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深紅の勇者

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  LADR

 1 ALL ERASE RED


 プロローグ


 ここは、館王高校。偏差値としては50くらいの少し難関な高校。その学校の2年4組。

 そこに赤城烈怒はいた。暇人な彼は、いつものようにスマートフォンをいじっている。 

 彼の本職は学生であって学生ではない。国際的ネットゲーム“ライドザライド”でハッキングを目的としたハッカーである。そう、彼は闇に生きる少年なのだ。

 だからといって、現実世界でも彼は根暗な生活を送っているわけではない。それとは対照的で、明るい生活を送っていた。

 クラスでは会長を務め、顔も広い。その割には帰宅部というのが―。

 ライドザライドという国際的ゲーム。なぜ国際的と名がつくのか。それはゲーム本来の特徴を大きく表している。

 ゲーム内にログインしているプレイヤーは、世界とつながっていて、メール、SKYPE、チャットなどいろいろなことが出会えるゆえに、出会った人とパーティーを組むことがやり放題だ。そんなSNSをゲーム内で可能とさせたそんな夢のゲームがライドザライドだ。

 ―の特徴はもう一つある。それはゲーム内へと体の意識を転送させるシステムである。それにより、ライドザライドではよりリアルな生活空間、フィールドの再現に成功している。また、そこで生活することも可能である。

 自らのアバターへの命令は、耳に付けたバーチャルコアという量子電波変換システムを搭載した、高性能な装置を通じて命令を送ることが可能だ。それに対する反応の速度はなんと0.00001秒もはや同時に動いているようなものである。

 現代の技術はそこまで進化していた。


 さて、話は現代に戻る。烈怒はいまだに―。そこへ背後から声がかかる。

「赤城君」

 自分のことを、いや、男子のことを君付けで呼んでくるのは彼女しかいない。

 烈怒はあくまで仕方なく振り向いてやった。

上半身を回転させた先に、目に映ったのは国川凛である。彼女が声の主だ。

「赤城君て、ライドザライドやってるんだっけ?」

「一応」

 一応どころではない。彼はハッキングを―で行っているのだ。そんな嘘も通じるのは何も知らない者たちだけである。=全員。

 その呟きにまともに受け止める凛。なんだか烈怒と比べるとかわいそうになってくるが、だまされる彼女が悪いと今は捉えるべきなのであろう。

「じゃあさ、今日、レオ・ルードで会わない」

 “会う”というのは簡単に言うと、パーティーでも組まないかという誘いである。現実世界で言うと、女子と男子だからデートのようなものだ。

 しかし残念ながら、烈怒は―していることがあまり公表にしたくないため、独り身。公表をしたくないのは当たり前である。

 そんなことも知らない凛はあっさりOKしてくれるのだろうと信じ切っていた。

「わかったよ。何時にする?」

 無理に断って女性を悲しませるのもなんだか気分が悪くなるだけだ。都合が悪くなったとでも言って、後で返事を返せばいいと烈怒は考え、今度こそ一応返事を返しておいた。

 時間を聞いても、烈怒は数秒後に忘れてしまった。

 そもそも凛には、誰だか知らないが好きな人がいるのだろう。彼女の携帯の待ち受け画面に映っているあの男性がおそらく・・・。

 一方で烈怒にも好きな人がいた。それは波村望美。合格発表で彼女の手を引いて以来、いわゆる一目ぼれという者をしてしまった。よく趣味が悪いと言われるが、そんなものは気にしない。彼は咲希のことが好きなのだ。いつも見つめている。だが、彼女は目も会わせてくれず、振り向きもしない。たまたまにも程があるなと。いつも悲しみに浸ってもいた。

 いっそ、凛と付き合おうかなと思ったが、彼女には―。なるべく邪魔はしたくない。だが、うまくいっているかどうかは、先ほどの会話からして―してなさそうだ。

 

