我は瞬間的に踵を返すと、柱の陰に逃げ込んだ。そして、暗がりからそっと顔を半分出す。


 オリーヴが、廊下に出てきた。

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