指導者
三人で連れだっての買い物ではあるが、リリアの心情は一人の買い物も同然だった。自分で買い物をするのは、初めてで緊張していた。
「リリア、予算はどれくらいあるの?」
銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で大銀貨一枚、大銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で大金貨一枚となっている。金貨一枚で普通の家庭なら一ヶ月は充分に生活できる。
「一応、金貨十枚ほど持ってきたけど足りるかな」
「…何を買うつもりか知らないが、充分過ぎるな」
「そうね。スリに注意ね。ロウィンお願いね」
二人が会話をする雰囲気が暗いのを見てリリアは慌てる。
足りなかったのだろうか。
「あの、足りなければ屋敷に帰れば、まだあるから」
「いや、その必要は無いだろう。そうだろ、ナタリー」
「うん、まずはギルド提携の雑貨屋からね。銅貨で買える物ばかりだよ。ほら、あそこ」
示された先には店の名前らしき看板があった。ギルドのマークがはいっている。
小さな店だが、丁寧に整頓されている。
「ギルド提携のお店は会員割引があって、ちょっとお得なの。
カードを見せればいいだけだから、リリアもマークには注意してね」
「ええ」
聞こえているのか、店の商品を珍しそうに見ながら返事だった。
「まずは財布ね。あとは何がいるのか…ねぇロウィン。冒険者に必要なもの選んであげて」
「なんで俺が」
「やっぱり現場に出ている人の方が、必要なものが分かるでしょ。これも指導だと思って選んであげてよ。
それからこの後、防具屋にも行くからお願いね。
リリア、いい財布あった?」
リリアは商品を選ぶのに夢中になり、二人の会話を聞いていなかったらしい。
「この財布の模様が可愛くて、どうしようか迷っているんだけど」
「確かに可愛いけど、これじゃ余り入らないよ。まだこっちのほうが…」
ロウィンは二人が品定めをしている間に、雨具やカンテラ等を選んでいる。
「どうだ、決まったか?」
「はい、これにします。このリボンの模様が可愛いでしょう」
「じゃあ、これも一緒に買って置け。まだ先だが必要になるものだ」
「はい、ありがとうございます」
ナタリーもハンカチ等を買った様だ。
「つぎは防具屋だよ。リリアは何も持ってないでしょ。皮の防具一式くらい必要だよね。
その後は薬屋で回復薬とか買おう。それと魔道具屋で何か面白い物がないか、冷やかしもいいよね。
武器屋はまだ早いと思うし…最後は食べ歩きしようね」
ロウィンにとっては長い一日になりそうだった。
買い物が終わりギルドへ戻ってくると、ロウィンが話があると言い出した。ナタリーも同席する。
「ごめんなさい。いい忘れていたけど、ここには訓練所が併設されているの。
無料解放だから訓練に使ってね」
「それでだ、短剣を見せてみろ」
「はい」
リリアは腰に差している短剣を鞘ごと渡す。
「やはりと言うところか」
鞘から短剣を抜き、光に向けて鋭さを確認する。
「この短剣は束の部分に紋章が入っている。
剣の部分は実用は出来るだろうが、あくまで護身用だ。
長くは持たないだろう」
リリアには剣の良し悪しは判らなかった。
ただ、子供の頃から持たされていたお守りには間違い無かった。
「そこでだ。これは使わずに新しい武器が決まったら片付けて置け。
鞘の作りから見ても観賞用だ」
「飾り物…ですか。じゃあ新しいものが必要ですね」この短剣は六歳の祝いに父からもらった物だ。意匠はことなるが、兄と弟は剣を姉は短剣をもっている。
やはり、六歳の誕生日にもらったと聞いている。
「その前にだ。訓練をしたい。短剣の戦い方がお前にあっているのか分からないからな。
