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1 side・オリーヴ 【魔王にさらわれて】

コンテスト応募中です。出版社様に応募するなら三人称の方が相応しいかと考え、改稿版を別に投稿しましたが、念のためこちらにもタグをつけてあります。

「目が覚めたか」

 楽しそうな声がした。


 寝台の上でゆっくりと起き上がったあたしは、そいつが視界に入ったとたん、声も出せないまま固まってしまった。

 顔は、細面の若い男。かなり年下、十代半ばくらいに見える。赤い瞳の顔を縁取る白銀の髪、そしてその頭からは、まるで稲妻のようにジグザグと、黒い角が生えていた。


 町に張り出された瓦版で、見たことがある。この角。

 ──魔族だ。


「ようこそ、我が城へ」

 黒い角の魔族が、笑い含みに言う。


 城?


 あたしはハッとして、あたりを見回した。

 一面の草原の上に、どういうわけかぽつんぽつんと、家具が直に置いてある。鏡台、テーブルに椅子、そしてあたしが乗っている寝台。

 見上げれば、青空……ううん、そういう景色に見えるだけで、どうやら周囲には透明な壁や天井があるみたい。ほんの少し、景色がゆがんで見えるのだ。


 ここは一体何? あたし、どうしてこんな所に……

 そうだ、家の庭で仕事道具を片づけてる時に、名前を呼ばれた。「お前がオリーヴか」って。

 振り向いたら、この魔族が立っていた。魔族はあたしの顔をじっと見つめたかと思うと、ゆっくり近づいて来てマントを広げて……

 それから記憶がない。


「もうお前は逃げられんぞ」

 くくっ、と、黒い角の魔族が喉の奥で笑う。

「我はイドラーバの王バルジオーザ。お前は我の花嫁として、ここで暮らすのだ」

 イドラーバの、王? つまり……「魔王」?

 は、花嫁って……?

「怯えているな……数を頼みに戦うことしかできぬ、か弱い人間よ」

 魔王バルジオーザの瞳が、赤く光る。

 あたしは一つ深呼吸をしてから、ようやく口を開いた。


「……あの、なんで、そんな遠くにいるの?」


 寝台の縦幅四つ分くらい向こうにある、透明な壁に開いた木の扉。

 その向こうから、魔王は顔だけ出してこちらをのぞいているのだ。

 ……口調は尊大で人を脅しつけるような風なのに、態度だけはコソコソしてる。


 魔王の顔が、うっすら赤く染まった。


 しまった、怒らせた?

 そうか、魔王が近づいてこないのはコソコソしてるんじゃなくて、人間風情になんか汚らわしくて近寄りたくないとか、そういうアレじゃ……そんなあたしに話しかけられたから、カッとなって……ど、どうしよう。


 (すく)むあたしに、魔王は片手だけ出して指を突きつける。

「いいからお前はおとなしくしていろっ殺されたくなければな!」

 早口にそう言うと、魔王は顔を引っ込めてしまった。静かに扉が閉まる。


「た、助かった……」

 あたしは寝台の上で安堵の吐息をついた。そして、こわばっていた肩をぎこちなく回してどうにかほぐしてから、寝台をそっと滑り降りる。

 地面は草原に見えるのに、裸足の足にはすべらかな絨毯のような感触がした。戸惑いながら、あたしは近くに置いてあった自分の布靴を履く。


 フォッティニア王国の小さな町ガーヌで、一人細々と染み抜き屋を営んでいたあたしは、どうやら魔王にさらわれたらしい。ということは、今あたしがいる「城」っていうのは、魔族の国イドラーバの城なのだろう。


 もう何十年も、フォッティニア王国は、隣国イドラーバと戦争を繰り返していた。それも、かなり特殊な戦争だ。

 イドラーバからはいつも、ニ、三人しか襲ってこない。でもこの数人は、一人で何百人分もの戦いぶりを見せる異常な生き物だった。角があり、赤い瞳をしているそいつらを、あたしたちフォッティニアの人間は「魔族」と呼んでいる。そして、毎回姿を見せる一番強そうなやつを、「魔王」と呼んでいた。

 人間たちの軍隊が数を頼りに立ち向かって、ようやく魔族を追い払っていたけれど、戦うたびに人間側に死者が出ていた。しびれを切らした現国王が、数年前に精鋭を選りすぐってイドラーバに突入させたけれど、結果は同じ。しばらく戦い、人間側にある程度被害が出たところで魔族は姿を消してしまい、疲弊した人間側は撤退。決定的な勝敗はつかないままだったのだ。人間側が弱すぎて、魔族は戦うのに途中で飽きてしまうのだろうか。

 こんなことをずっと繰り返しているにも関わらず、魔族がフォッティニアに侵攻(?)してくる目的は、わからない。

 

