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9 side バルジオーザ 【お前が良い、それだけだ】

 あちこちから、魔法の爆発による火の手が上がっている。

 気合いの声、馬のいななき、剣戟の音。


 そして、我の目の前にはフォッティニアの軍人が一人、長剣を両手で構えて立っていた。

「あの、娘は、生きているというのかっ」

 金髪の彼は、額から血を滴らせて言う。立っているのがやっとのようだ。

「どういうつもりだ、我々をおびき寄せる餌にでもするつもりか!」

 我は無造作に近づくと、剣を払いのけて軍人の襟首をつかみ、顔をぐっと近づけた。

「生きていたらどうだと言うのだ。お前たちは、オリーヴを助けに来るつもりなどないのだろう?」

「……っ……む、娘が生きている限り、子を産む可能性はっ……そうなれば、お前は滅ぼされる! 例えお前がオリーヴに生ませる子でもだ。予言は絶対だっ。それなのになぜ生かしておく!?」

 そう叫ぶ軍人は、顔を辛そうにゆがめている。


 ははぁ……どうやら一応、この男はオリーヴを心配しているらしい。オリーヴが生きながらにして、地獄のような目に遭わされているのではないかと……それで、いっそ殺してやれと。そういうことか。

 ふん、自分たちの非力で助けられないから殺せとは、勝手なものだ。


「あの予言は、お前たちにとっては何の意味もない。なぜなら、我が滅ぼされたところで、次の王が生まれるだけだからだ。予言など、解釈次第でどうとでも取れるものだ」

 我はあざ笑う。

「我にとっても、あまり意味はないな。我が命を惜しむとでも思ったか? まあ、今は楽しくて仕方がないから、命が惜しいといえば惜しいがな。ははは、残念だったなフォッティニアの民よ……オリーヴを我から保護し、ついでに誰でも良いからフォッティニア人の子を産ませて鍛え上げ、イドラーバに送り込むつもりだったのだろう?」

 我は金髪の男を放り出す。転がった男は、かろうじて半身を起こした。

「よ、予言は、単なる切り札だ……誰の種であれオリーヴが産んだとしても、大きくなるまで待つつもりはないっ。その子しかお前を滅ぼせる者はいない、という予言ではないのだからな。俺がお前を倒してみせる……!」

「威勢だけは良いな」

 我は爪を大きく伸ばし、とどめを刺そうと振りかぶり──


 ふと、あることに気づいてやめた。


 この男は、今回の予言についてフォッティニアが把握した後、オリーヴを迎えに行く役目に選ばれた男だ。おそらく、何も知らないオリーヴを誘惑し、オリーヴに子を産ませる役目を負った男。


 くくっ、戦いのたびにこうして遊んでやる。そして己の無力を痛感しながら、己のものになるはずだった娘がイドラーバの王妃として暮らすのを見ているが良いのだ!


「くくっ……せいぜい子が生まれるのを期待しつつ、我がオリーヴを可愛がりながら暮らすのを見ているが良い!」

 我が高笑いすると、男は唇を噛む。

 ……可愛がる、というのは、文字通りの意味だぞ? 痛めつけることを可愛がると言ったのではないぞ? まあ、面倒なので説明などはしないが。


「そろそろ飽いた。次までにはもう少し鍛えておけ」

 我はそう言い捨てると、翼を広げて飛び立った。すぐに配下がそれに気づき、我に続く。

 待て、と叫ぶ金髪男と、騒ぐフォッティニア人たちを尻目に、我は悠々と空を飛んでイドラーバに向かった。


 我が死にたくないとすれば、その理由はひとつだけ。我亡き後、オリーヴが他の男のものになるかもしれない──それが許せない、ということだけだ。

 誰にも渡したくないほど大事なものがあると、死ぬのが嫌になるとは、不思議なものだ……



 バルコニーから玉座の間に降り立つと、そこにはギルフがいた。

「バルジオーザ様。フォッティニアに行っておいでだったんですか?」

「そうだ。久々の戦いで、なかなか楽しかったぞ」

 我は笑う。ギルフは目を細めて呆れている様子だ。

「供を一人しかお連れにならなかったようで。バルジオーザ様がやられて亡くなったら、次に力が強いのは淫魔のズィビオン……うわ、私はああいう男、苦手だな。ズィビオン様、なんて呼びたくないですね」

「その時は諦めろ。さて、そろそろ夕食の時間か」

 我はいそいそと、食堂に向かおうとする。オリーヴとの食事には間に合うように戻ってきたのだ。オリーヴが寂しがるからな!


