新しい生活
「もう行くのね…。本当に大きくなって…」
「うん。ありがと、おばさん」
「向こうにお姉ちゃんも居るし、心配する事ないさ…。なぁ?」
「うん。ありがと、おじさん」
太陽の日差しが、ビルの上から差し込んでいる。都会とも田舎とも言い難い、なんとも言えぬ程度に発展して来たこの街。そんなこの街の小さな児童養護施設の門の前で、休日の朝早くから寝癖の残る俺とおじさんたちは話し込んでいた。
「じゃあ、行ってきます」
「あぁ。行ってらっしゃい」
たったそれだけの会話を終えると、別れを告げる。
あまり長いこと話していると辛くなるから。
もう既に荷物は運んであるし、チャリで一走りするだけだ。会おうと思えばいつでも会えるのに、今まで何年もここで過ごしていたからか、やはり名残惜しく思う。
「弟妹たちによろしく言っておいて」
「分かってるさ」
「じゃあね」
桜もまだ蕾のままだ。まだ咲いてすらいない花もどこか寂しさを煽るように風に揺れている。
さて、これからは寮に入って一人暮らし。
いっちょ一走りしますか…
〜
目的の建物に着いた。チャリで大体20分は走っただろうか。やはり施設から遠くない。むしろ近いくらいだ。
この建物、すこし古めかしい雰囲気を醸し出している、二階建て、うぐいす色の屋根の寮。俺が入学した高校にも近く、施設の姉さんが管理人をやっている縁もあり、ここに入ることになった。俺の新しい住まいとなる。
「お、健悟。こんな早くから来るなんて聞いてないぞ?」
「って言っても今日からこっちだし。普通じゃね?」
「若い子は元気があっていいねぇ…」
「姉さんだってまだまだ若いよ…」
血のつながりのない姉。お互い捨て子だった身だ。施設にいた頃は仲良くしてもらってたけど、姉さんが成人してからは会う機会も減っていた。当然と言えば当然なのだろう。しかしこれからは毎日顔を合わせる事になると思うと、どこか懐かしさと嬉しさで口角が上がってしまう。
「んじゃ、早速部屋に案内するわ。こっち来て」
そう言うと俺を寮の中に案内してくれた。寮の中がやけに静かだったから、思わず聞いてしまった。
「なぁ、他に住んでる人とか…居ないの?」
「ちょうどあんたと入れ替わりで卒業しちゃったのよ…」
「なるほど…」
それならば仕方ないか。この寮は俺の通う高校の配属の寮なので、一般の人が住んでいたりはしない。学生が卒業し、退居してしまえばそれまでになる。
「それと、元々この寮…人気なかったしね」
「え、なんで?学校に一番近いのって、この寮だよな?」
「そうなんだけどさ…"ここ"、出るらしいのよ」
「……まさか?」
「"ここ"、出るんだって」
「今聞いたよ!」
「一階の一番端の部屋にね」
「…それ、"ここ"じゃね?」
"ここ"と言うのも、俺が案内された部屋が、一階の一番端の部屋なのだ。101号室。すごくありきたりな号室で、どこの寮にだってあるであろう号室。 そこに"出ちゃう"の?
「いやぁ、うちの寮ってさ、一階に5部屋あるじゃん?101号室なのか105号室なのか分かんないんだよねぇ…」
「それ、十分ヤバイから…」
「なんかあったら部屋変えてあげるからさ。それまで我慢してよ。ね?」
「……。何かあったらすぐだよ?」
「もちろん。任せて!」
「ハァ…」
とりあえず荷物を整理して、明日の入学式のために学校の下見にも行きたかったし、ここのところはこれでいいか…と、思ってしまったのだ。それに本当に出るかどうかなんて分からない訳だし。さっさと荷物を整理して、学校へ行ってみたい気持ちを抑えていられなかった。
「こんなもんかな?」
一通り整理が済んだ。衣類はクローゼットへ、本は本棚、雑貨は適当に置いておく。ベッドには布団も敷いておいたし、完璧ではなかろうか。
さて、学校へ向かおうかと思い、勢いよく立ち上がると酷い目眩に襲われてしまった。立ちくらみと言うヤツだろうか。本能からか、ベッドに倒れこんでいた。しばらくしたら治ったが、今まで経験したこともないような目眩だった。…心なしか寒気もするが、これは気のせいだろう。きっとさっきの話のせいで無意識のうちに気にしているんだ…。そうに違いない。気晴らしに早く学校へ行こうか。ドアを出て、姉さんに一言言って行こうとしたその時…
「ん〜、暇ぁ‼︎」
「ッ⁉︎ …気のせい?」
俺の部屋から女の子の声がしたような気がしたけど…きっと外からしたんだな。そうそう気のせいさ…気のせい。
「んぁあ‼︎ 姉さん!俺、出かけて来るからぁ!」
「ん?あぁ、いってらっしゃい〜」