あと世知辛い話だが、一人で訓練する分にはいいんだが、教えを受けるとなると、教える側からすれば仕事になる。
授業料が必要になるんだ」
「しかも予約が必要なの。お金を払っているのに訓練が出来ないなんて事を避ける為にね」
つまり依頼の指導料の他に授業料が必要でそれだけ稼がないといけない訳だ。
「ギルドランクも昔は1級から6級までだったけど、依頼の失敗や死人が多くていまの制度になったの。
簡単にいうと1から3級は一流、4から6級で一人前、7から9級が見習い10から12級は訓練生なの」
「つまり私がどこまで進むか、まずは訓練からということですね」
「あと心配なのが回りからの視線ね。10から12級の仮登録なのに単独の依頼を出すのは、授業料を払ってもらう為でもあるから、裕福な人は逆恨みされやすいの」
それでギルドの朝はこんでいるのか。
「どうすれば昇級できるの」
「一応各級の依頼を十件こなせば昇級試験が受けられるよ。
試験監督人を連れて依頼を受けるの。当然上に行くほど厳しくなるね」
「じゃあ、私はあと八件ですね」
「そうだ。ここで問題になってくるのが神殿との掛け持ちだ。
早めに訓練と依頼を済ました方が良いから、予定を教えてくれ」
「はい。火の日と聖人の日、あとは年始の六日間に神殿に行く事になっていて、変更は出来ません」
「思っていたより少ないな。
もう一度聞くが、冒険者になるんだな」
「はい。迷うことはありません」
迷いの無い瞳できっぱりと返事をする。
「わかった。まず明日から訓練だ。依頼を受けるのも忘れるなよ」
「じゃあ、明日の朝からで予約入れておくね。頑張ってね」
「ただいま」
大荷物となった今日の収穫を抱えつつ、ロビーに入る。
「お帰りなさいませ。すごい荷物ですね。こちらへお渡し下さい」
「ううん。ごめんなさい。これは私が運びたいの。
今日、自分で買ってきた物なの」
「それはお疲れさまでした。大変ではありませんでしたか」
「とっても楽しかったわ。自分で選ぶって面白いことだったわ」
少し、よろつきながら部屋に着いた。
「ちょっと買いすぎたかしら?でもこれからの訓練に鎧とか必要だしね。
ほとんどロウィンが選んでくれたから、間違いないわ。後は来週には魔道具屋にアイテムボックスを引き取りに行って全部ね。でも割引して金貨八枚に大銀貨九枚は高かったかな」
結局、今日持っていった小遣いはほとんど使ってしまった。買い物の楽しさを覚えたリリアだった。
翌日、ギルドに朝早くからリリアの姿があった。ナタリーに挨拶した後、酒場で果実水を飲んでいた。ちゃんと自分で買った物だ。
昨日の外出で、買い物をしっかり覚えた。今日は小銭まで用意しているが、大金は持ってこなかった。スリにあったら困ると注意されたのだ。
昨日の外出を思い返しているとロウィンがギルドに入ってきた。
「おはようございます、ロウィン」
「おう、早かったな。早速訓練をするか」
「はい。でもお支払はどうすれば良いですか」
「お前担当になったナタリーが集計してる。後で支払えば良い」
「はい」
ロウィンに付いて行くと酒場とカウンターの奥にあるドアを開けた。
そこは地面になっていて、広さはリリアの屋敷が4邸程度入りそうだった。
壁にそってランニングの後が残っている。一周が大体四百メル位だろう。
すでに数人が自主訓練を始めている。
「まずは体力測定だ。柔軟性、瞬発力、持久力を確認するぞ」
リリアは神殿にいた頃も自主訓練はしていたが、通じるものか不安だった。
前屈から始まり、ジャンプや横とび、ランニングと続き、一通り終わった頃には汗まみれになっていた。
「ふぅ、次は何ですか」
「休憩だ。ただ体を動かせば良いもんじゃ無い。体を休ませるのも訓練の内だ」
自分の力はどう思われているのだろう、全然相手にならないのだろうか心配になってくる。
でもまだ始めたばかりだから判らないのだろうか。
