神殿
神殿に行く火の曜日がやって来た。
何時もより少し早起きをして、軽くパンとスープの朝食を食べたあと部屋に戻り、神殿の平服に袖を通す。
今まで着ていた服は見習い用だったから、この服を着るのは初めてだ。なぜか背筋が自然に伸びる。少し照れくさい。
部屋から出て玄関に向かう。するとロビーに家族が揃っていた。父までいる。
「おはよう。どうしたのこんな時間に」
「それは…なんだって言うのか…」
珍しく父が言葉に詰まる。
「今日は巫女として初めてのお仕えの日でしょう。巫女装束姿を皆見たかったのよ」
母が代わりに答えた。
「なんか恥ずかしいわ。これからも見られるんだし」
なんとなく意地を張ってしまう。
今、この服に一番緊張しているのはリリアだ。お仕え前に汚してしまったらどうしよう。
「初めてっていうのが良いのよ」
姉のリアナがいう。
「ねえ様、本当に巫女なんだ」
弟のシオンが目を丸くしてこっちを見ている。
「ところで、役目は何になるんだ」
兄のケリーが聞いてくる。
「……に仕えるの」
「何?」
「巫女長に仕えるのよ」
「大役じゃないか。すごいぞ」
なぜだか拍手をされる。
「天啓に立ち会うの。シオン、あなたの天啓は私が一番近くで見守るからね」
「えっ、なんか恥ずかしすぎるかも」
「ほら皆リリアが遅れてしまうわ。送り出してあげましょう」
こういう時に皆をまとめるのは、いつも母の役になっている。
「そうだな。くれぐれも失礼の無いようにするのだぞ」
立ち直った父が言ってくる。
「はい。行ってきます」
「気をつけてね」
「行ってらっしゃい」
「頑張ってね」
「失敗しないでね」
それぞれの言葉で送り出してくれる。リリアは馬車に乗り込む前に振り返り小さな声をだす。
「ありがとう」
馬車に乗り込み皆に見送られて出発する。
「お嬢様。馬車を着けるところはこの間と同じで宜しいのでしょうか」
見習いから巫女になったから、気を使ってくれているんだろう。
「ええ、同じで良いわ」
なりたての分際で建物まで乗り付ける勇気は無い。問題なく神殿の裏口に着いた。
「ありがとう。帰りもよろしくね」
神殿の裏庭を通って、巫女長と同じ建物に用意された自室へ向かう。
そんなに広くはない。机と椅子にベッド、クローゼット。あとは書棚でいっぱいだ。書棚はまだ何も入ってない。これからリリアが自分で埋めていくのだろう。
これまで使っていた部屋は書棚とクローゼットが無かったから、これでもかなり優遇されている。
クローゼットには既に平服から礼服まで用意されていた。今日も儀式の側仕えだ。服は略礼装で良いから、平服の上に略礼装の上着を着るだけだ。羽織ってから巫女長の部屋に向かう。
ノックをしてからその場で名乗る。
「巫女長様、マリアナが参りました」
すぐに返事があった。
「入って頂戴」
「おはようございます」
「おはよう」
側近の二人が見当たらない。どうしたのだろう。時間を間違えただろうか。
躊躇いを気づかれたのか、巫女長が応える。
「あの二人には用事を頼んでいてね。直にくるよ。さて、着替えを手伝っておくれ」
略装は既に用意されていた。
「今日の立ち会いは午前だけで良いよ。午後はちょっとした試験を受けてもらうからね」
「試験ですか?いったい何をするのでしょう」
時間が厳しく管理されている神殿で予定外の事は珍しい。
「大したことじゃ無いから安心しな」
話をしながらも着替えは進めていく。
「いかがでしょうか」
「ああ、上出来だよ。さて儀式に向かおうかね」
先週と同じ様に儀式が進む。が今回の中には精霊の加護が全く無い少女が二人いた。
一人は魔力を感じた為、魔法使いの道があった。たがもう一人は何も感じなかった。百人の内、二三人はこういうことがある。特に珍しいことでは無い。
しかし天啓はどうなるのだろう。少女は泣き出しそうな顔をしていた。
「あなたには神の加護がある。魔力も精霊の加護も無いが、それ以外の自由な道がある。穏やかな道も荒々しい道も自分次第だよ」
「ありがとうございました。巫女長様」
少女は家族に囲まれて出ていった。
「大体の仕事は精霊の加護が無くても出来るものさ。商品を売るのに加護が必要かい。料理を作る時はどうだい。必要ないだろう。
あの子が進む道はあの子次第だよ」
巫女長はリリアに教える様に話かけた。実際教えているのだろう。それぞれに合った可能性を感じさせる言葉の選び方を。
「さて、午前はこれで終わりだね。マリアナ、午後は六番の練習室に行っておくれ。練習室じゃあそこが一番広いからね」
「はい、わかりました。巫女長様」
午後一時、リリアは平服で練習室のドアの前にいた。何が行われるのか分からないから、余計に躊躇ってしまう。
