6 side・バルジオーザ 【花嫁に乾杯】
「そうか、食事をしたか!」
クリーチィの報告を聞き、我は玉座から立ち上がった。
ギルフの報告を聞いた後、オリーヴのところに行こうとしたら、クリーチィがやってきたので玉座で話を聞いたところだ。オリーヴが入浴後しばらくして、食事をしたと言う。
「うむ、ご苦労!」
我は機嫌良くクリーチィをねぎらうと、玉座の間のバルコニーから飛び立った。ぐるりと旋回して降下し、別館のオリーヴのところへ向かう。開いた窓から廊下に降り立つと、彼女の部屋に向かった。
オリーヴは、中庭にいた。洗った布を干している。
ドレスからすらりと伸びた腕、艶やかな髪。ベストの薄布から透けて見える、腰のくびれ。傾けた顔の、すべらかな頬は薄紅色で、体調も良さそうだ。
よしよし、やはり入浴させたのは正解だった。オリーヴは気分転換したかったのだな!
フォッティニアから連れてこられたのだから、鬱々とすることもあるだろう。死なないように気をつけてやらねばなるまい。これからも入浴は自由にさせてやろう。そして覗こう。いやいやいやいや。
──気がつくと、オリーヴがこちらを見ていた。
「…………」
緊張した様子のオリーヴに、我は扉の隙間から言う。
「似合うぞ……我の見立て通りだな」
……はっ。しまった、オリーヴには黒が似合うと思って我自身がドレスを選んだことを、バラしてしまった。彼女が我に惚れたらどうするのだ、近づいてきてしまうではないか!
「い、イドラーバの王族そのもののようだ。洗濯など似合わぬことはやめて、それらしくしたらどうだ。お前は我の花嫁、もうここの住人なのだからな!」
嫌みっぽく聞こえるように言ってみる。
しかし、全部本当に思っていることなのだが。オリーヴは我の花嫁なのだから、仕事など必要ない。
すると、オリーヴはうつむいた。
「……い、イドラーバの花嫁って、皆こんな風なんですか」
そして、つぶやくように続ける。
「ひたすら一人で時間を過ごして……別に、あたしはいいけど」
その時、きゅうん、と、胸が締め付けられた。
一体、この気持ちはなんだ。愛おしいのに辛い。こんな表情も美しいと思うのに、苦しい。
きっとオリーヴは、一人で放っておかれるのが寂しいのだ。
いっそオリーヴに、我が近寄らない理由を話してやれたら。しかし、オリーヴがあの予言の内容を知れば、どんな行動に出るか……
「あの」
オリーヴが顔を上げ、口を開く。
「何だ」
我はすぐに聞き返す。望みがあるなら何でも言え、近づく以外なら何でも叶える!
「あたし、その……く、食い意地が張ってて、イドラーバの食べ物も食べてみたいなって……最初に食べた魚も美味しかったし。だから、あたし一人だけフォッティニアの食べ物じゃなくても、あの……」
フォッティニアの食べ物?
我はオリーヴの心を読みとろうとした。
確かに、エドラがオリーヴに出している食事は、フォッティニアから奪ってきた食材を使っている。
そうか、わかったぞ。
一人で放っておかれている、と、孤独を感じているオリーヴ……食事も何もかも別であることが孤独に拍車をかけていて、寂しいのだ。せめてここの民と同じものを食べたいのだ。そうだな?
しかし、この件に関しては一言、釘を差しておかねばなるまい。
「お前はイドラーバに慣れていないと言っただろう。いきなりイドラーバのものばかり食べて苦しみたいかっ」
脅しつけると、オリーヴはまたうつむいてしまった。我は急いで一気に続ける。
「そんなに寂しいならたまには食わせてやってもいい、我が見張っているところでならな!」
オリーヴは我を見つめ、目を見開いた。
「寂し……? 見張る?」
「おとなしくしていろっ」
我は扉を閉め、身を翻した。
少しずつなら、イドラーバのものを食べても問題あるまい。我が見張り、もし具合が悪くなるようならすぐに何か手を打とう。
それに、今までなぜ気づかなかったのだ……オリーヴは我の花嫁。近づくことはできないから寝台を共にすることはできないが(寝台など共にしたら手を出してしまうっ)、食事なら離れていても、顔を見ながらできるではないか!
我らは夫婦なのだからな!
「夫婦っふっふっふ」
ぴょん、と廊下の窓から外に飛び出した我は、翼を広げると、玉座の塔に戻った。そして、配下を呼びつけた。
「食堂を整えよ!」
夜。
クリーチィに案内されて、オリーヴが食堂にやってきた。緊張した面持ち。
先にテーブルについていた我は、彼女を促す。
「そこへ座れ」
我とオリーヴは、向かい合って座った。
「……テーブル、長っ……」
オリーヴはつぶやいてテーブルを眺めた。
縦長の部屋に置かれた縦長のテーブルは、晩餐会用のもの。我とオリーヴはその両端にいて、普通の大きさの声がかろうじて届く距離にいる。うむ、ちょうど良い。
続いてオリーヴは、食堂を見回した。
大昔にこの城に住んでいた人間たちが使っていた食堂だが、われらは普段あまり使わないため、使用人に急いで掃除させたのだ。テーブルも何もかも磨き上げられている。
エドラが、ワゴンに食事を載せて運んできた。
「オリーヴ様、今日はここで食事! 王様と一緒、素敵ですよネ!」
彼女の前にずらずらと料理を並べながら、エドラは解説する。
「これ、この果物は『ウーヤ』。イドラーバの。美味しいのヨ。はい、こちら王様のですネ」
「お前は早く下がれ」
我は手で空気を払う仕草をする。
エドラは肩をすくめ、我の前に葡萄酒の瓶とグラス、それに果物の載った皿だけを置くと、オリーヴに
「たくさん食べて下さいですネ!」
と話しかけながら下がっていった。
オリーヴは、自分の皿と我の皿を見比べて戸惑っているようだったが、
「あ、そうか……こっちの人は食べなくてもいいんだ……」
とつぶやいた。我が食事を必要としないことを言っているらしい。
我はグラスを手に取り、掲げた。
「我が花嫁との、初めての晩餐に、乾杯」
……少々、格好をつけてしまった。オリーヴが惚れたら困るな、と急いで促す。
「さっさと食え」
そう、あまりゆっくりしていると、また体調に影響が出るからな!
オリーヴは小さくうなずき、食べ始めた。
寂しいからイドラーバのものを食べたいなどと、まことにオリーヴは愛らしい。まるで、イドラーバの──我の色に染まりたい、というかのようではないか。
我はオリーヴの洗ったシャツの匂いに包まれ、オリーヴは我の色に染まる。実に! 夫婦らしい!
我は彼女の姿を肴に、グラスを傾けた。
ああ、こんなに酒を美味く感じたことがあっただろうか、いやない!