 そんなある日のことだった。

 突然、軍人があたしの家を訪ねてきた。

「オリーヴだな? お前は腕のいい染み抜き屋だと聞いた。東の砦で働いてみないか?」

 フォッティニア東部軍の副司令官、と名乗った金髪の美丈夫は、あたしにそんな誘いをかけてきた。

 自分で言うのもなんだけど、あたしが母さんから受け継いだ染み抜きの技術は評判がいい。染み抜きに使う土やハーブの調合がコツで……って、詳しくは秘密だけど。

 でも、提示されたお給金があまりに気前が良すぎたので、あたしは「仕出し女はできませんよ」と言った。

 仕出し女、つまり、軍人の世話をしながら軍人とともに行軍する女。染み抜きだけでなく、炊事洗濯その他もろもろ、山ほど仕事をさせられる、と思ったのだ。それならお給金がいいのはわかるけど、あまり体力のないあたしには無理だと思う。

 すると軍人は、

「仕出し女になるのではなく、東の砦に住み込みで働いて欲しい。それほどお前の仕事っぷりは評判がいいのだ」

と言った。

 いやー、そんな、と照れる私に、彼は一歩近づいて続けた。

「砦で暮らすとなれば、天涯孤独のお前は将来が不安かもしれないが、嫁ぎ先には私が責任を持つ。軍人たちの中には、そなたを貰い受けたいという者もいてな。……私も、その中の一人だが」


 ……ここまで聞いた所で、あたしはスーッと冷めた。


 下町の女が軍の副司令官の妻になれば、完全に玉の輿。誰もが憧れる、夢のような話だ。

 でも、ガーヌの町のオリーヴに限って、んなわけあるか、ってなもんである。ありえないと確信する理由もあるし、それにそもそも、あたしは軍人が基本的に嫌いだった。

 だいたい、東の砦の軍人たちならよく町の酒場に来てるけど、一度も声かけられたことないわよっ!? あたしがそんなにモテモテなら、二十四歳のこの年まで嫁き遅れてるわけないでしょっ!

 気前のいいお給金も嫁入り話も、きっと餌だ。何かある。絶対、砦になんか行きたくない。


 でも、軍人はかなり強引だった。

「荷物をまとめなさい。部下に運ばせよう」

といった調子で、話をどんどん進めてしまう。あたしは急いで言った。

「すみません、今、途中の仕事があるんです。放っておいたら染みがとれなくなっちゃう。ちょっと外で待っていて下さい、染み抜きに使う土とハーブの配合は結婚相手にも秘密にしろって、母さんの遺言なの」

 そして、扉を閉めて軍人を追い出すと──

 庭に出してあった大事な仕事道具を、袋にせっせと詰めて。

 家の裏手から、逃げ出そうとした。


 そこに、あの声がかかったのだ。

「お前がオリーヴか」

って。

 立ち上がりながら振り向いたら、狭い庭の中、手を伸ばせば届く距離に、「魔王」がいた。

 同じ高さの目線に、赤い瞳。


 実際、魔王はあたしに向かって手を伸ばしたところだった。けれど、長い爪のあるその手が、直前で止まる。

 声も出ないあたしを、魔王はじっと見つめた。目の前にあった手が顔から逸れ、あたしの顔の横に……


 その時、

「魔族だ! 魔導師をこっちに!」

という怒鳴り声が聞こえた。裏手に回ってきたらしい軍人だ。

 すると、いきなり魔王はマントをぶわっと広げた。視界が暗くなったとたん、急な眠気に襲われて、そのまま……


「あああ、しまったかも……!」

 寝台の横に突っ立ったまま、あたしは頭を抱えた。結い上げていたはずの髪はほどけていて、自慢の黒髪が胸元に流れ落ちる。

 あの金髪軍人の突然の訪問、そして砦への誘いは、もしかしてあたしを守るためだったんじゃ?

 だって、魔王はあたしの名前を知ってた。何かの理由で魔王が「オリーヴという女」を狙ってるってわかって、軍人たちはあたしを保護しに来たんだ。それなら、急にあたし個人に誘いをかけてきた理由もわかる。「嫁」設定まではやりすぎだと思うけど。

 とにかく、あたしを怖がらせないように詳しいことは伏せて連れ出そうとして、でもそこへ魔王が……きっとそうだ。魔導師まで待機してたらしいのが、その証拠。


「軍人がいきなり来た理由はこれでわかったけど、今度は魔王の花嫁って……何なの? きっとこれも理由があるんだ。魔王がわざわざあたしを狙ってさらった理由が」

 あたしは考えながら、その場でぐるぐると歩き回った。

 気がつけば、ご親切にあたしの布カバンは寝台の横に置いてあった。でも、魔王の城で仕事道具だけあったってどうしようもない。


 狙われてさらわれて、でも殺されてはいない。生き血も吸われてる様子はない。あんなに距離を置いて近寄ってこないということは、慰み者にする気も……ない? それとも、これから?


 さっき魔王が覗いていた扉を、横目で見る。

 それから、すり足で扉に近づいた。レバーを握り、ゆっくりと下げる。

 ガチャッ。……鍵はかかっていない。逃げられる?


 ここから出ようとしたら、どうなるんだろう。


 あたしはレバーを引いた。

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