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8 side バルジオーザ 【家族?】

 数日が経った。

 だいぶ、オリーヴがここに慣れてきたような気がする。身体の方はまだまだのようだが、精神的に、だ。我に笑いかけたり、挨拶したりするのだから。

 そのたびに、つい、我は驚いてしまう。勝手に連れてきたオリーヴが、我に好意を持つとは思っていなかったし、好意を持って欲しいと思って接しているわけでもなかったからだ。

 しかし、オリーヴはここでの生活を自分で居心地良くしようとし、そして我との関係も心地良いものにしようとしているように見える。

 浴場も気に入って、日に一度は行っているようだし、イドラーバの食べ物も果物に続いて野菜を口にするようになった。洗濯も相変わらず毎日していて、カーテンなども洗い始め、別棟のオリーヴの部屋を中心に明るさが変わってきたような気がする。

 そして、そんな彼女の様子は不思議と、我にとっても悪いものではなかった。 


「オリーヴ、閉じこもっていてやることがないからといって、お前は王妃だぞ。そんなに別棟の布類を美しくしたいのなら、洗い方を教えて使用人たちにやらせればよい。お前はお前で、もっと贅沢に過ごせばよいのだ」

 夕食の時に、またも強い調子を装って尋ねてみた。

 内心、「こんな風に言ってやるのも、なかなか夫らしいな……」と得意に思ったが、それは隠しておく。

 オリーヴは苦笑して、首を横に振った。

「贅沢にって、言っても……そんな暮らししたことがないから、何をすればいいのか思いつかないし」

 我は鼻を鳴らした。

「まあ、お前のいいようにしろ。身体が慣れるまでの話だ」


 身体が慣れれば、イドラーバの珍味も食べられるようになるし、宝石──イドラーバで掘り出された宝石には強い力が宿るため、今はまだオリーヴの身を飾ることはできない──も好きに選べる。イドラーバ視察の旅に連れ出してやってもよい。今はオリーヴが庶民らしく暮らすことを望んでいるから好きにさせているが、わが城の生活に染まれば、オリーヴも王妃らしくなるだろう。


 そういう意味で我は言ったのだが、なぜかオリーヴは表情を固くしている。

「え、ええ。そう、慣れるまで。慣れるまでは、あの、好きにさせてもらえると……あたしも体調に合わせて、過ごすから……」

 うつむいて言ったと思うと、ふと顔を上げる。

「あなたは、こうやって毎日、あたしの食事に付き合うの?」

 当たり前だっ。

 と勢い込んで言いかけて、我は言い直す。

「そうだ。我の暇つぶしだ。見張ることもできて都合が良い」

 と言いつつ、むしろオリーヴを見張るのが大好きなのだっ。


「…………」

 オリーヴは少し黙っていたが、口を開いた。

「あたしは、一日に一度だけど、誰かと話ができて嬉しいから……」


 どくん、と、胸が高鳴る。

 オリーヴは、我と話をするのが嬉しいと……


 思わず、「夫婦なのだから会話くらい当たり前ではないかっ」と言いそうになったところで、オリーヴが続ける。

「お店をやっているとね、人と会話ができるから、好きだった。あたし、母さんを亡くして、家族がいなかったから。……あの、聞いてもいいのかな……あなたの両親は、どうしているの? ええと、王族だから、あなたのお父さんがイドラーバの王だった……のよね?」


「何だ、フォッティニアの民は何も知らんのか」

 我は呆れ、答える。

「王が死んだとき、イドラーバの民の中で最も力の強い者が、『王の力』を受け継ぐ。他の者に力を分け与えることができるようになるのが『王の力』、ということだな。強い者なら誰でも王になり得るが、王族の力は格段に強いから、我の知る限りでは王族が脈々と受け継いでいる。我も、父親が死んだ時に受け継いだ。一度も共に暮らしたことはないがな。母親の記憶もおぼろげだ」

「そう、なんだ……。あなたが受け継いだのは、いつ?」

「さあな、四百年ほど前か」

「そんなの知るわけな……あ、いえ、ええと……じゃあ、あなたの兄弟は? 兄弟姉妹の中で、例えば弟や妹の方が力が強いってことも、あるの?」

 オリーヴの質問に、我はつい、笑い声を漏らす。

「本当に、何も知らないのだな。王族からは、子は一人しか生まれぬ」 


「そうなの……?」

 オリーヴは、深い緑の目を丸くしている。なんと可愛らしいことか。その花のような唇が、動く。

「え、それじゃあ、家族がいない……?」

「お前も一人暮らしだったな」

 我は機嫌良くグラスを揺らす。こんなところに共通点があるとは。

 まあ、元々家族というものなど持ったことのない我と、家族を失ったオリーヴとでは違うのだろうが。 


 すると、オリーヴは上目遣いになって、こう言った。


「じゃあ、あなたにとって、あたしが初めての家族ってこと?」


 ──カシャーン……──


 我の手からグラスが滑り落ち、床で砕けた。


「あ」

 腰を浮かせるオリーヴに、我は素早く立ち上がって鋭く言う。

「近寄るなっ!」

 オリーヴが固まった。わなわなと、我は手を震わせる。


 今、オリーヴはなんと言った? 我とオリーヴが、家族?

 思ってもみない言葉だった。我はただ、美しい女をさらってきて閉じこめ、我の妻としただけだ。オリーヴがどう思っていようと関係なかった。

 しかし、オリーヴが、そんな風に思っていたとは!


 驚愕の後を追うように、歓喜が押し寄せた。なぜだ、なぜこんな気持ちに?

 今すぐ駆け寄って抱きしめてあんなことやこんなことをしたい、という欲望が、身体の中心からうねるようにして盛り上がってくる。

 まずい、このままでは……!


「もう食事は、終わったのか」

 我が絞り出すように言うと、オリーヴはおびえたように答える。

「は、はい」

「では、部屋に戻れ」

 われながら、低い声が出た。オリーヴはガタンと音を立てて椅子を離れると、小走りに食堂を出て行った。


 よろよろと後を追い、扉の枠に捕まりながら廊下に出る。角に意識を集中し、オリーヴの部屋に廊下をしっかりと繋いだ。二度と、失敗はしない。

 彼女の気配が別棟におさまるのを確認すると、我はすぐにマントを翻した。バルコニーに駆け寄る。

 そして、月も星も見えぬ夜空へと飛び立った。


 この、爆発しそうなおかしな心を発散させねば。


 戦いだ、我に戦いをよこせ……!


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