表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/31

10 side オリーヴ 【ひとりぼっちの町娘】

 目が、覚めて。

 あたしが最初にしたことは、重い腕を上げて自分の頬に触れてみることだった。


 少し、肌が突っ張ったような感じになっている。

 ……涙が、乾いた跡。あたしの涙じゃない。


 魔王の、涙?


 あれは、現実だったの……?



 神座山の予言者が予言したのは、「オリーヴの産んだ子がフォッティニアの敵を滅ぼす」というものだった。

 図書室の予言録でそれを知ったあたしは、混乱しながらも外を目指した。門が閉まってたから他の出口を探していて、時間がかかりすぎて倒れ、死ぬとこだったんだけど。


 それにしても。

 道理で、魔王はあたしに手を出さないわけだ。うっかり子どもができたら、その子が『フォッティニアの敵』、つまり魔王たちを滅ぼすんだもん。

 でも、魔王でしょ? 女を好きにして、妊娠したら殺す、くらいしそうなもんだけど……そうしなかった。なぜ?

 予言を知ってすぐ、魔王はあたしを殺しにガーヌに向かったはずだ。でも、殺さずにあたしを連れ帰った。なぜ?


『我は、『この女だ』と思った。お前が良い、それだけだ』

 朦朧としながら聞いた、魔王の声。

 頬に感じた、涙。


 あれが、夢じゃないなら。ううん、夢じゃない方が、腑に落ちる。信じられないようなことだけど、「そうだったんだ」って、心が受け入れる。


 魔王は、あたしに、恋をしている……?



 数日が経った。

 寝台から起き上がれるようになったあたしは、自分の枕カバーを洗ってみた。数日ぶりに身体を綺麗にしたくて、浴場にも行った。うん、大丈夫、このくらいなら疲れない。体調はかなり戻ってる。

 そして、あたしはその日の夕食を、久しぶりに魔王と一緒にとることにした。


「死の淵から舞い戻ったか。これに懲りたら、もう二度と逃げ出そうなどと考えないことだな!」

 相変わらず、脅しつけるような物言いの割に、うんと遠くにいる魔王。

 何なの、まるで近づいたら妊娠するみたいに遠巻きにしちゃって。あたしを好き、なら、フォッティニア人だからってこんなに距離取らなくたって。

 そんなことを考えながらじっくり観察してみると、魔王は何だかソワソワしてるようにも見えた。長い指でグラスの足を摘んだまま、中の葡萄酒をずーっとぐるぐる回してる。……嬉しそう?


 不思議……魔王があたしを、気に入ってるどころか好きらしい、と思ったら恐怖が消えて、何だか気持ちに余裕ができたみたい。なぜ? 優位に立ったような気がするから……?


 そう、だって、魔王はあたしを好きでも、あたしは魔王なんか好きじゃないんだから。ちょっと、こう、あたしの方が「上」みたいに感じちゃってもおかしくはないでしょ? ただの囚人じゃないんだって。

 でも、調子に乗っちゃダメ。恋なんて、いつ冷めるかわからない。魔王があたしに飽きたら、今度は確実に殺されるだろう。あまり、魔王を刺激しない方がいい。

 でも、そう思う一方で、殺すなら殺せっていうあきらめの気持ちもあった。本当なら、魔王があたしを見つけたときに失っていた命だから。

 殺されると決まっていて、いたずらにその日が引き延ばされるのは、辛い。


「あの……質問しても、いい?」

 あたしは尋ねる。魔王は軽く顎を上げ、続きを促す。

「あたし、怖かった。イドラーバに身体が慣れたら、その時どうなっちゃうのかって。あたしにも、角が生えたり、するの?」

「ふん、なるほどな。我から離れようとしたのではなく、身体が変わってしまうのが怖くて、つい逃げようとしてしまったというわけか」

 魔王は微妙にズレた理解をしながらうなずき──違うから。あたしは身体が変わらなくたって逃げたいから──そして言った。

「角は、この世に生を受けたときに生えていなければ、もう生えぬ」


 良かった、と、あたしはホッとする。どうせ死ぬなら、フォッティニア人のまま死にたい。


 けれど、魔王はこう続けた。

「変わるのは、寿命だな」

「寿命……?」

「イドラーバの民は、総じて長生きだ。そして、かつてイドラーバに連れてこられたフォッティニア人が、二百歳まで生きたという記録がある。おそらくオリーヴも長く生きるだろう」


