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5 side・バルジオーザ 【薄紅色の妄想】

 イドラーバの城は崖の上にあり、いくつもの塔がつながった形になっている。我の玉座は中央の最も高い塔にあり、長の年月で階段の一部が崩れているため、オリーヴのようなごく普通の人間が上るのは難しい。

 そしてオリーヴがいるのは、尖塔群のすぐ横に独立して建つ、低い建物だった。その建物のあちこちと尖塔群のあちこちを、我の力で繋いだり切り離したりすることで、我はオリーヴの生活を調整している。


 クリーチィに命じて、我はオリーヴを浴場のある塔へと案内させた。

 女は、綺麗にすることが好きなはずだ。それはイドラーバの女もフォッティニアの女も、おそらく同じ。

 イドラーバの誇る温泉をひいた、我が居城の浴場なら、きっとオリーヴも気に入るに違いない。


 クリーチィとともに浴場に入っていくオリーヴを、我は廊下の陰から見送った。

 オリーヴが喜び、気分が良くなることで、食欲を戻してくれると良いのだが。死んでしまっては、あの薄紅色の頬が見られなくなってしまうではないか。

 オリーヴが弱って息絶えるところを想像すると、我は胸が苦しくなる。なぜだろう、このように、まだ生きている誰かが死ぬところを想像して苦しくなるなど、今まではなかったことだ。


 ……ところで、クリーチィが戻ってこない。どういうわけだ。

 オリーヴが入浴したかどうか、様子を知らせるように命じておいたので、我は廊下で待っているのだが、戻ってこないのだ。


 何かあったのだろうか。

 浴場が気に入らず、怒っているとか。

 食事をしていないために、中で具合が悪くなっているとか。

 ええい、クリーチィは何をしている。


 のぞくしかないではないか。うむっ。

 

 我は廊下の扉から小部屋に入った。ザアア、と湯の流れる音はするのだが、静かだ。オリーヴとクリーチィの気配はするのに、なぜこんなに静かなのだろう。

 オリーヴは、入るか入るまいか迷っているのだろうか。それとも、もしや、もう全裸で湯に浸かっていて……クリーチィは何か手伝いをしていて出てこられないだけ、ということも……手伝いって何だ、背を流すとかそういうことか。オリーヴの、裸の背中を……

 浴場に通じる扉が、細く開いている。扉だけでなく、湯気まで薄紅色に染まっている気がする。

 我はそこから中を──


 ──のぞいたのが、ちょうどオリーヴが服を脱ぎ去る瞬間だった。

 

 ブホッ。


 我は鼻を押さえて斜め後方にのけぞり、そのまま横に一回転ひねりして廊下へ飛び出した。 

 ふ……服の上からではわからないものだ……何だあの下着姿の身体の線は、乳房の盛りは! けしからんっ!!


