リリアの家族
「ただいま帰りました」
リリアは玄関の扉をくぐり抜け、三年ぶりの自宅を見渡す。何も変わってない。覚えているままのロビーに懐かしさを感じる。
「お帰りなさいませ。お嬢様。皆様、居間でお待ちです」
使用人が出迎える。
「今日からまたよろしくね」
「はい。お部屋はそのままにご用意してあります」
「お父様に変わりはないかしら」
「はい。そちらも以前とお変わり無いかと」
「そう。でも約束だものね。守ってもらうわ」
「お荷物をお運びしておきます」
「ありがとう。お願いするわ」
手荷物を使用人に預け、居間へと向かう。反対されているのは分かっている。でも、この為に三年間我慢をし、今後三年も神殿に関わるのだから。
居間のドアをノックする。ドアを開けようとしたら勝手に開いた。お母様だ。
「お帰りなさい。リリア」
ぎゅっと抱き締められる。子供扱いはいやだけど、久々なら悪くはない。
「ただいま。お母様」
抱き締め返す。部屋のなかには父、兄、姉、弟がそろっていた。母の腕をほどき中に入り、父の前に立つ。
「ただいま帰りました。お父様」
ちょっと困った顔をしている。
「うむ、よく戻ってきた」
兄弟たちからも声を掛けられる。
「おかえり」
「おかえり。遅かったね」
「お帰りなさい」
神殿にはまめに面会に来てくれたけど、迎えてくれる兄弟の声で自分の家にやっと帰ってきた気がした。振り返って返事をする。
「ただいま」
この一言も三年ぶりだ。でもここからが問題になる。リリアは再度、父に声をかけた。
「お父様、三年経ちました。お約束覚えておいでですよね」
「…気は変わらんか」
「はい。今日ギルド登録をしてきました。依頼も一つ終わらせてきました」
庭の草刈りだったけどね。
「もうそこまでしてきたのか。もっと考えてからでもよかったのではないか」
「わたくしの覚悟は変わりません。認めて頂けますよね」
父が小さくて深いため息をついた。
「わざわざ働かずとも良いというのに。しかも冒険者ギルドとは…もっと別に安全な職もあるだろう」
分かっている。これは父がリリアを案じるからこその言葉だ。
「それでも…ですわ。わたくしは変わりません」
「やむを得ん。神殿での地位よりギルドを選ぶと言うのだから。
だが、まだ三年ある。これは神殿との契約でもある。蔑ろにせぬように…あとは…怪我をしないように気を付けるんだぞ」
「はい!お父様ありがとう。大好きよ」
と言って父に抱き付き、頬にキスをする。
「ちょっとは大人になったかと、思えば全然変わらないなぁ。まあ背だけは伸びた様だがな。」
「あら、言ったでしょ。私は変わってないって」
「ああ、そうだな。何も変わらん。わしの娘だ。そういえばまだ言ってなかったな。
15才の誕生日おめでとう」
目尻にしわがよるほどの父の笑顔だった。
なぜだか涙が出てきた。
「おいおい、どうした今日は祝いだというのに」
「だって認めてくれないと思っていたし、誕生日なんて祝って貰えるなんて嬉しくて」
「そんなに喜んでいるなら誕生日ケーキはいらなかったかな」
「ケーキ!いる。いります。どこ?」
「やっぱりまだ子供だな。食堂に用意してある。皆で食べよう」
食堂に用意されていたのは特大のケーキだけではなく皆からのプレゼントもあった。
両親からはネックレスを9才年上の兄からは本を、3才年上の姉からは髪止めを、3才年下の弟からはぬいぐるみをもらった。
神殿では質素な生活だったので、娯楽本や身を飾るものなど縁がなかった。これはリリアの宝物となった。
神殿ではリリアは特殊な立場にいた。通常12才から住み込みの修行は行われない。
天啓とは『6素質』から相性がいいものを、精霊と契約している巫女または神官に見てもらうものだ。それにより魔法使いやまじない士、精霊使いや場合によっては、魔獣使いにもなれる可能性が分かるとされている。
適正は普通、一つから三つ位示されるものだが、リリアは違った。精霊と親和が高いだけではなく、『6素質』にも才があり、神殿でも天啓で済ますことは出来なかったのだ。
それゆえ、力の暴走を案じた神殿はリリアを受け入れ、修行を行ったのだ。
成長すれば力の加減も把握し、本人の希望への道が開けるだろうと。
しかし、リリアはすでに冒険者を希望していたため、冒険者にしたくない両親と神殿の思惑で6年に渡る契約がなされたのだ。
そのことはリリアも承知しているが冒険者になることだけは譲れなかった。
12才から外に出ることなく、訓練の成果か、リリアは6精霊すべてと契約する事が出来たため、このまま神殿に残る事を望まれた。
が、本人の思いは強く神殿もやむを得ず、一週間の六日、1ヶ月の六週間、一年の十二ヶ月のうち、毎週火の曜日の天啓の日と、聖人の日及び年始の行事に参加する事になっている。
リリアはすでに力だけなら巫女長を越えている。神殿としては放置できないというのが本音だろう。