「なんだ、どうかしたのか」
「いえ、何でもないです」
「ちょっと待ってろ」
そう言って訓練所から出ていく。すぐに戻って来たときには果実水を手にしていた。
「ほら、飲んでおけ。脱水症状になるぞ」
「ありがとうございます」
果物の酸味が体に染み渡るようだ。
「それから体力とかは他人と比べる必要はないぞ。自分の能力を鍛える為の訓練だからな」
「それは精一杯頑張れば良いってことですか」
「そういう事だ。弱いところを皆で何とかするのがチームだからな」
堂々と言い放ち笑っている。きっとこの前紹介してくれた人達のことだろう。
「もう動けるか?」
「はい」
「次に魔力はどうだ。俺は火の契約をしているが、お前も加護か契約をしてるんだろう。火の気配を感じる。
それに確か回復魔法を習っていると言ってたな。水も使えるのか」
リリアはどう答えたらいいのか、迷ってしまった。
嘘はつきたくない。でも本当の事を言っても大丈夫だろうか。
神殿との契約では秘密にする必要は無いとなっていたから話しても問題無いはず…
「あまり広まると困る話ですし、初めて他人に話しますが、私は六精霊と契約しているんです。
だから12才から神殿へ預けられ、これからも神殿の訓練を受けるんです」
ロウィンは聞いたことがすぐに理解出来ないようだった。
「…六精霊…六…ってことは、全部…」
「はい、全部です」
「……究極の魔法使い、いや精霊使いになるのか」
ロウィンと顔を会わせたく無くてうつむいてしまう。何もしてないのに孤独感を感じていた。
「何かすごいな。そんなの初めて聞いた。
でも冒険者になりたいんだな」
リリアは、うなづいた。
「だったら何も変わらない。いや少しは変わるか。
すぐに実戦に出られる実力があるわけだ。訓練も少なくてすむ」
思いもよらない言葉にリリアは顔を上げた。いつものロウィンのままだった。
「魔法の訓練が必要無いなら、武器の訓練だけだ。体力も問題なさそうだしな。
ああ、でも少しは驚いたから、六精霊をよかったら見せてくれ」
「あの他の人達がいるところでは、困るので…」
「じゃあ、あそこがある」
ロウィンはリリアの手をひっぱりカウンターへ連れていく。
「ナタリー、会議室の鍵貸してくれ」
「いいけど、どうしたの慌てちゃって」
「訓練で必要なんだ」
「ふーん、そうなんだ。はい、鍵ね」
ロウィンは鍵を受けとると奥の会議室に入った。リリアも引っ張られて付いて行く。
「ここなら大丈夫だろう。どうだ?」
リリアは回りを見渡した。10人位が入れる会議室だ。念のため、鍵を掛させてもらう。
「リリアだけじゃ不公平だな。俺の精霊も見てくれ」
そう言うとロウィンは手のひらを上にして、右手を差し出した。
しばらくすると夕日のような色をした、ゆらゆらと左右にゆれる楕円形のものが現れた。
「これが俺の精霊だ」
やさしい暖かさに満ちている。
「ありがとうございます。もう良いです。私の精霊達を呼びますね」
やはり手のひらを上にして両手を軽く前に出す。
すると手のひらより少し小さな真円が六個現れた。純粋な色で赤・青・緑・黄・白・黒の珠が手のひらの上をゆっくり巡る。
ロウィンは言葉も出ずにこの光景に見とれている。
「もういいですか」
「あぁ、すまない。ありがとう。素敵なものを見させてもらった」
ロウィンの態度はいままでと変わらなかった。
「無理を言ってすまなかった」
「いえ、大丈夫です。気にしないで下さい。それより訓練の続きをお願いします」
「そうだな」
会議室を出てカウンターに鍵を返してから、練習所へ戻った。
「順番に短剣から弓までバランスを見てみよう。
本格的な武器での訓練は、短剣と剣なら俺が教えられるが鞭や弓、投擲は別の者が教える事になる。
だから今日は気楽に動かしてくれ」
こうして初日の訓練は終わったのだった。