 その頃、波村望美の話し相手は町田美帆に取られていた。

「ねえ、望美ちゃん。あたしライドザライド買ってみたんだけどさ。ちょっとよくわからない所あるから・・・望美ちゃん教えてくれる?」

「いいよ、大歓迎。あたしパーティー組む人いないからさ〜。なんかごめんね」

 そのうつむきがちな言葉に対して、美帆は明るい言葉で返す。

「何、お互い様だよ。一緒にがんばろう」

 初心者に励まされるのはなんだか気が引けるが、今日は上級者として頑張れることを誇りに思う。

 “パーティー組む人いない”自分で言った言葉を振り返ると、中学時代の思い出が甦る。あの頃は、嫌われてたな。そのせいなのか―は引きずられたまま高校へと持ち越され、今でも友達は少ない日々。

 望美自身が求めていた、自分を受け入れてくれる人は、未来にいると、信じここまで来た。その人は、すぐ近くにいるのに彼女は気づかずにいる。もはや絶望しすぎて、そんなセリフを言った覚えすらないようだ。

 

 

 

 

  一章  交わせなかった約束と出会い

 

 (1)


 約束の八時。レオ・ルードで待ち合わせたはずだった。

 美帆は望美に言われたとおりにレオ・ルードにやってきた。望美はまだ来ていない様子なので、そのまま待つことにした。

 望美が待ち合わせに遅れるということは、比較的珍しいことだった。

 ふいに肩を叩かれ、美帆は振り向いた。望美だろうと期待をしたが、それはあっさりと裏切られる。振り向いた先の視界に映ったのは、男だった。ルックスだけみるとかなりのイケメンである。

「・・・何か」

 意外にも最初に言葉を発したのは美帆の方だった。

「アイテムのトレード、いいかな?」

 声もなんだかよかった。問題は性格である。

 トレードの意味は普通に理解できた。それくらいなら、美帆だってわかる。

「ああ、トレード、ですね。何と・・・」

 初めての―に緊張しながら、美帆は自分のアイテム一覧を見る。

 残念ながら、初心者なので、まだアイテムは全然持っていない。レアアイテムと呼べるものはこれっぽっちもない。

「えっとね、傷薬持ってる?」

 それくらいなら、あったはずだと、再度―を眺める。・・・なんとか一つ持っていたようだ。

「はい、持ってますけど」

 緊張しすぎて、言葉はフル敬語になっていて、しかもがたがただ。

「なら、これと・・・でいいかな」

 イケメンの男は一枚のカードを差し出した。

 見たことがないアイテム。そこまで貴重とも思えない。そこにはOTA:シャクネツと書かれていた。

「これ、なんですか?」

 この人は自分より上の人なのだろうと思い、質問する。返ってきたのは、冷たい言い方だった。

「えっ、知らないの?OTA。オフィシャルチートアビリティ。略してOTA。使えばチート並の技が手に入るって。説明書に書いてあったんだけど、もしかして読んでない?」

 図星だった。冷や汗をかきながら、美帆は目を泳がせる。美帆は大雑把な性格、説明書などは読まずに、体で覚えるタイプだった。

「まあ、いいよ。これあげるよ」

 そんな軽々しく言うということはよっぽどの上級者なのであろう。そのOTAとやらがかなりのレアアイテムだということは理解できた。しかし、

「いいんですか、傷薬なんかと・・・」

 全然フェアじゃないトレードに、美帆はなんだか遠慮がちになってしまっていた。

「いいんだ。俺の趣味、初心者救済だから。遠慮なく受け取ってくれよ」

「あ、・・・はい、ありがとうございます」

 まだ後悔している。本当にいいのだろうか。

「あの、名前は・・・」

 せめて名前だけでも聞いておこうと。

「俺、ハヤト。OK?」

「あっ、はい」

 さっきからこれしか言っていない気がする。

 

 (2) 

 

 その頃、赤服の犯罪者はというと・・・。

 凛との約束もすっかり忘れてしまっていて、いつものネットポリス“ワイルドライド”から逃げ回っていた。

 ワイルドライドというのは、このゲームを開発した管理組織から直々にスカウトされた、ゲーム環境で犯罪を犯す者たちに正義の鉄槌を下すための集団。特徴としてはプレイヤーレベルがものすごく高い集団である。ライドザライドでのプレイヤーレベルの限界値は500なのだが、彼らの中には200近い数字のプレイヤーがぞろぞろといる。その中でも、今日は、いや今日もワイルドライドのリーダー“ヴィータ”が烈怒を追っている。

