昇級試験
今日は昇級試験の日だ。午後からだからまだ充分時間があるが、午前中に自主訓練をしておきたい。
いつも通り、朝食の後、ギルドへ向かう。
「おはよう、ナタリー」
カウンターに座っているナタリーにカードを見せる。
「これ見てよ」
職種欄を提示する。
「また何か増えてるね」
昨日の事を簡単に話した。
「抜き打ちで試験なんて、ちょっとひどいでしょ」
「まあ受かったんだから良いじゃない。こっちにすれば、使える人が増えて喜ぶべき事だしね。
それより今日試験でしょ。昼からだよね。酒場でロウィンが待っているよ」
「本当だわ。また後でね、ナタリー」
リリアは酒場にいるロウィンのところへ向かう。
「おはようございます、ロウィン」
「ああ、ちょっと用事がある。午前中付き合えるか」
「はい、自主訓練をしようと思っていただけですから」
「わかった。試験までには帰ってこれるさ。それとこの前言っていた短剣だ。返すのはいつでも良い」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、ちょっと行くか。付いて来てくれ」
リリアは短剣を装備したあと、ロウィンに続いてギルドを出た。商店街の方に向かっている。
「ロウィン、買い物ですか」
「いや、違う。今さらだが、試験前に見せておきたい物があるんだ」
「何でしょう」
「付いてくればわかる」
ロウィンは商人ギルドへ向かっていた。
「お前も狩りをするようになったら、ここに納品することになる。覚えておけ」
「はい」
辺りには血と肉の生臭いにおいが漂っている。
「よう、ちょっと見学させてくれ」
カウンターにいた中年の男性が答える。
「久しぶりだな。ロウィン。商品に触らないようにしてくれよ」
「ああ、分かっている。邪魔するよ」
「失礼します」
リリアも入る。ロウィンは躊躇いもなく、奥に進んで行く。リリアは慌てて、後に続いた。
中では解体作業がされていた。獣がぶら下げられ、作業員が腹を開いているところだった。
「よく見ておけ」
腹から内臓を取り出し心臓や肝臓と腸等に分けられていく。
別の作業員が毛皮を剥がし、肉を切り取っている。
「これは街の肉屋へ売られる。それをまた肉屋が売り、俺たちが買って食べているんだ。
毛皮は物によっては、コートになったり、鎧になったりする。
今お前が着けているのもそうだ。大事にしろよ。じゃあ次だ」
リリアはロウィンの意図が判ってきた。試験は街の外へ出る。襲われた時、身を守る為には戦わなくてはいけない。対応出来る様に死骸に慣れさせようというのだ。
リリアはロウィンの後を追う。次の部屋では家畜がいた。鳴き声が聞こえる。まだ生きている。リリアの目の前でそれが殺され、ただの肉になっていく。
「誰かがしなくては。私達が生きるために、食べるためには、誰かがこれをして下さっているんですね」
知識としては理解していたが実物を見ると何とも言えない感情が湧いてくる。
「これだけだ。ギルドへ帰るぞ」
ロウィンが部屋を出ていく。リリアはまだ生きている家畜に少し目をやり、ロウィンの後を追いかけた。
ギルドへの帰り道、ロウィンが聞いてくる。
「どうだった。大丈夫か」
「はい。始めは少し驚きましたけど、平気です」
「そうか。俺は新人を指導する時、必ずあれを見せている。が、お前は大丈夫のようだな。
人によっては当分、肉を食べられなかったりするんだが、女の方が強いというのは本当だな」
「これでも料理が出来ますから。鳥の丸焼きなんかも作りますし。
神殿では鳥を飼育してるんですよ。普段は卵を採るためですが、聖人の日等には鳥を絞めます。
羽をむしるのはちょっとコツがいるんですよ」
今まで可愛がって世話をしていた鳥が、食卓へ上がるのをリリアは何度か経験していた。リリアが育てた鳥は健康で、肉付きが良くなることが多かったのだ。
「この様子じゃ今回の試験は楽勝だな」
