突如、乗っている飛行機がハイジャックされていて、これから原発に激突しようとしていると告げられました
突如、乗っている飛行機がハイジャックされていて、これから原発に激突しようとしていると告げられました。
僕はその絶体絶命のピンチに愕然とし、正直、人生の終わりを覚悟しました。まさか、こんな事で死ぬだなんて。“まさか”って事が本当に実際に起きたりするもんなんですね。ところが、そうして僕は絶望していたのですが、隣の席の木野原さんという女性は、「もしかしたら、助かるかもしれませんよ」などと言うのです。
一体、どこに助かる見込みがあるのでしょう?
僕はそれを聞いて苦悩しました。
このまま原発に激突したら、間違いなく助かりませんし、これを知った人達が、それを未然に防ぐ為に、ロケット弾かなんかでこの飛行機を撃ち落としても、やはり僕らは死ぬでしょう。助かる可能性はありません。ああ、こんな事なら、もっと思う様に色々な事を楽しんでおけば良かった……
……少し前の事です。旅行の帰り、飛行機の窓側の席に座る事のできた僕は、望遠鏡で外の景色を見ていたのでした。ちょっと子供っぽいかとも思いましたが、飛行機の上からの景色をそうして楽しみたいと、ずっと前から思っていたからです。そして、飛行機の進行方向に望遠鏡を向けた時です。何か見覚えのある建物が視界に入ったのでした。
あれ? なんだったかな?
僕はそれが何の建物か思い出そうとしましたが、思い出せませんでした。確かニュースかなんかで見た気がしていたのですが。
「何か面白いものが見えますか?」
そう悩んでいると、不意に隣の座席に座っている木野原さんという女性から話しかけられました。彼女とは初めてこの飛行機で会ったのですが、彼女の人当たりの柔らかい性格のお蔭か、短時間ですっかり僕らは打ち解けていたのです。彼女はおっとりとしているようでいて実は頭の回転の速い女性で、とても会話が楽しかったりもするのですが、その所為もあったのかもしれません。“あわよくば”と、そんな期待を僕が仄かに抱いていたのは内緒です。
「何か見覚えのある建物が」
そう僕が答えると、「建物?」と彼女は首を傾げました。
「面白いですか?」
「いえ、あんまり」
それから彼女は少し笑うとこう続けました。
「わたし、飛行機の中から望遠鏡で外を眺めている人を初めて見ました」
「はぁ、ずっと前から、一度試してみたいと思っていたもので。いけませんかね?」
「いえいえ、飛行機に乗るなんて、何があるか分かりませんものね。しておきたい事はしておくべきだと思いますよ」
それを聞いて、“不吉な事を言うものだ”なんて、僕は思ったりしたものですから、「何です、それ?」とそう尋ねたのです。すると彼女はこう返しました。
「ほら、ハイジャックとかされるかもしれないじゃないですか」
「そんな、まさか……」
「あら? 世の中、案外、“まさか”って思っている事が実際に起こったりするものですよ。オウム真理教が毒ガステロを起こすなんて、もしその前に聞かされていたら、“まさか”って思っていたでしょうし、北朝鮮の拉致事件だって同じでしょう。それに、ほら、アメリカで起こったハイジャックによる同時多発テロだって。まさか、テロリストが複数航空機を乗っ取ってビルに突っ込むなんてねぇ……」
僕はそれを聞いて「まぁ、確かに、そうかもしれませんね」とそう返しました。もっとも、そう言いながらも、まさか、この飛行機がハイジャックされているなんて僕は夢にも思っていなかったのですが。それは多分、彼女も同じだったろうと思います。それから彼女はこう続けました。
「そう言えば、あのアメリカのハイジャックの同時多発テロ事件で、原子力発電所が同様の手口で狙われる可能性が危惧されたらしいですよ。そう考えると、本気で日本も危ないと思わないと駄目かもしれませんね」
「そうですかね?」
「そうですよ。だって、日本も“テロと戦う”って宣言しちゃったじゃないですか。アメリカは世界中に敵がいる国で、だから常にテロに狙われる危険があるっていいますが、だから、日本もそれと同じくらいのテロ対策が求められるのかもしれません。ハイジャックなんて、特に警戒しないと駄目だってわたしは思いますがね」
「テロ対策は分かりますけど、どうして特にハイジャックなんですか?」
“テロ対策がエロ対策だったらどうしよう?”などと何故か思いながら(本当に何ででしょう?)、僕はそう尋ねました。