 最近はヴィータにしか追われていないので、逃走者の烈怒自身も飽き飽きしていた。

「また、あいつかよ。だっりいな」

 烈怒は後ろを振り向く余裕がありながらも、摩天楼の夜空を駆け抜けていく。

 ヴィータも負けじとひっつくように追ってくる。

「ちっ、“能なし”がしつけえんだよ」

 なぜ彼がヴィータのことを“能なし”と呼ぶのか。それは、今まで追われてきたワイルドライドの中でも烈怒が一番弱いと感じているからである。ただ単にレベルが高いだけで、ゲームとテクニックなどほとんどない。ただのゲームのやりすぎでレベルが高いだけで、ほとんど相手は力ずくの戦法に限る。あまり苦戦しないというのが現状だった。

「クリムゾンヒーロー!!今日こそ逃がさんぞ!」

 クリムゾンヒーローとは烈怒のゲーム上でのニックネーム。

 いちいち言葉に!がつきそうなほど声をバカでかく張り上げるヴィータはある意味厄介だ。だから今のところ一番飽きやすいワイルドライドのメンバーだと思っている。それでもリーダーか―。

「ほんとしつけえな」

 烈怒はもう面倒くさくなったのか、一枚のカードを懐から取り出した。

 そのカードを破り捨てる。その破れた裂け目から輝かしいほどの光が現れる。

 烈怒はそこへ瞬時に吸い込まれる。

 これはチートによる瞬間移動、“フィートンアップ”である。このカードを破ることによって、行ったことのあるタウンに一瞬でワープすることができる。カードは破られてもワープ後には元に戻る。一生有効なのだ。これにより烈怒はワイルドライドの逃走劇を繰り広げてきた。逮捕されずに済むのはこのカードのおかげである。

 しかし、チートだからといって、このカードは自分で作ったわけではない。ある人から譲り受けた大事なカードである。まあ、そのある人も犯罪に手を染めているらしいが。烈怒の知ったことではなかった。

 烈怒は光に案内され、上級者がたくさん集うタウン、デッドエンドロッキューにやってきた。

 ここまでたどり着いたプレイヤーのレベルは、大抵が150ほどの領域だろう。それでもワイルドライドに達していないということは、ワイルドライドのメンバーたちは超上級者とでも言えるだろう。ちなみに烈怒のレベルは188。―には少し及ばないが、そこはテクニックでカバーしている。

 フィートンアップによって飛ばされたデッドエンドロッキューに着いたと同時に、胸元に軽い衝撃を感じる。誰かとぶつかtt尚だろうか。

「ごめんなさい」

 目の前を見ると、眼鏡をかけた一人の少女が。もろ烈怒の好みである。しかしどこかで見た覚えがあった。

 

 その様子に先に気付いたのは彼女の方だった。

「・・・あ、かぎ?」

 チートにより、烈怒の髪の毛は今は金髪に染め上げられているが、確実に烈怒だということは輪郭や髪型でわかる。

 ライドザライドでアバターを作る際は、そのままの顔がカメラによってスキャンされ、そのままゲーム内へと反映される。

 今彼が金髪だということで考えられるのは、家で髪を染めている・・・しかし学校ではちゃんと似合わない黒髪だ。いちいち染めているとは面倒くさいだろうし、考えられにく。そうだとすると、彼はチートでも使っていることになる。

「あっ、・・・波村?」

 望美は烈怒が―だということをまだ知らない。彼がなぜ緊張しているのか、その意味はまだ理解できていない。

 望美は気になっていることを質問する。

「あんた、チートしてるでしょ」

「・・・えっ、ああしてるけど」

「よく簡単に―できるよね。信じられない」

 今のセリフで嫌われたも同然だ。吹いていた恋の嵐もそろそろ吹き止みそうだ。

 そもそもいつも片言だけで会話が終わって、いつもならこのへんで終了するはずだった。

 