だが本人の希望を無視できず、かろうじて繋がりを持ち続けることが出来るのは幸いといえるだろう。
明るい日差しが窓から入り込む。リリアはゆっくり目を覚ました。
神殿の硬いベッドとは違う、ふわふわの柔らかさ。寝心地が良くて少し寝過ごしてしまったようだ。
変わりない部屋に懐かしさと安心感を感じる。ベッドから起き上がり身支度をする。
あいにくクローゼットはほとんど空だ。昨日持ち帰った分しかないが、これからまた増えてゆくだろう。
改めて部屋を見渡す。
12才の時のまま、少し幼い感じもする。近々模様替えが必要だろう。
でもまだこのままでもいいかという気もする。
部屋が控えめにノックされた。
「はい、どうぞ」
侍女が入ってくる。以前と同じケイトだ。
「おはようございます。お嬢様。お支度の方はいかがでしょうか」
「おはよう、ケイト。見ての通り終わったわ」
「まあ、お手伝い出来ずに申し訳ありません」
「大丈夫よ。これからも朝の手伝いは要らないわ。全部自分で出来るようになったから」
「そうでございますか。それはそれで少し淋しいきがしますねぇ。
わたしのお嬢様が成長された事は喜ばしいことですけど」
「あら、まだまだ手伝いはしてもらわないと。
まずは洋服をそろえるところからね。だってまだ選ぶほど服が無いんだもの」
「さようでございますね。
ご準備がよろしいようなら食堂へどうぞ」
「ええ、ありがとう」
食堂にはすでに皆揃っていた。
「おはよう、待たせてごめんなさい」
「おはよう、まだ大丈夫よ皆、今きたところだから」
母が優しい笑顔で答える。「自分の席は忘れてないわね。座ってちょうだい」
「はい」
兄の隣、姉の向かい側が自分の席だ。
「じゃあ、いただくとしよう」
父の祈りから食事は始まる。
「今日の恵みがあることを、神と精霊に感謝をして頂きます」
「「「「「いただきます」」」」」
ただの朝食が豪勢に思える。白パンにスープ、ハムに卵焼きにサラダおまけにフルーツとジュースまで。
神殿では粗食で黒パンにスープが基本だったから。
自分がいかに恵まれているか実感する。
「ねえ様」
「なあに」
「僕、もうすぐ12才なんだけど、儀式ってなにするの」
「たいした事は無いわ。
神にお祈りを捧げて、精霊の加護を受けている巫女様か神官様たち六人に挨拶をして、最後に長様に祝福の言葉を頂き、素質を教えてもらうの。
すぐ終わるわよ」
不安そうに弟が尋ねる。
「ねえ様は違ったんでしょう」
確かに違った。各巫女、神官に挨拶を終えた時点で大騒ぎとなった。
精霊の加護を受けた者は自分と同じ加護を受けた者が分かるのだ。
リリアの場合、六人全員が加護を認めたため、今までに例の無い事態となった。
「私は例外。心配なら私が今素質を教えてあげてもいいけど、どうする?」
「うーん。止めてく。何だか楽しみがなくなってしまいそう」
「よくわかってるじゃない。こんなのはプレゼントと一緒で先に中身が判るとつまらないわよ」
向かいの姉から声がかかる「リリア、今日は何をするの。良かったら一緒にレース編みでもどう?」
姉は裁縫が得意で時間があれば手芸をしている。
水の加護を持ち、治療士でもある。
「ごめんなさい。今日はギルドに行きたいの」
「そう。じゃあ、後で私の部屋に来て。採寸をさせて欲しいの」
「わかったわ、お姉様」
不機嫌そうな父が話しかけてきた。
「何もそんなに急がずともよいだろう。久々に屋敷へ帰って来たんだ。ゆっくりすればいい」
父は土と光の加護を受けている。二つの加護は珍しくない。ただ光の加護が強く土は弱い。
光は人を導くと言われており、侯爵としての威厳は充分ある。
「無理ですよ、父上。」
と兄が助けてくれる。光と風の加護をもち、父の側近として務めている。
「リリアはずっと我慢してきたんですよ。頑固さは父上もよくご存知でしょう」
「そうですよ」
つぎは母が言い出した。
「帰って来たんですからそれだけでもいいじゃありませんか。」
母は水の加護を持ち、よく姉と手芸をしている。
「ごめんなさい、お父様。わたし早く一人前になりたいの」
「本当に言い出したら聞かないからなぁ。誰に似たのやら」
渋い顔をする父に母が言う。
「間違いなくあなたですわ」
「おい、わしはそこまで頑固じゃないぞ」
「あら、そうだったかしら。確か私たちが結婚を決めたときには……」
母ののろけ話が始まると長くなる。もう何回も聞きあきるほど、聞いた内容だ。
「ごちそうさまでした」
子供たちは次々と席を立つ。
「私もごちそうさま」
「先に失礼します」
「ごちそうさま」
食堂を出て直接姉の部屋へ向かう。
「お父様もお母様も変わらないわね、お姉さま」
「ええ。ずっと仲が良くてこっちがあてられてしまうわ」
「お姉様、採寸するということはお洋服を作ってもらえるのかしら」
「そのつもりよ」
「だったら、動きやすいものでお願いね。何せ破ったり、真っ黒になるかもしれないから」
「あらあら大変ねぇ。期待に応えましょう」