犬の散歩
ギルドは朝から多くの人が出入りしていた。
それに混じり12級の掲示板を見る。収穫の手伝いや犬の散歩、臨時店員などどれも危険なく出来そうな仕事だ。
動物好きのリリアは犬の散歩の紙を外しカウンターにもって行く。
「おはようございます、ナタリーさん」
「おはよう、ナタリーでいいよ」
「はい。朝からすごい人ですね」
「朝だからだよ。リリアもその一人でしょ。
朝に依頼が出てないか確かめて、その日の内に依頼を終わらすか、確保するのよ。
ランクの低い人は特にそうするけどね」
よく見てみれば、確かに掲示板が10級から12級のあたりが込み合っている。
「それで何を受けるの」
「はい、これを」
用紙を渡す。
「ああ、これね。よく出てる依頼だから犬と仲良くしてね」
「わかりました」
「あーもう、固い固い。そこは『わかった』でいいのよ」
といいつつ完了票を渡してくる。
「はいこれ。サイン貰うの忘れちゃダメよ」
「わかった」
「うん、それで良いのよ。じゃあ気を付けていってらっしゃい!」
「いってきます」
笑顔を残してカウンターを離れる。
「たしか大型犬だったはずだけど大丈夫かな」
ちょっと不安になるナタリーだったが、カウンターも混んできて忙しそうだ。一人の心配をしてられない。
「じゃあ次の人〜」
リリアは依頼者宅へ向かった。犬の鳴き声が聞こえる。
「おはようございます。ギルドから依頼を受けた者ですが」
奥から初老の男性が出てくる。
「おや、初めての人だね。うちの犬は大きいから男の方がいいんだけど、大丈夫かい?」
「はい。犬は好きですし、会わせてもらえますか」
「ああ、こっちだ」
ついて行くと庭先に黒い大型犬が繋がれていた。後ろ足で立ったらリリアの背をこえるだろう。
「わしも犬が好きでね。だが、年をとってくると犬に充分な運動をさせられなくてね。時々依頼をするんだよ。
だがどうだね。お嬢さんの手におえるかね」
「…かっこいい…」
「お嬢さん?」
「任せて下さい!」
リリアは真正面から犬に近づき指先を鼻の前で止める。犬に自分の匂いを嗅がせているのだ。
そのまま指を顎下へ伸ばし撫で始める。つぎは耳の後ろから頭へと順番に近づいて行く。
ここまで出来れば大丈夫だ。
「賢い子ですね。何て名前ですか?」
リリアは機嫌よく犬を撫で続ける。
「ああ、ランスというんだが…これは驚いたね。こんなに早く手馴づけられるとは思わなかったよ」
「ランスですね。じゃあ私がお相手させて頂きますがよろしいですか?」
「ああ、お願いするよ」
飼い主はリードを渡してくる。リリアはそれを犬の首輪につけ、小屋からのロープを外す。
「散歩ですが何か希望はありますか」
「そうだな。いつも最低限二時間は歩かせて貰ってるが、お嬢さんは出来るかな」
「大丈夫です。最低二時間ですね。もっとかかってもいいでしょうか」
「かまわないよ」
リリアは嬉しそうに答える。
「わかりました。ではお預かりします。おいでランス」
飼い主が驚くほどに言うことをきくランスだった。
リリアはまずランスが行きたがる方向とは逆に進んだ。またランスが離れて行きたがる方向とは再度逆に進む。
指導権を教えているのだ。回りの通行者の視線を無視して同じところを歩き続ける。
しばらくするとランスもわかったようでリリアの顔を見て歩くようになった。
「ランスいい子だね」
リリアはランスを連れてある場所を目指す。しばらく歩いて見えてきたのはリリアの自宅だ。
「こっちだよ」
使用人に門を開けない様につげると、ランスを裏庭へ連れていく。門を閉めると出口が無くなるのだ。
「あら、おかえりなさい」
姉が気付き声をかける。
「その子どうしたの?家で飼うのかしら」
「ちがうの。いま仕事中。ちょっと走らせてあげたくて連れて来ちゃった」
と言ってリードをはずす。初めての場所に緊張気味のランス。だかリリアの様子を見て安心したようだ。庭を少しづつ歩き始める。
「ねえ様、犬を連れて来たんだって、遊びたい!」
使用人から聞いたのか弟が庭に降りてくる。
「いいけど怪我をしてもしらないよ」
実は家族全員動物好きなのだ。ただ世話をする時間が無いため飼っていないだけで。
「何か遊ぶもの…ボールとロープでいいかな。あるかしら」
ボールはキャッチボールに、ロープは綱引きに使うのだ。こうしてランスは弟とリリアに遊んでもらい満足したようだ。
「さあ、そろそろかえらないとね」
気がつくとすでに三時間たっている。
返したくないとごねる弟をなだめ、ランスを返しに行く。