 烈怒に幸運の星がやってきたのは、望美と出会って数分後だった。背後で叫び声が聞こえる。しかしそれが幸運の星ではなく、不幸の星かもしれない。

「クリムゾンヒーロー!!見つけたぞ!!今度こそはあ、逃がさんぞ!!」

 うるさい声を張り上げるのはあいつしかいない。もう追いついてきたのか。GPSでもつけられてたか、少ししくじったようだ。

 烈怒は舌打ちをするなり、振り向いた。自らのOTAによる赤く光り輝く剣を出現させる。

 どんな能力なのか、おそらく今の状況で存分に力を発揮することはないだろう。そのためにヴィータはOTAを装備していないようなものだ。打倒烈怒におけるために自らにOTAを取り込まないのが、“能なし”と呼ばれる理由の一つでもある。いや、ただ単純に馬鹿と一言だけ言ってもよいだろう。

 先制攻撃を放ったのは、ヴィータ。彼は謎のレーザーを手中から放った。

 それを見た周りの一般プレイヤー達は、いきなりの乱闘に悲鳴を上げるなどをして逃げていく。

 こんなレーザー、烈怒にはどうということはない。烈怒はバックステップをとりながら、難なく避ける。

 望美もちゃんと避けただろうか。巻き込みたくない人だ。

 なんとか彼女を逃がさなければ、危険だ。

「波村!!今のうちに、逃げろ!」

 烈怒は叫んだ。望美には、危ない目に会ってほしくない。

 しかし、その願いを裏切るのは望美自身だった。

 望美はこちらに駆け寄ってきた。緊張しているのか、心拍が上がる。何をするのか、気になって戦闘に集中できない。 

 耳元に唇を近付ける。

「手伝おうか?」

 予想外にも程がある言葉が飛んできた。思わぬ―にどう応答すればいいか、言葉に詰まる。

 忘れ去られていたヴィータはそのやり取りを見ていて怒り狂っているようだ。戦いに集中しろ―。望美の存在に手間取っているのは、烈怒もヴィータもお互いさまであった。

 ついに待ちきれなくなったヴィータは、再度手中からレーザーを放った。

 しかし、そのレーザーは、先ほどとは違う。何が違うか。まず色が違う。先ほどは美しいエメラルドをした、戦意などをもっていないような―だったが、今度は血のような鮮血な赤いレーザーを放った。

 烈怒は明らかに先ほどの―とは別物だと判断する。ここで望美をどうするか、判断に迷う。

 考えた挙句、彼女をいきなり抱き抱えて逃げるのもなんだか変態と思われてしまう。できればそんなことは避けたいため、烈怒は手に握ったままの赤い剣で薙ぐ。

 剣にぶつかった深紅の閃光は激しく火花を散らす。少しおされぎみのようだ

 その時、望美は烈怒の背後で自前の装備、フルートを取り出す。実際、こんな武器は珍しく、使っているプレイヤーはいない。考えられるのは、チートだが、そこまでこう威力なものでもない。ということは今から、望美が証明する。

 フルートを吹き始めるなり、辺りにきれいな音色が鳴り響く。それは戦意を喪失させるなどという、ゲームにふさわしいものではない。その逆である。

 烈怒は彼女のフルートが鳴り始めてから、かすかに手ごたえを感じていた。少しずつ押している。ような感覚の原因は誰か。それはタイミング的に咲希しかいないだろう。ようやく望美が言った言葉の意味が理解できた。

 そしてついに、烈怒の剣が逆転する。剣を勢いよく薙いで、レーザーをかき消した。

「な、何!?」

 驚きの声を上げる―。対照的に烈怒はにやけている。望美の力ではない、自分の力だと見せ付けるための演技である。これはあくまで望美を危険に犯さないようにするためで会って、彼女のことが嫌いなわけではない。