「だって、テロリストは、やっぱり少ない労力で最大限のダメージを日本に与えたい訳でしょう? で、ハイジャックってそれが可能なんですよ。わずか数人、場合によっては個人でハイジャックに成功した例もありますからね。そして、原子力発電所に飛行機を墜落させられれば、数万人規模の被害者を出せるんです。普通に考えれば、狙われる危険が大きいはずでしょう?」
僕はそれを聞いて「なるほど」とそう言いました。
「考えてみれば、アメリカの同時多発テロの後にも、航空機が乗っ取られたのじゃないかって事件は、けっこう起こってますもんね」
「そうですよ。しかも、航空会社は格安競争していますからね。コスト削減の所為で、実際にアシアナ航空機なんかで事故が起こっている。そんな中で、テロ対策だけは充分にやっているなんて、考え難いと思います。
因みに、わたしは原発に航空機が墜落した場合の対策について、具体的に日本が何をやっているのか調べてみたのですが、外部電源や冷却装置の設置とか指揮命令系統の強化以外には何も出てはきませんでした。多分、もし、そんな事になったら、福島原発事故と同じか、それ以上の被害が出てしまう危険が大きいのだと思います」
そこまでを聞き終えて、僕はふと思い出しました。それで「あっ」と思わず、声を漏らしてしまったのです。
「どうしたのですか?」
と、木野原さんは尋ねて来ました。
「いえ、大した事ではありません。さっき望遠鏡で僕が見ていた建物ですが、確か原子力発電所だったと思い出しまして」
「へぇ それは不思議ですね。わたし達の航路に原子力発電所はなかったように思うのですが……」
それを聞いて、僕は少し笑うとこう言いました。
「アハハハ。もしかしたら、この飛行機はハイジャックされいて、今から原発に激突しようとしているのかもしれませんよ」
「まさか、そんな事はないと思いますけどね」
「あれ? 案外、“まさか”って思っている事が起こるものなんじゃないんですか?」
「まぁ、そうですけどね」
そう言ってから、僕らは笑い合いました。もちろん、まさか、そんな事が本当に起こっているはずはないと思って。
ところが……
『この飛行機は我々によって占拠されている。今から、原子力発電所に激突するので、もう助からない。諦めなさい』
……その“まさか”だったのです。
なんと、いきなりそんなアナウンスが流れ、テロリストと思しき人達がコクピットの入り口の前辺りに現れたのです。どうやら、武器を所持しているようです。それからテロリスト達は、ある宗教の名前を口にしました。なんか、要するに、自爆テロみたいです。
“えー?”
僕と、木野原さんは顔を見合わせ、頭を抱えました。
“そんな、まさか……”
それからテロリスト達は、最後の別れを家族に告げる為、スマートフォンなどでメール等を送る事を僕らに許可しました。木野原さんは、それを聞いて、何かをスマートフォンに打ち込んでいます。
「アメリカに協力する愚かな選択をした日本政府の所為で、お前らは死ぬ事になるのだ。それをきちんと書くように」
なんて事を言っていたので、きっとテロの恐怖による心理効果を最大限に活かす為でしょう。そしてそれからしばらくが過ぎました。一時間以上は経ったでしょうか? 飛行機は原子力発電所の周囲を旋回しているようです。僕はすっかり泣き出しそうになっていました。機内には泣いている人もいます。そりゃ、こんな状況です。恐怖でパニックになっても無理はありません。ですが、何故か木野原さんは落ち着いていて、スマートフォンを見ながら「もしかしたら、助かるかもしれませんよ」などと言うのです。まぁ、冒頭で伝えた通りなんですがね。そして、これも冒頭で伝えた通りなのですが、僕は“一体、どこに助かる見込みがあるのでしょう?”と苦悩していたのでした。
ところがです。それから木野原さんは、「日本語がちゃんと通じれば良いのですが」と呟くと、突然に手を挙げテロリスト達に向かってこう言ったのです。
「あなた達に訊きたい事があります」
と。
“わぁ、勇気あるなぁ”と、僕はそれを聞いて思いました。やっぱり、泣き出しそうになりながら。何をするつもりなのかまでは分かりませんでしたが。
「なんだ、言ってみろ?」
と、テロリストは言います。
「あ、とっても日本語がお上手なんですね。凄いです」なんて、それに木野原さん。なんだか、とっても呑気です。
「日本に滞在して長いので」と少し照れながらテロリスト。やっぱり、とっても呑気です。そのまま会話は続きます。
「日本は楽しかったですか?」
「意外に」
「それは、良かったです」
日常会話か!
