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8 side オリーヴ 【予言?】

 危ない危ない、フォッティニアに戦いに行く方向に話が流れるとこだった。

 あたしは冷や汗をかきながら、果物を口に運ぶ。


 とっさに話を変えようと思って、町を見たいなんて言っちゃったけど、魔王が一緒について来るなら好都合よね……少なくともあたしが逃げないか警戒して、あたしの近くにはいるだろうし。


 あたしを気に入ってるなら、なるべく惹きつけておきたい。

 今では、あたしはハッキリと、そう考えるようになっていた。



 食堂を出ると、ランプの点った廊下が長く続いている。ただ歩いているだけで、あの草原部屋の近くに出るようになっている。便利っていうか、不気味っていうか……

 先導するクリーチィの後ろをゆっくり歩きながら、あたしはちらりと後ろを見た。

 魔王が、こちらを見ている。黒い稲妻のような角がわずかに赤く光ってるのは、今まさに力を使って、草原部屋の近くに廊下をつないでるんだろう。


 あたしは小さな声で、言った。

「……おやすみなさい」

 自分を監禁してる奴に挨拶だなんて、こんな媚び方……ううん、色気で迫るよりずっと楽だ。このくらい、なんてことない。

 あたしは微笑んで見せた。


 すると、魔王の背筋が「しゃきーん」と音を立てそうな感じで伸びた。

 な、何を驚いてるの、あの魔王……


 そう思った瞬間、ぐらっ、と身体が傾いた。

 やだ、もう体調が?


 どこかにつかまろうと手を伸ばした時、ふっ、と足が浮いた。

 上にあった天井が前に、下にあった床が背後にぐるりと回って、廊下の先の方が足下に──


 廊下の奥に、落ちる!


「オリーヴっ!!」

 魔王の声。


「き……」

 悲鳴を上げそうになった時、ぐいっ、と腰に腕が回って引き上げられた。


 ──瞬きをした時には、天井と床は元の通り、ちゃんと上と下にあった。

 あたしとクリーチィは壁にもたれさせられ、誰かがあたしから離れていくところで──


「バルジオーザ様。王妃様に見とれるのも結構ですが、空間はしっかり繋いで下さいよ」

 呆れた声が聞こえる。

「せっかく殺さずに連れてきたのに、ついウッカリで死なせるおつもりですか。まあ、そうしたら、予言が成就しないところを初めて見られるわけですが」

 魔王に歩み寄ってからチラリとこちらを見たのは、黒い犬。角の生えた犬の顔に人間の身体をした、魔族だった。上着もズボンもぴったりとしたものを着ていて、胸元にはスカーフがのぞいて……何だか洗練されている雰囲気。


「ギルフ! 貴様、オリーヴに近寄るなと言ったはずだぞ」

 魔王が犬男を睨むと、犬男は肩をすくめて答える。

「城に戻ってきたらたまたま空間に『巻き込まれ』て、そこに誰かがいたので助けてしまったんです。不可抗力ですよ」

 犬男──ギルフ、って名前? ──はそう言って、さっさと食堂の方へ去っていった。家来にしては、適当な対応だ。

 魔王が鼻を鳴らすのが聞こえ、もう一度、角が光るのが見え──


 一瞬後、あたりの様子が変わり、あたしは草原部屋の前の廊下に立っていた。

 ……何だったの、一体。

  

 草原部屋に戻ってくると、クリーチィはちょこまかと寝台を整え、お辞儀をして出て行った。

 一人になって、あたしはホッと息をつき寝台に腰掛ける。

 さっきはびっくりした。魔王が空間を繋げようとしていたところにあたしが挨拶をして、その時、何か魔王を驚かせちゃった? それでこう、ずるっと空間が滑った感じに……そこへたまたま、家来らしきあのギルフって言う犬頭が来て助けてくれた、のね。たぶん。


 ……それにしても、やっぱり身体を慣らすことには反対しないんだ、魔王。

 最初は『魔王の花嫁』って、愛人として囲われるか、愛玩動物として飼われる、みたいな意味かと思ってた。けど、イドラーバの民に知らしめるだなんて……まさか、本当にあたしを自分の妃に、つまりイドラーバの王妃にするつもりなの?


 そこまで考えたとき、あたしはあることに気づいて愕然とした。

 もしかして、魔王は。

 近づいてこないまま、あたしの身体がイドラーバに慣れるのを待ってる(・・・・)の?


 だって。

 本当にあたしを王妃様にするとして、よ? 一国の王妃様の大事な仕事といったら、まずは世継ぎを産むことじゃない?

 でも、あたしはフォッティニアの人間で、イドラーバの空気の中にいると体調が悪くなってしまう。それじゃあきっと、子どもなんて産めない。ああ、魔王も、「フォッティニアくさい」人間に近づきたくないのかも。種族も違うんだし。

 あたしの身体がイドラーバに慣れるっていうことは、あたしが身体もイドラーバの民になるってことなの? 魔族の仲間に?

 そうしたら、魔王はあたしに、子どもを産ませる……?


 寒気がして、あたしは自分の腕をさすった。

 身体が慣れれば、逃げ出せると思ってた。でも同時に、慣れたその時、そんな目に遭わされるとしたら。

 その時まで、あたしが自殺とかしないように、いい待遇で暮らさせてるんだとしたら……

 証拠はないけど、あたしをさらっておいて何もしないままっていう変な状況について、うまく説明できているように思える。

 

 でも、やっぱりわからないのは、どうして『あたし』なのかってことだ。

 考えて、さっきの犬頭が思い浮かんだ。

「そういえば、あのギルフっていう犬みたいな人が、予言がどうとか……予言?」

 あたしはハッと顔を上げた。

「予言、って言えば、神座山の予言者……!」


 フォッティニアに、知らない人はいない。国の東、イドラーバとの国境近くにある神座山に住まう予言者のこと。数年に一度、神託が降りると、山の周辺に予言者の声が響きわたるって……そして、その予言は絶対に外れないって。

 ガーヌの町はフォッティニアのずっと西にあって、山からは遠いので、あたしはその山を見たことはない。ましてや、予言を聞いたこともない。

 けれどギルフは、あたしが死ぬと予言が成就しないようなことを言った。ということは。

「あたしが、予言の内容に出てきたんだ……! な、なに? 一体、予言の中身にあたしがどう関わって……」


 その疑問と、さっきの考えが、頭の中でカッチリと音を立ててはまった。

「それが、子どもか……!」


 わかった。予言っていうのは、あたしが魔王の後継者を産む、っていう内容だったんだ!

 他の人じゃ産めないのかな、とは思うけど、とにかく予言で名指しされたのがあたしだった。だから魔王は最初から、あたしを狙ってさらい、王妃にするって言ったんだ。軍人はあたしを捕らえて、魔王に渡さないようにしようとした。魔王の後継者なんか産まないように。

 これで辻褄が合うじゃないの!


 少し呆然としてから、あたしは思わず笑い出した。

 このあたしが、魔王の子の母親になる!?

 母さんが女手一つで大事に育ててくれた、娘の身体。それが、そんなことに使われるだなんて、母さんも思ってもみなかっただろうな。


 笑いを納め、きり、と、唇をかみしめる。


 予言は、外れたことがない。でも……だからって、抗わないまま従うことなんてできない。もしかしたら、予言が当たらなかった第一号になるかもしれないんだし。


 早く、身体を慣らそう。でも、なかなか慣れないふりをしよう。

 そして、本当に王妃にされる前に、逃げ出すんだ!

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