「えっ、そうですか。だったら嬉しいです」
「ああ、試験内容が11級の依頼から選ばれるんだぞ。たいした内容じゃないさ」
「どれにするんですか」
「何を言ってる?」
「ですから、試験内容です」
「それは試験監督人が決める事だ」
「もしかしてロウィンが見てくれるんじゃ無いんですか?」
「なんだ、知らなかったのか。指導員は監督人にはなれないぞ」
「えぇ!そんなぁ。私試験内容より、知らない人に見られるせいで、緊張して失敗しそうです」
「いや、誰に見られていても、おまえは図太いから大丈夫だ」
「これでも一応か弱いところがあるんですよ」
「自分で言うやつほど強いんだよ」
「じゃあ今度試してください」
「どうやって試すんだよ」「急におどかすとか」
「それは違うだろ」
ギルドの帰り道、師弟の関係を深めた二人だった。
ギルドに戻るとまだ時間があった。当初の予定通り、リリアは十二時まで自主訓練をして、一汗かいた。
酒場の店主に注文をする。
「おじさま、果実水お願いします」
「あぁ、ほらよリリア嬢ちゃん」
「はい、ありがとうございます」
勢い良く、その場で飲み干す。
「体を動かした後のこれ。特に美味しいのよね」
「そんなに言ってくれると、果実水でも作りがいがあるよ」
「だって本当だもの。おじさま、お代わりとおすすめのランチを下さい」
昼とはいえ、酒場で食事を注文する客は少ない。昼でもエールの注文が絶えない。
「あいよ。テーブルで待っていな」
まだ帰らず、エールを飲んでいたロウィンのテーブルに向かう。
「相席させて下さい」
「かまわんが…昼飯くうのか。あれを見てよくそんな気になれるなぁ」
「あれはあれ、料理は料理です。それにちゃんと美味しく食べてあげないと、可哀想じゃないですか」
そこへ料理と果実水を店長が運んでくる。
「リリア嬢ちゃんの言う通りだ。ロウィン、あんたもエールとつまみだけじゃ無く、ちゃんと食事も注文してくれよ。
リリア嬢ちゃん、この果実水はサービスにしとくよ」
「やったぁ!ありがとうございます、おじさま」
太いソーセージに目玉焼きに温野菜にサラダ。白パンも付いている。
「いただきます」
おもむろにソーセージからかぶりつく。
「美味しそうに食うなぁ。お前、これから試験だろう。緊張で食べられなくなったりしないのか」
「それはありますよ。でも今回は楽勝だって言ってもらいましたし」
「まあ、確かに言ったけどな…」
「それにちゃん食べないと力が出ませんよ」
話をしながらもリリアは美味しそうに食べ続ける。
匂いに釣られてか、隣のテーブルから声が聞こえる。
「おやじさん、こっちにもランチセットだ」
今日の酒場は食事を頼む人が増えそうだ。
「ごちそうさまでした」
試験開始までもう少し時間があったので、ナタリーと話でもしようとカウンターに近づく。
ナタリーは中年に差し掛かったくらいの男性と話をしていた。が、近づいたらリリアに気がついた。
「リリア。こっちに来て」
「いいの?お話し中だったでしょう」
「ええ、リリアの話をしていたのよ。アレン、リリアよ」
「ああ、顔だけは見たことあるよ。いま注目のお嬢さんだ」
「リリア、こちらはアレンよ。今回の昇級試験の監督人だよ」
「リリアです。はじめまして。今回はよろしくお願いします」
「アレンだ。噂は聞いているよ」
「噂?どんな噂ですか」
「それはナタリーに聞いてくれ。ナタリーはギルドの情報屋みたいなもんだ。いろんな話を知ってるよ」
ナタリーを見ると横を向いてしまっていた。
「ナタリー、こっちを向いて。いったい何を話していたの」
「期待の新人だってことよ。あと可愛い子だよって。変な話はしてないよ。ところで、もう試験始める?まだ何か準備あるかな」
「私は大丈夫」
「こっちも大丈夫だ」
「じゃあ…」
ナタリーはカウンターの下から箱を取り出した。
「アレン、試験内容どうする?掲示板から選ぶ?こっちにする?」