と、僕は思ったのですが、それから木野原さんは、テロリストにこう訊いたのです。
「わたしの記憶している限りでは、あなた達の宗教は、確か自殺を禁止していたはずだと思うのですが。果たして、こんな事が許されるものなのでしょうか?」
テロリストは首を横に振ります。
「いや、これは自殺ではない。神に自らの命を捧げる行為だ」
「そうですか? でも、神様はそうは捉えていないかもしれませんよ……。もしかしたら、怒っているかもしれない」
僕は彼女の言葉を聞いて、“そうか、彼女はテロリスト達を説得するつもりなんだ”とそう思いました。
しかも、自殺を思い止まらせようとしている。これは意外に上手いやり方かもしれません。テロリスト達は少なくとも5人以上はいます。これだけいれば、仲間に付き合っただけで本当は死にたくないと思っている人が1人はいるでしょう。僕はそんなタイプなので、よく分かります。
……もし、そうなら、仲間割れを引き起こせるかもしれません。
木野原さんは更にこう言いました。
「それに、神様はあなた達が死ぬ事をとても悲しむとも思いますよ?」
僕はそれを聞いて、“上手いかもしれない”とそう思っていました。これで死にたくないと思わせられれば、希望が見えてきます。テロリストはこう答えました。
「もし仮にそうであったとしても、それを確かめる手段はない」
それに木野原さんはこう返しました。
「そんな事もないのじゃないですか?」
その言葉にテロリストは揺れます。
「なんだと?」
目を大きく開いたのが分かります。
「何か手段があるというのか?」
「はい。神様に印を示してもらう事を願いましょう」
「印だと?」
「そうです。印です。約束してください。もし、その神様の印さえ現れれば、この計画を中止にすると。そして、あなた達は警察に大人しく逮捕されてください。もちろん、日本の法律に従う為ではなく、神様の意志に背いた罰として、です」
その木野原さんの言葉を聞くと、テロリスト達は顔を見合いました。そして、こう言ったのです。
「分かった。もし、本当に神の印が現れるというのなら、その通りにしよう。約束だ。しかし、お前の言う神の印とは何だ? 我々が認めるものでなければ納得はしないぞ」
僕はその流れを観て、“凄い、凄い”と思っていました。これなら、本当になんとかなるかもしれません。後、一歩です。ただ、肝心の“神の印”とやらを彼女はどうするつもりでいるのでしょうか? 彼らを納得させられるとは僕にはとても思えないのですが。それから、彼女はこう説明しました。
「簡単です。神様の印とは、これからあなた達が破壊しようとしている原子力発電所を、神様が先に破壊する事です。あなた達の愚かな自殺を止める為に、神様は奇跡を起こして、それを為すでしょう!」
為すかーい!
と、それを聞いて僕は思いました。
そんな確率の低い偶然に頼って、どうするつもりですか?木野原さーん! それに、原発が爆発したならしたで、困ってしまいます。何万人が犠牲になるか分からない。いえ、そんな事、起こらないでしょうけども。
「愚かな決断を下した日本人には、それで罰が与えられますし、あなた達の自殺は食い止められる。だから、神様ならきっとそうするはずでしょう」
テロリスト達はその言葉に納得をしているようでした。でも、いくら納得しても無駄でしょう。まさか、そんな天文学的確率の偶然が起こるはずもありませんから。
ところがです。そこで、木野原さんは僕に向かってこう呟いたのです。まるで、僕の心中を読んだかのように。
「“まさか”って思っている事が、案外、実際に起こったりするものなんですよ」
そして、そのタイミングでした。飛行機の窓の外に見える原子力発電所の屋上から、突如として、白い爆発が見えたのです。機内なので、音は聞こえませんでしたが、確かに爆発が起こっています。
“うそーん!”