 だが、烈怒の性格上、顔が引きつって誤魔化し切れていない様子である。

 そんな下らない演技、散々付き合ってきたヴィータにはお見通しである。

「くだらない、演技をするなあ!!」

 ヴィータは再再度怒り狂って赤いほうのレーザーを放った。

 今度は避ける烈怒、しかし望美はどうかというと、反応できていないのか、棒立ち状態である。咄嗟に烈怒は足を動かし、望美の手首を掴んでは、こちらに引き寄せた。

 間一髪でレーザーは咲希の後ろにあった銅像へと命中する。ヴィータは誤った―で舌打ちをする。銅像は爆発した。

 そして銅像付近の煙が晴れた先に見えたものは、・・・熊のぬいぐるみである。なぜいきなり、すり替わったのか、それはヴィータにしかわからない。

「は?」

「かわいい」

 この状況下で、なぜこういうふざけたことが言えるのか、烈怒には全く持って理解が不可能である。

 望美とここまで深くなじむと、なんだか自分の思っていたこととは全然違う感情ばかりが湧いてくる。今のところ、空回りばかりのような気がする。これではいくら望美と一緒にいれてもやる気が出ない。

 さて、話は本題に戻る。もしかしてあの赤いレーザーをうけてしまうとぬいぐるみになる。というのがあの―の効果だろう。面倒くさいものをまた・・・。

 一気に決めるしかないと判断した烈怒は右腕に赤い光の大砲を装備する。それは今の―剣が大砲になっただけである。そして一気に決めるにはこれしかない。

 烈怒は左腰にあるスラップスイッチを思い切り叩きた。そこから鳴り響くのは、

〈ザ・X〉

 ザ・xというのは、ライドザライドで言う、個人の武器やOTA、ましてやその人専用の必殺技のことを言う。烈怒は最終手段として、―を放つことにした。

 烈怒の赤と黄色いラインを基調とした服がその黄色いラインが、周りと同様、赤く発光する。

 これで決める―。決めたら望美とは喋る機会が増えるだろうか、そんなことを期待しながら烈怒は大砲のトリガーを引いた。

「喰らえよ!!」

 その砲口から飛び出した巨大な弾丸:ドレッドファイアはヴィータに向かってすごいスピードで向かっていく。

 襲いかかる弾丸をまともに食らってしまったヴィータ。爆発を起こし、ヴィータを撃退することに成功した。

 と、烈怒は浮かれていた。

 こんなにワイルドライドを甘く見てはいけない。

「ワイルドライドを、舐めるな!!」

 煙が晴れた先に―の姿はなかった。逃げたのではない。避けたのだ。あのとき、ヴィータの本体は既にそこになく、攻撃を受けたのはまさかのヴィータの分身体。どこからそんな技術を応用してきたかは知らないが、烈怒は驚愕の真実に目を見開く。

 ついに逮捕となるか、クリムゾンヒーロー。

 

 望美の目にはヴィータの後ろ姿が映っている。そして気づいていない烈怒の後頭部を―。

 烈怒はその場に倒れ伏せる。

「赤城!!」

 つい彼の名前を呼ぶ。ここで烈怒が無事だったら彼は喜んでいただろうに。あくまで無事だったらの話である。

「波村・・・、逃げ、ろ・・・」

 彼の呟きが聞こえたのか聞こえていないのか、望美はヴィータに膝が震えている。

 ヴィータは―烈怒を蹴飛ばして、邪魔が入らないようにする。

 望美の―化へのカウントダウンは始まっている。いや、もはやする必要などあるのだろうか。

 振り向いたヴィータ。望美はさらに―。

「全く、水を注すような真似をしてくれたものだ。おとなしくそこで、黙って見ていればよかったものを!!」

 ついにヴィータは―。

 

 望美の体に爆発が起こる。できれば烈怒にはそんな姿を見せたくなかっただろう。

 その時、ヴィータの背後で砂利が踏まれるような音が聞こえる。そんな程度じゃ、自分を倒すことなどできない。ヴィータは振り向かないほどに余裕をかましていた。

 そして烈怒は―。頭にまだ痛みは残っている。最後の力を振り絞って左腰のスラップスイッチを叩いた。両手で握った剣を思い切り振り下ろす。

「シンジュリン、ファントム!!!」

 振り向いたときにはもう既に遅かった。ヴィータはまだ余力が残っていたとも知らず、今度こそまともにその斬撃を食らってしまう。烈怒が切り裂いたのは、ヴィータの右目。叫ぶ―。いつも声がバカでかいため、叫び声はもっとうるさい。その隙に、烈怒はぬいぐるみとなった望美を拾い上げ、〈フィートンアップ〉のカードを破り捨てた。