 すると、ギルフが後ろから話しかけてきた。

「王妃様は、今日はおいでになりませんよ」


「……何?」

 我はゆっくりと振り返る。

「貴様……なぜオリーヴは来ないのだ。そしてなぜ、お前がそんなことを知っている」


「王妃様は、庭園で倒れていたからです」

 淡々と、ギルフは告げる。


「別棟を抜け出し、外への門が閉まっていたので出口を探しているうちに、気分が悪くなったようです。クリーチィとエドラが懇願するので、仕方なく元の部屋に運んでやりましたが、虫の息でしたから……もう死んでるかもしれませんね。バルジオーザ様がきっちり空間を閉めて行かないからです、彼女に近づいたからといって怒らないで下さいよ」

 そして、犬頭を「やれやれ」と揺らしながら玉座の間から出て行った。


 我は、立ち尽くす。


 オリーヴが、どうした、と?

 庭園で倒れて……虫の息? なぜだ?


 我がいないことに気づいて逃げようとして、しかし身体がついていかなかったのか。


 なぜだ、オリーヴ。なぜ逃げようとした。我に笑いかけたではないか。共に食事をしたではないか?

 

 家族と、言ったではないか!


 我はバルコニーから飛び立つと、別棟へと急降下した。

「オリーヴ!!!」


 オリーヴの部屋に飛び込むと、寝台の横の椅子に座っていたクリーチィとエドラがパッと我を振り返った。

「王様! オリーヴ様がっ」

「チィ!? チィチィ、チィ!!」

「いいからお前らは出て行け!」

 ぐわっ、と、身体の中で力がうねる。エドラとクリーチィは目を閉じて耐える様子を見せた後、転がるようにして部屋から出ていった。


「オリーヴ……!」

 我は寝台に駆け寄る。

 町娘姿の彼女は、白い顔をして横たわっていた。豊かな胸は、よくよく見ないと上下しているのがわからないほど、かすかな呼吸しか表さない。

「オリーヴ、オリーヴ」

 我はオリーヴを抱き起こし、胸に抱きしめた。この部屋と、隣の中庭に満ちているフォッティニアの空気を、彼女が取り込みやすいように流れを整える。

「オリーヴ」

 名を呼ぶことしかできない。もしもオリーヴが死んだら、生ける屍として蘇らせることはできるが、屍に表情はない。おそらく我に微笑みかけることは、二度となくなってしまうだろう。そう考えたとき、目頭が熱くなった。

「オリーヴ」

 その熱で彼女の冷たい肌を温めようと、額や頬を彼女の顔にすり付ける。なぜか、濡れた感触──


 ぴくり、とオリーヴの身体が動いた。


「……魔王……?」

 フォッティニアの民が我を呼ぶときの呼称で、彼女は我を呼んだ。しかし、声はかすれ、意識は朦朧としているようだ。

「……どうして」

 オリーヴの瞳が、我を探すようにゆっくりとこちらを向く。しかし、視線は合わない。

 乾いた唇が、動く。

「どうして……あたしを……殺さないの」


「お前が美しかったからだ。ひと目で、そばに置きたいと思ったからだ」

 我は急いで言う。オリーヴはゆっくりと瞬きをした。

「……あたし……ひと目惚れは、信じない……だって、外見だけってこと、だし……」

「我は、『この女だ』と思った。他の女ではない、『この女』だと。お前が良い、それだけだ。お前がどう思おうが関係ない!」 

 あたしは関係ないって、ひどい、とオリーヴはつぶやき──また、目を閉じた。


 全力で空気の流れを整えているうちに、かなりの時間が過ぎたようだ。オリーヴの顔を見ると、ほんの少し、顔色が戻ってきている。

 死の危険からは、脱したのだ……

 我は大きくため息をつくと、もう一度オリーヴを抱きしめた。柔らかい身体、温かな肌、あの匂い……


 しばらく堪能してから、寝台に横たえて離れた。

 完全に意識を取り戻す前に、離れねば。ずっと抱いていたかったが、離れねば……

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