「折角準備してくれたんだ。くじ引きにするよ」
そう言って箱に手を入れ、よくかき混ぜてから、一枚を取り出した。
「さて、どんな依頼かな」
ゆっくり紙を開く。
「おや、これは運が良いね。とても簡単だよ」
「何ですか」
「ほら、薬草採取だ」
「良かったね、リリア」
「簡単なんですか」
良かった、簡単だと言われても、リリアにはさっぱり分からない。ナタリーが説明してくれる。
「ああ、これはもう常設依頼になっているよ。あっ、常設依頼ってのは、常に補充が必要で、量も必要だから依頼をし続ける事だよ。
皆一度は受けた事があると思うな」
くじ引きに使った箱を片付け、代わりに分厚い本を持ち出してきた。
「依頼を受けるなら、名前と特徴を覚えて行かなくちゃね」
よく使われているのだろう。目的のページがすぐに開けられる。
「今回の草はルクルナ草。ほら、これ。傷薬になるんだよ。特徴をよく覚えて」
ナタリーはリリアが見やすいように本を差し出してくる。
「試験はギルドを出た時から、帰って来るまでだからね。監督人は危険な時以外は口出ししない。判らない事は今の内に確認しておいて」
「うん」
「それから、この草は採取する時気をつけて。根っこが残っていたら、また生えて来るから、次の採取に使える。
だから根っこを残して、地面から出ているところだけ集めるんだよ。
あとはまだ小さいのは残しておく事。効き目も薄いから、これも次にまわす。分かった?」
「分かったわ。もう少しこの絵を見させてね。
それから、この草の生えていそうな所を知らない?どこへ行けば良いか分からないの」
「場所は街近辺全てよ。普通にあちこちに生えているよ。街道沿いにもあるけど、多分小さいと思う」
「ありがとう。覚えたわ。私、これを知ってると思う。採取済みのものだけど、神殿で薬を作っているのを手伝ったことがあるわ」
「正解!この依頼人は神殿なのよ。三十セル以上の薬草をニ十本ってね」
「神殿での経験は以外と役に立つのね。あとは定規があったら貸してくれる?」
「備品だから持ち出しできないよ」
「今だけ貸してくれる?」
「いいよ。これでいいかな?」
リリアはロウィンから借りた短剣を取りだし、鞘から抜き定規にあてる。
「これが三十ニセルだから、これ以上の長さがいるのね。定規をありがとう。お返しするわ。アレンさん。途中で買い物してもいいですか?」
「かまわないよ。必要な道具を用意するのも、試験の範囲だ」
「わかりました。では出発します」
「俺は付いて行くが、なるべく気にしないでくれ」
「はい。じゃあナタリー、ロウィン、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「怪我するなよ」
こうしてリリアの昇級試験が始まった。
「アレンさん。雑談もダメですか」
「そうだ。いないと思ってくれ」
「はい」
リリアは雑貨屋へ向かった。ちゃんとギルド提携のマークが付いている。そこで手袋を購入した。雑草から手を保護する為だ。
その後、街の外に向かった。だがどこに行こう?近くの薬草は取り付くされているだろう。
リリアは街道を離れ、森へと続く小道を選んだ。あまり人が通らないのだろう。しばらく歩くと草が繁っている。リリアはここを探してみることにした。
膝から腰までの草むらを掻き分けて適当に進み、薬草を探し始める。
リリアは短剣を抜き、用心深く歩く。後ろからアレンも付いて来ている。
すぐに何本か見つかった。長さを確認しながら短剣で切り落とす。四本採取出来た。持ち歩くには邪魔になるのでアイテムボックスに片付ける。
迷わないように時々小道の場所を確認し、場所を変えては採取を行った。どうやらこの辺りはしばらく人が入っていない様だ。その分順調に採取が進む。が、突然リリアの動きが止まった。
「どうした」
アレンが尋ねてくる。