僕はビックリ仰天していました。
テロリスト達も驚いた様子で、それを凝視しています。しかも、ネットのニュースでは、緊急速報で原子力発電所が爆発したと流れていて……
……それから約束通り、テロリスト達は計画を中止にして近くの空港に飛行機を着陸させると、警察に大人しく捕まったのでした。
飛行機から降りた僕は“良かった。なんとか助かった”とそう思っていました。いえ、まったく、良くはないのですがね。
しかし、原発が爆発するなんて。本当に、“まさか”って思う事が実際に起こるものなんですね。
「しかし、まさか本当に上手くいくとは思っていませんでした。やってみるもんですねー。良かった」
などと木野原さんは僕に言って来ます。空港のロビーに僕らは待機させられていたのですが、そこで。
「確かに助かりましたけど、複雑ですよ。本当に良かったのでしょうか? 原子力発電所が爆発してしまったのですよ?」
ところがそれを聞くと、木野原さんはこう言うのです。
「あら? 絶対に、良かったんですよ。だって、あの爆発は嘘ですから」
僕はそれに驚きました。
「は? 嘘?」
「はい。あの時、わたしはスマートフォンで、ツイッターで知り合った放送関係の人に作戦を伝えていたのですよ。撮影用の派手だけど威力のない爆薬を、原子力力発電所の屋上で爆発させて事故が起こったように見せかけてくれって。そうすれば、後はこっちで上手くテロリスト達を騙すからって」
「えっえー!?」
僕はそれに再び驚きます。
そのタイミングで、空港内にアナウンスが響きました。しかも、木野原さんが言っていた通り、原発の爆発は、テロリスト達を騙す為の嘘だと説明しています。
僕はその場にへたり込みました。「本当に、良かったー」とそう言いながら。
「ね? 良かったでしょう?」と、それを聞いて木野原さんはそう言います。しかし、それからこう続けたのでした。
「でも、もしまた同じ様な事があったら、二度と同じ手は通じませんね。まぁ、まさか、頻繁にこんな事は起こらないとは思いますが」
それを聞いて、僕はこう返します。笑いながら。
「でも、案外、“まさか”って思っている事が起こるものなのでしょう?」
もちろん、やっぱり冗談のつもりだったんです。ですが、それから僕はある事を思い出して不安になったのでした。それでこう言います。
「そういえば、木野原さん?」
「はい。なんでしょう?」
「アメリカで起こったテロは、同時多発だったのじゃありませんでしたっけ……?」
そこで、またアナウンスが流れました。
『緊急速報です! なんと、ついさっきの報道とは別の飛行機がハイジャックされていた模様です! 今、その飛行機は原子力発電所に激突しようと…』
僕らは顔を見合わせました。
まさか、こんな事が、実際に起こるなんて……
日本がアメリカに軍事協力するだろう線が、いよいよ濃厚になってきました。
その事の是非についてはここでは問いません。
ですが、それにより、テロの標的になる可能性が大きくなる点だけはほぼ確かでしょう。
なので、日本のテロ対策について考えてみました。
テロの中で、もっとも警戒しなければいけないのは、危険の大きさから考えて、原発でしょう。
その中でも、特に僕は航空機テロが危険なのではないかと考えました。
理由は…(作中でも少し述べましたが)
1.コストパフォーマンスが良い
これは、アメリカ同時多発テロの時にも言われた事ですが、「破壊を目的としたテロ」の場合、
航空機テロは極めて効率が良いのです。
最低限の武器さえあれば、少人数… 個人でさえ、決行が可能だからですね。
いえ、ドイツ航空機で副操縦士が起こした墜落事故では、武器さえ使用していません。
それで、巨大ビルですら破壊が可能で、その社会に非常に大きな損害を与えられます。
2.何度も航空機乗っ取り事件が起きている
アメリカ同時多発テロ以降、テロ対策を強化していると言われていますが、
にもかかわらず、航空機乗っ取り事件は何度か起きています。
更に航空会社の格安競争で、コストを抑えられている所為で、テロ対策も疎かになっている可能性が大きい。
つまり、成功の可能性が高いのですね。
少し調べてみたのですが、乗客が不安になるような体制の航空会社もあるようです。
3.(日本の場合、特に)原発までの距離が短い
空港から原発までの距離が近いので、仮にハイジャックされていて、原発が狙われていると分かっても、
対応が間に合わない可能性が大きいはずです。
旅客機の速度は、時速800~900kmです。ほんの数分で、原発にまで辿り着きます。
作中では、ストーリーの都合上、テロリスト達は1時間以上も待ってくれましたが、
現実は、こう甘くないでしょう。
さて。
更に付け加えておくと、個人でも可能なので、例えば病的に日本を憎悪するパイロットがいたとしたら、
それだけで原発に航空機を落とされる危険がある事が分かります
数十人以上の小規模な組織なら、同時に複数の原発を狙う事も可能でしょう。
もし、そうなれば、日本社会は半壊します。
こう整理をして話を考えてみると、
ヨーロッパでは、1兆円規模の予算をかけて、原発を航空機の墜落に耐え切れるように
しようとしている事にも納得がいくのではないでしょうか?(「原発 二重格納」で検索すればヒットします)
それだけ、危険が大きいって事です。
なにしろ、天災とは違って、テロリストは社会の行動によっては自ずから発生し、しかも、対策にも対抗してきますからね。
ところが、日本の航空機テロ対策は、作中でも述べた通り、
外部電源や冷却装置(どうも、放水器の事らしい)だけです。
対策が義務付けられているのに、です。
これでは、安全だとはとても言えない。
原発のある地元住民の方達が、反対している理由もよく分かります。
因みに、停止中でも原発は危険だといいますが、
「ドライ・キャスク」という保管方法なら、かなり安全になるそうです。
もちろん、僕も、”まさか”とは思っているのですがね。
ただ、理屈で考えると、安心できるだけの根拠がまるでなくて……
普段、自民党を支持している人も、原発に賛成している人も、少なくとも今の日本の安全基準には反対するべきです。