 力を使い、鼻血を止める。しゅうっ、と鼻から煙を噴きながら荒い息をついていると、クリーチィが出てきた。

「チィチィ!!」

 珍しく苛立った声を上げるクリーチィに、我は文句を言う。

「お前がさっさと報告しないからだっ! 新しい服は置いたのだろうな!?」

「チィッ」

 クリーチィは返事だけはしたが、その後はつんと鼻先を上げて浴場の扉の横に立っている。オリーヴが入浴を終えるまで、そこで見張るつもりらしい。

「ふん。我は玉座に戻る。今度は報告を怠るなよ!」

 我は肩をいからせながら、窓を開け外に飛び出した。


 ──そして、玉座に戻る前に少し寄り道をして、浴場の外側に回る。窓があったはずだ。

 しかし、換気用の窓は細く、湯気が立ちこめていた。のぞいてみても、何も見えな……いや、何か肌色のものがうごめいて……曲線が……


「何をしてらっしゃるんですか」


 いきなり、低い声がした。

 バッ、とマントを翻して振り向く。


「隙だらけですよ、バルジオーザ様」

 翼をはためかせながら、呆れた声で言ったのは──

 黒い犬の頭部を持つ、長身の男。参謀のギルフだった。

「視察から帰ってみれば、なぜフォッティニア人の女が城にいるんです」

 ギルフは我の肩越しに、軽く首を伸ばして浴場の窓を見る。

「見るな!」

 我は翼を大きくはためかせると、ガッ、とギルフの襟首をつかんで舞い上がった。


「あれが予言の娘?」

 ギルフは鼻にしわを寄せ、首を振った。二本の角が揺れる。

 ここは、我の私室だ。向かい合わせにソファに腰掛け、我とギルフは向かい合っていた。

「殺しに行ったんじゃなかったんですか?」

 いぶかしげに尋ねるギルフに、我は腕組みをして答える。

「美しかったので連れ帰った。我の花嫁にする」

「はぁ? 花嫁ったって……」

 ギルフはまだ鼻にしわを寄せたままだったが、やがてため息をついた。

「バルジオーザ様が、フォッティニアの女にそれほど執着なさるとは。イドラーバにもいくらでも女はいるではないですか」

「オリーヴが良いのだ!」

「何でその女だけなんです? 私にはよくわからないな」

 ギルフは首を傾げる。特定の女に執着する男は、確かにイドラーバでは珍しいだろう。


 女など、いくらでも代わりはいるのに、なぜこうもオリーヴでなくてはならないのか。我は自分でも理解できない。イドラーバの王らしく、やりたいようにやるだけだ。


「我にもわからんが、花嫁はオリーヴでなくてはならんのだ。他の女はいらぬ」

「まあ、バルジオーザ様がそれでいいなら、私は何も言いませんがね。予言の通りになってもいいってことでしょう?」

「男を近寄せなければいいだけの話だ。お前が近寄ることも禁ずる。いいな」

 我は威厳たっぷりにギルフをにらみつけ、続けた。

「禁を破れば、お前とて容赦はせぬ」

「え? いや、私が近寄らないのはいいんですけど……花嫁とか言いながら、バルジオーザ様も近寄らないってこと、ですか?」

 ギルフは耳を立てて目を見開いた。

 そして、空気を漏らすような笑い声を立てた。

「フフ……それでああやって、浴場の外からチラチラと……フフフ、笑えますね」

「笑わなくていいっ。とにかく、お前は館にも近寄るなっ」

 我は椅子の手すりをバン、と叩いた。その拍子に、テーブルの上のグラスが割れる。ギルフは軽く肩をすくめた。

「はいはい。じゃあ、あの別館は、どこぞの国の『後宮』みたいにするわけですか? バルジオーザ様以外の男は近づけず、エドラやクリーチィなど、女だけが出入りする……。またよりによって、面倒な女を囲ったもんですね」

 そして彼は、笑いを納めて淡々と尋ねてきた。

「で、結婚式はいつになさいます?」 

 我は目を見開いてのけぞった。

「けっ、けっこん、しき!?」

「あれ、『花嫁』とおっしゃったので、一応ご結婚なさるものと。イドラーバの民に、王妃を知らしめないんですか?」


 その瞬間、我の脳内に一気に想像の世界が広がった。


 入浴後にオリーヴが着替えられるよう、浴場には新しい服を用意してある。それは、イドラーバの人型魔族の中でも、位の高い女が着るドレスだ。黒の胸当てに、葡萄酒色の腰穿きの長いスカート、その上に透ける素材の黒く長いベストを着る。ベストには光る糸で刺繍が施され、腹あたりの透ける肌にその模様が這い……

 あのドレスを身にまとい、我の伴侶になることを誓うオリーヴ!(でも我とは距離を置いている)

 城のバルコニーで、ちらっと我を見て恥じらいながらも、民に向かって手を振るオリーヴ!(でも我とは距離を置いている)

 まさか彼女が結婚を喜ぶわけはないだろうが、想像すると胸が熱くなるのはなぜだ!?


 彼女が予言の娘でさえなければ……

 いや、予言があったからこそ、我は彼女を見いだしたとも言える。近づくことができなくても構うものか、あの姿をいつでもじっくり見つめて愛でられるのなら……

 た ま ら ん。


 はっと気づくと、ギルフがため息をつきながら部屋を退出しようとしていた。

「待てギルフ、視察の報告はどうした!」

「ああ、覚えておいででしたか」

 ギルフが向きを変えて戻ってくる。

「一応ちゃんと聞いて下さいよ、イドラーバの国王であらせられるのですから」

「わかっている、さっさと報告しろ!」

 我は手の甲で鼻血を拭った。

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