 かしゃん、と、あたしはスプーンを落としてしまった。魔王が軽く目を見開く。

「ど、どうした。気分でも悪いのか」


「にひゃく、ねん」

 あたしはつぶやいた。

「フォッティニアに、帰してもらえないのに……そんなに長く、イドラーバで生きなくちゃならないの? ひとりぼっちで?」

「な、何を言っている。お前は我の妻だ、どこがひとりぼっちなのだ」

「何言ってるの、はこっちの台詞よ、ひとりぼっちでしょうが! 近寄っても来ないくせにっ」


 やっぱり、ダメだった。

 魔王よりも優位に立っているという事実が、あたしのタガを外してしまった。思ったことをそのまま、口にしてしまう。

「あ、あたしはね、母さんやばあちゃんが守ってきた大事な店を受け継いだから、ガーヌで暮らし続けてたけど、本当は寂しかった。だって、ガーヌの人たちは、本当の意味ではあたしと仲良くなんかしてくれないから。ここでもひとりぼっち!? しかも、二百年も続くの!?」

 あたしを王妃として長くそばに置くために、あたしが身体をイドラーバに慣らすことに反対しなかった──そういうこと!?


「なぜお前は、ガーヌで除け者にされていたのだ。オリーヴはこんなに愛らしゴホッゴホッ」

 なにやら魔王は咳込んでいる。あたしは構わず話した。

「教えてあげるわ。あたしの母さんは、若い頃から美人で評判だった。軍人の子を身ごもらされて捨てられてから、男に懲りて、いくら誘われても応えなかったけど」


 でも、母さんが二十九、あたしが十二になった年。

 あいつが来たのだ。ガーヌ領主の、上の息子。


 親戚のところで何やら勉強をしていたというその息子は、自分の領地に戻ってくるなり、母さんに目を付けた。本気で、母さんを好きになったのだとは思う。でも、母さんの気持ちは一切無視で、強引だった。

 誰の種かもわからない子を生んだ母さんなど、未来の領主夫人にはふさわしくないと、領主夫妻は反対した。というか、そもそも母さんにその気がなかったし、領主夫妻もそれを知っていたから、諦めるように息子を諭した。

 両親とうまくいっていなかった息子は、ますます意固地になった。そしてある日の夜遅く、あたしたちの家に押し掛けてきてこう言ったのだ。

「家を捨てる。どこか遠くで俺と生きよう!」

 ばっかじゃないの、と、今は思う。なんて独りよがりな男だったんだろう。

 でも、当時のあたしはまだ十二で、目をギラギラさせて腰に剣も吊した男が怖かった。無理矢理母さんの手を引いて家から連れ出そうとした男に、「やめて!」と駆け寄った時、いきなり蹴りつけられて倒れて──恐怖で動けなくなってしまったのだ。

「オリーヴ! やめて、やめてよっ、一緒に行くから! オリーヴ、待ってなさい、母さんちゃんと帰ってくるから! 何日かかっても、絶対逃げて帰ってくるからね!」

 そういいながら男に引きずられていく母さんを、あたしは戸口にへたりこんだまま見ているしかなかった。


 結局、母さんは、帰ってこられなかった。

 馬鹿な男は、どこか遠くで母さんと暮らすために、たくさんのお金や金目の物を持ち出していた。貴族様は生活力がないんだろうから、そういうものが必要だったんだろう。

 金目の物を持った身なりのいい男が、女連れで、夜に人気のない道を行けばどうなるか。

 

 二日後、男と母さんが、町の外の森を貫く街道沿いで死んでいるのが見つかった。強盗に襲われたらしく、金目の物は全部奪われていたという。


 領主様は、息子がバカなことをしたと、あたしに謝った。ひとりぼっちになってしまったあたしに、家に住み続けて良い、困ったことがあったら助ける、と言った。

 でも、領主夫人は母さんを、息子の死の原因になった女だって恨んだ。母さんが息子をたぶらかしたんだと。

 そのまま夫人が寝込み、亡くなってしまってからは、領主様もあたしに声をかけることはなくなった。まるで、あたしがガーヌにいないかのように。


 そして。

『母さんちゃんと帰ってくるから!』

 最後の言葉を胸に抱きながら、あたしは母さんの大事な店で、染み抜き屋を再開したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