ランスは家に着くと進んで小屋に入り寝てしまった。依頼人が出てくる。
「あまり昼寝をしないんだが、よっぽど楽しかったんだな」
「遅くなってすみません。でもランスはとてもいい子でしたよ。私も楽しませていただきました」
「それは良かった。正直根をあげて帰ってくるかと思ってたんだがな。
また機会があったら頼むよ」
「はい。それでですね、完了票にサインをお願いできますか」
「もちろんだとも」
リリアは用紙を渡す。サインをして貰ったのを確認して返して貰う。
「ありがとうございました」
飼い主に別れを告げ、ギルドにもどる。
「ナタリー、はい完了票。お願いね」
「あら、無事だったのね。あれから確認してみると何人か噛まれた事が有ったみたいなの。
何もなかった?」
「ええ、とても楽しかったですよ」
「まあ無事でよかったわ。ロウィンが居ないところで怪我をしたら指導者の面子にか関わって来るからね。無理はダメだよ」
ナタリーは本当に心配してくれているようだ。
「ナタリー、お願いがあるのだけど、友達になってくれないかしら」
「友達?」
「私今まで家族以外にあまりお話相手になってくれる人がいなかったの。
ナタリーなら仲良く馴れそうなんだけど…」
恥ずかしながらも真剣に伝える
「あのねぇリリア。友達には成れない」
「そう…」
「でもね、ギルドの受付穣としては、もうリリアを目のはなせない仲間だと思っているよ」
「それって…」
「私は色んなギルドメンバーの相手をするから、リリア一人って訳にはいかないけれど、話や相談は遠慮なくしてよ」
「ありがとう。ナタリー」
「私だけじゃなく同じ気持ちの人はまだいるからね。特にロウィンとか」
「そうよね。一人じゃないんだもの。
私、早く皆とおなじ一人前になるわ」
リリアは笑顔になりナタリーもつられたように笑顔で返す。
「じゃあ、仕事をしなきゃね」
そう言ってカウンターに小銭をだす。
「今日の仕事の報酬金。忘れちゃダメだからね。
普通生活の為に仕事をするんだから、余計な話の前に依頼と報酬だよ。」
「わかったわ」
リリアは報酬をポーチにしまう。
「色々分からないことだらけだわ。まず財布から用意しないとね」
ゴン!
「ナタリー!大丈夫?」
リリアの言葉に思わずカウンターに頭をぶつけてしまったのだ。
「あんたってとことん世間知らずなのね。買い物したこと無いの」
「一人ではしたことないわ。神殿では与えて貰うもので生活するし、それ以前は幼かったから…」
ナタリーのリリアを見る目が厳しくなる。
「あの何かしたかしら」
「いいえ!何もしてない。それが問題なのよ」
リリアは訳が判らずナタリーを見つづける」
「明日、私は休日なんだけど、リリアの予定は?
それと自由に使える小遣いはある?」
目を会わせ、真剣な顔をして聞いてくる。
「明日はまだ何も。依頼を受けようと思ってたけどそれだけね。
お小遣いは自分で使った事が無いだけで、ちゃんとあるわ」
「じゃあ明日は依頼を受けないで休みにして。
一緒に買い物へ出掛けよう。絶対だからね」
カウンターから身を乗り出しリリアに迫る。
「ええ、いいわ。」
「じゃあ、明日は9時にここで待ち合わすってことで良いわね」
自宅へ帰ったリリアは母に明日は買い物へ出掛ける事を告げた。小遣いの管理は母に任せてあるのだ。
「侍女は連れていかないの?荷物は誰が持つの?」
「私だけで大丈夫よ。ナタリーっていう仲間も一緒だから。
それに私もう働いているのよ。自分の分は自分で管理したいの」
「いいわ。もう自分で判断出来る年だものね。明日までに用意しておくわ」
「ありがとう。お母様」
リリアが部屋を出ていったあと、寂しげに母は呟いた。
「こうやって皆一人立ちしていくのね。つまらないわ」
翌日、約束通りギルドにナタリーがすでに来ていた。ロウィンもおり、楽しそうに話をしている。
「おはようございますロウィン、ナタリー」
「よう、リリア」
「おはよう」
「話の邪魔をしてしまったかしら」
二人が目を合わせたあとリリアに答える。
「別に邪魔しちゃいない。お前の様子を聞いてただけだ」
「そうよ。もっとリリアの指導をしてもらわなきゃね」
「まだ草刈りと犬の散歩だけよ」
「だからこれからよ。段々難しくなっていくからね。そんな事より今日は買い物よ。ロウィンが荷物もちしてくれるから、いっぱい買うわよ!」
「おい、いつ俺が荷物もちになったんだ」
「たった今!」
「しゃあねえなあ。付き合ってやるよ。
ナタリーには敵わないな」
「えっと、よろしくお願いします」
こうして三人で買い物へ行くことになったのだった。