中には何人かの気配がある。深呼吸をしてノックをする。
ドアが開けられた。巫女長側近の一人ディアナだ。
「待っていたわ。さあ、中に入って」
見たことの無い巫女が二人と神官が一人、あと一般人らしき服装の男性が一人いた。
ディアナが問いかけてくる。
「巫女と神官の違いは何?」
「性別です」
「巫女長と神官長のちがいは?」
「同じです。性別の違いです」
「では長になるにはどういう条件が必要?」
「巫女又は神官として長年仕えた方の中で、精霊と魔力を持つ方が選ばれます」
「精霊と魔力の違いは何?」
「精霊は加護又は契約で対象者を守り、又は力を貸してくれます。
魔力は精霊とは関係なく本人が持つ力になります」
「その通りね。じゃあ実技に入りましょう。
あそこに輪を用意したわ。精霊に潜らせて。全部の精霊よ」
「はい」
リリアは何の動作もなく同時に六精霊を現させ、輪を潜らせてから自分の前で横に並ばせる。
「精霊はもう良いわ」
「はい」
リリアは精霊を帰らせた。
「次は魔力よ。あの輪に火をつけて。石綿で出来ているから無くならないわ」
「はい」
これにはリリアも集中力が必要だった。が、時間をかけずに点火出来た。
「次は空気中から水を取り出して、火をけして」
「はい」
リリアは同じくやり遂げた。一般人らしき男性に質問された。
「左手の指輪、もしかしてアイテムボックスかい?以前に魔道具屋で見た気がするんだが」
「はい。そうです」
「それじゃ、このハンカチを入れてくれ」
「はい」
リリアは指輪に右指を添えて言った。
「アイテムボックスオープン」
リリアだけに見える四角い空間が現れた。ハンカチを入れて閉める。
「クローズ」
近くで見ている者にはいきなりハンカチが消えた様に見える。
「次はハンカチを出してくれ」
再びアイテムボックスを呼び出し、ハンカチを出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
一体何をしてるんだろうとリリアは思った。
「次は何をするのでしょうか?」
「いや、もう充分だ」
神官が答えた。
ディアナが指示をだす。
「もう終わりよ。自分の部屋で待機していて」
「はい。では失礼します」
リリアは大人しく言い付けを守り部屋へ帰った。
午後四時過ぎ、ディアナが迎えにきた。巫女長が呼んでいるとの事だった。
「巫女長様、ご用でしょうか」
楽しそうに巫女長が答える。
「今日の試験だけどね。あれは大神殿から来た客でね。巫女と神官は精霊との契約を、もう一人は魔力を見に来たんだよ。
それにあなたは充分に応じた。つまり合格だ」
一体何に合格したんだろう。
「大神殿のお墨付きだ。マリアナ、あなたは『精霊使い』と『魔法使い』の職種を手に入れたんだ。
さあカードを貸して。登録するからね」
いきなり過ぎる。本人に了解も無く資格試験だなんて、と思いつつもカードをディアナに渡す。
ディアナは一旦部屋から出ていった。
「いや黙っていたのは悪かったよ。でもね、あなたは頑固なところがあるから、先に言うと受けないだろう。絶対合格するのが判ってるのにさ。
でもこれで神殿で取れる職種は、全部とった事になるね。あとは位が上がっていくだけだよ。
神殿に利用されるのが嫌なんだろう。確かにあなたは神殿にとってありがたい存在だ。居るものは利用するさ。だがあなたも神殿を利用することを考えた方がいい。
私は冒険者になることは反対しないよ。だけど手放したくないのさ。冒険者は若い間は良いが、年寄りになってまで続けられないだろう。それから神殿巫女になれば良い。今は冒険者の傍ら巡礼巫女をしてくれれば良い。
年をとるとどうしても先の事を考える。あなたも目的に達成したあとの事を少しだけ考えると良いよ」
「巫女長様は何になりたかったのですか」
「今なっているよ。巫女長さ。贅沢を言うなら大神殿の長になって見たかったねぇ」
ディアナが戻ってきた。カードをリリアに返す。カード内容を確認する。『職種:巫女、精霊使い、魔法使い、冒険者見習い』
「ありがとうございます」
カードをケースに片付ける。
「さて、今日の仕事はこれで仕舞いだ。皆ご苦労さん。もう戻って良いよ」
「失礼します」
部屋へ戻ろうとするリリアに声が掛かる。
「来週からはまた天啓に一日付き合って貰うからそのつもりでいておくれ」
「わかりました」
リリアは与えられた部屋で今日あった事を思い返す。
「なんだか色々ありすぎだよ。明日は昇級試験なんだからね。落ちたらどうしてくれるのよ。
…て言ったら喜ぶ人はいるわね。絶対受かって見せるわ」
決意を新たにするリリアだった。