「静かに。動かないでください」
動きを止めるとリリアが警戒した訳が分かった。
微かに草が動く音がする。少しの間、耳を凝らす。
リリアが動いた。
「ここ!」
リリアが短剣を地面に刺す。いや違う。よく見ると蛇が首を刺されていた。毒蛇だ。
少しの間、体をくねらしていたが、すぐに絶命する。リリアは毒蛇もアイテムボックスにしまった。また、薬草を探し始める。近くに薬草を見つけた。これも採取する。
「もう大分取ったと思うんですが…」
アイテムボックスを確認する。二十六本入っていた。「アレンさん、帰りますね」
そう言ってきた道を戻って行く。いくらいない者だと思えと言われても、リリアには出来なかった。つい一言声をかけてしまう。たとえ返事が無いとしても。
夕日が沈みかけているが、暗くなる前に街に着くだろう。ギルドに戻るまでが試験。二人は黙ったまま街道にでて、街に戻ってきた。
まっすぐギルドへ向かう。ギルドにはナタリーとロウィンの姿があった。心配かけただろうか。
「ただいま、ナタリー。ロウィン戻りました。短剣ありがとうございます。役にたちました」
「おう、そうか」
「お帰り、リリア」
リリアは後ろを振り向く。「アレンさん。今日はありがとうございました」
「いや何て事は無いさ。何もしていないからな」
やっとアレンさんと話が出来る。試験終わったんだ。リリアの体から力が抜けてその場にしゃがみ込む。
「リリア!どうしたの?大丈夫?」
「おい、何かあったのか」
「すみません。大丈夫です。試験が終わったら力が抜けてしまいました。ずっと緊張してたんです。話も出来ないし…」
「なんだ。そうだったの。じゃあ酒場の席を借りて話を聞くよ」
「それがいいな。ほら立てるか」
「はい」
「ほらアレンも一緒に」
「そうだな」
ロウィンがリリアを支えすわらせる。
「店主、しばらく場所をかりる」
「あっおじさま。私、果実水が欲しいです」
「もう用意してあるよ。ゆっくり飲みな」
「ありがとうございます」
元気になって来たリリアをみて、一同は安心する。
「じゃあ話を聞きましょうか。それと依頼品の確認ね」
「ここに出しても良いの」
「とりあえずはね。確認にちょっと場所を取るけどね」
「じゃあ出しますね」
アイテムボックスから依頼品をだす。ナタリーが一つずつ確認をしていく。
「問題無さそうね。それに数が多いわ。一応買い取りにしておくね」
ナタリーはどこからか紐を出して、一括りにまとめた。
「それでアレン。結果はどう」
「大丈夫だ。文句なしの合格だ」
「だって。良かったねリリア。でも何でこんなに疲れてるの」
「だって、初めての人と話も出来ないのよ。会話が出来ないって辛かったわ」
「それって試験内容に関係無いわね。意外な弱点だわ」
「ロウィン。短剣をありがとうございました。無かったらもうちょっと苦労したと思います」
「いや、役に立って良かった。」
「俺は役立たずだったよ。毒蛇にもリリアさんの方が早かったからね」
「毒蛇が出たのが」
「ああ、だがリリアさんが一撃で倒したよ。そう言えば、アイテムボックスに入れていたよね。どうするの」
「あれは蛇酒に向いているんです。ここのおじさまに作ってもらおうかと思って…」
「蛇酒って変わった事知ってるのね。酒は苦手って言ってたのに」
「薬膳酒ですから…これも神殿の知識です。三年間の住み込みの鍛練は色々あったんですよ」
「神殿が怖くなってくるわね」
リリアは席をたち店主に蛇酒の話を始めた。
「今日はここまでにしておきましょう。アレン、お疲れ様でした」
「それじゃ先に失礼するよ」
「俺も返るか」
「ロウィンはダメ。もう暗いし、あの子を送ってあげて。一応、お嬢様なんだしね。」
「仕方ないな。おいリリア!帰るぞ。送ってやるよ」「はぁい。ありがとうございます。おじさま、よろしくお願いしますね」
こうしてリリアの昇級試験は無事終わったのだった。