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7 side・バルジオーザ 【王の欲するもの】

 しばらくして食堂に舞い戻ってみると、オリーヴはすでに食事を終えて部屋に戻った後だった。テーブルの上も片づけられて、食堂はがらんとしている。

 クリーチィは、オリーヴが魚を好むことをエドラに伝えただろうか。


 我は小さくため息をつきながら、椅子に腰掛けた。

 テーブルに手を載せる。そこに置いておいたシャツは、なくなっている。


 今頃、オリーヴはあの中庭で──我とオリーヴの出会いの場に似たあの場所で、我のシャツを洗っているのだろうか。

 見に行こうか。いや、たまには想像だけ楽しむのも良い。

 彼女の触れたあのシャツが、明日か明後日にはあの匂いと共に、我の肌を包むのだ──


 うっとりしていると、声がした。

「バルジオーザ様、ここにおいででしたか」


 振り返ると、ギルフがバルコニーから入ってきたところだ。

「私はフォッティニアに行って参りま……何なんですか、その格好は」

 ギルフは鼻にしわを寄せる。

「マントの下は全裸とか、王妃様に一体どう思われたいんですか」


「下は穿いているっ! ほら見ろ!」

 我は立ち上がってみせる。全く、失礼な参謀だ。


「それでフォッティニアがどうした!?」

「いえ、予言の娘を奪われたフォッティニアがどうしているか、明日あたり少々偵察でもしてこようかと」

 ギルフは立ったまま淡々と言う。我はもう一度座って肘をついた。

「フォッティニア軍が、オリーヴを取り戻しに来るというのか?」

「可能性は、なきにしもあらずかと」

「……いや。ないな」

 我は考えを巡らせる。

「オリーヴを取り戻しにこの城に乗り込めるくらいなら、直接我を狙うだろう。今までそれができなかったフォッティニア軍に、オリーヴがさらわれたからといって城までたどり着くことができるとは思えん」

「……ごもっとも」

「まあ、偵察してくるのも良いだろう。奴らはどう思っているだろうな? 我がオリーヴを殺さずに連れ去ったということは、予言が成就する可能性がまだ残っているということ。しかし、今もオリーヴが生きているかどうかは、奴らにはわからんだろうに」

 我は笑うと立ち上がり、マントをバッと広げた。

「ふふ……所詮、フォッティニアの人間どもは我の手の上!」


 ギルフが淡々と言った。

「そろそろシャツをお召しになってはいかがです?」


「うるさい」

 我はとりあえず、広げたマントを身体に巻きつけながら言った。

「とにかく、フォッティニアにとってのオリーヴは、今は『危険を冒して助けに行くほど重要ではなく、生きていれば儲けもの』程度の存在であろう。オリーヴは怒るかもしれんがな」

 そして、ふと思いを巡らせる。

「オリーヴは、怒っても美しいであろうな……」

「はいはい。まあ、この城に攻め込めるほどの力はなくとも、例えば魔導師の一人が魔法を使って忍び込み王妃様に近づく、程度はできると考えるかもしれませんよ、あっちは。一応、様子を見に行くことにします」

 ギルフは言うと、バルコニーに出て翼を広げ、飛び立って行った。



「……こんばんは」

 翌日の夕食の席に、オリーヴは我のシャツを持って現れた。

 前に彼女が洗ったシャツの、あの匂いが消えかけていたところだ。ふむ、数日おきにオリーヴの匂いを補給するのも悪くない。いや、むしろ良い。激しく良い。

 シャツはオリーヴからクリーチィに渡され、クリーチィがテーブルの反対側にやってきて我に渡した。思わずその場で顔に近づける。ふんかふんか。

「あの、染みが、残って? ちゃんと落ちたと思うんだけど」

 心配そうに言うオリーヴ。我がシャツをじろじろと見ていると思ったのか。

「問題ない」

 我はサッとシャツを顔から離し、脇に置いた。


 静かな食事が始まった。オリーヴは小さな口でもくもくと食事をし、我はその様子を楽しみながらグラスを傾ける。

 今日のオリーヴは、また町娘の格好に戻ってしまっていた。自分で洗って着たのだろう。ううむ、もうあんな服は取り上げて、ドレスを何着か用意するか……

「……ほんとに、食事、しないんですね」

 手を止めたオリーヴが、ふと言った。

「魔お……あなたは、イドラーバの民を生かす力を生み出すと聞いたわ。あなたは戦うのが一番好きで、そういう好きなことをすると、欲望が満たされて力が生まれるんだって。……それじゃ、これからもずっと、フォッティニア軍と戦うの……?」


「フォッティニア軍が弱体化しなければ、な」

 愛らしいオリーヴの声に聞き惚れながら、我は答える。

「戦っているうちに、我の血は騒ぎ、身体の深い場所が燃え、力があふれてくる。甘美な時間だ」

 そう、少し、オリーヴを見つめている時と似ている。

 そんなことに気づきながら、我は続けた。

「しかし、そうして戦いながら力を生み出し、加速させていくと、相手があっさりやられ始める。つまらん。強き相手と戦いたいものだ。束になってかかってきても良い、戦いを楽しみたい」


「……単に、殺すことが、好きなのかと、思ってた」

 オリーヴが我を見つめながら、ためらいがちに言う。我はそのふっくらした唇を見つめながら答える。

「激闘の末、相手を殺すのは快感だ。達成感があるからな。しかし、大勢が虫けらのようにボロボロ死ぬのは好かん。何の面白味もない」

「でも……」

 オリーヴは視線を泳がせている。

「あなたたちと違って、人間は、戦ってるうちに疲れてくるわ」

「そうだな。そうすると死に始める。つまらんからそこで引き上げる」

「そう、なの……? に、人間の血肉が好きなのかと……」

 まったく、オリーヴは我らをどんな民だと思っているのだ。

「最初から食うつもりもない生き物を殺すなど、無駄だ。目的は戦うこと。戦った結果、負けた方が死ぬ。それだけだ。我らが負ければ、我らが死ぬだろう」

 言って、少々胸を反らす。

「まあ、イドラーバの王が人間ごときにやられるとは思えんがな!」


 ……しまった。自慢してしまった。女は強いものに惚れてしまうのではないか?

 我は急いで嫌みな表情を作り、付け加えた。

「お前を戦場に連れて行き、フォッティニア軍が敗退する様を見せつけてやろうか? 我の強さを目の当たりにすれば、逆らう気も起きまい。フッフッフ」

 本当は、見せびらかしたいのだがな。我は強いぞ!


 オリーヴはあわてたように首を横に振ると、どもりながら言った。

「そ、そんなことよりっ、あたしは他の物が見たい。ええと、お城の外、とか……だってほら、あたしは元々小さな町で暮らしてたから、イドラーバの町ってどんな風かなって……」

 わが花嫁はまた無茶を言う。身体が慣れていないと言っておろうに。

「城の外も、中ほどではないとはいえ、慣れぬ身体にはキツいぞ」

 優しく諭してやると、オリーヴは黙ってうつむいて食事を続ける。

「まあ、いずれ我が外に連れて行こう。わが花嫁を、イドラーバの民に知らしめねばならんからな」

 我はそう言って、またグラスを傾けた。

 しおれている花も、風情がある。どんな表情も我をとらえて離さない、美しい花……


 すると、オリーヴは視線を上げ──微笑んだ。

「じゃあ、慣れたら、お願い、します」


 ……っあぁ!?

 離れていても構わぬから、二人で町散策をしたいと! そういうことなのだな!!


 オリーヴが町を歩きながら、時々我を振り返って微笑む場面が脳裏に浮かび、我はしばらくボーッとなったのだった。

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