 烈怒が次にやってきたタウンは。レオ・ルード。しかしいくら人の多いレオ・ルードと言っても、人目の少ないところはいくらでもある。人も通らないような町はずれの場所に烈怒はワープしてきた。

 呼吸を荒くしながらも、烈怒は壁にもたれかかる。彼女を守れなかった。今はどうにもならないような悔しさがこみ上げてくる。

 そんな時、皮肉屋な雲がやってきて、冷たい雨を降らし始める。次第に大粒となっていく雨に、烈怒は―すぎて何も感じない。ただ音がうるさく冷たい。ただそれだけを感じる。 

 リアルで望美はどうなっているのか。それは明日の学校で確認するしかない。絶望に重なるのは、絶望だった。

 烈怒はメインメニューを開き、ログアウトをタッチした。

 しかし、表示されるのは、ERROR。なぜだ。烈怒は不思議に思ってログアウトをタッチし続けた。しかし返ってくるのは同じ反応ばかりだ。バグかなにか。さらに焦る。何かの間違いであってほしい。それでもログアウトは烈怒に逆らい続ける。ハッカーの彼がハッキングされたというと笑い物だろう。今彼の身に起こっていることは全て現実である。夢などではない。

 ログアウトできない―。

 

 (3)

 

 ハヤトは雨の中を一人駆け抜けていた。どこか屋根のある場所を探して。

 走り続けた末に見つけたのは、同じく雨に当たっている女性だった。しかし、彼女はそこにずっと立ちっぱなしの様子である。まるで誰かを待っているようだ。

 ナンパのターゲットとして、狙いを定めた。 

 彼女のとなりのベンチは、まるで自分のためにあけているかのようだ。

 

 凛はというと。雨の中、烈怒が守るはずのない約束を信じて傘もささずに集合場所のレオ・ルード2番街のアイテムショップの前で立ち尽くしていた。

 雨で小さな水たまりが大量にできた地面を、急ぎ足のように駆けてくる足音が聞こえる。おそらく雨宿りの場所を探しているのだろう。と、凛は振り向きもしないで、足音だけで想像を広げていた。

 その足音を立てる主が話しかけてくるのは予想外だった。

「お嬢さん、一人かい?」

 凛はその声に顔を上げた。目線の位置は同じくらい。いや、彼の方が少しばかり高いような気がする。その目線もベンチに座ってどんどん下がっていく。

 にこやかにほほ笑んできたその男性プレイヤーにはどこか懐かしい雰囲気があった。しかし、今更初めて会った人を疑って、記憶をたどるのも面倒だ。それに下手したら迷惑や失礼をかけることとなる。

 そんな―の返事に迷っていて、結局思いつく言葉はなく、曖昧に返事する。

「あなたも、一人ですよね?」

 誰もが見てわかるようなことを言う。

 だがその単純な言葉は、相手にとって意外な反応をさせることとなる。

 ナンパ男は、言葉に詰まったのか、唖然とした表情をしている。

「・・・・・・たまげたぜ。・・・誰か、待っている様子だし、じゃあ」

 と言って男はベンチを立った。

 その時、凛に何かが芽生えたのは確かだ。

 この男は、どこかで見た覚えがある。彼と今、分かれてはならないような気がする。今、烈怒が来ないのなら、彼と少しくらい放してもいいだろう。

「あの!・・・」

 その意外な声に―は振り向いた。

「名前、・・・教えてくれませんか」

「今日で二度目だな。そのセリフ。・・・風間速人」

 凛はその名を聞いて、思わず声が漏れる。首をかたげるほどに。風間、速人。・・・考えるまでもない。彼は、彼は。

「本当に、風間君なの?」

 凛は速人に問いただした。


 自分のことを君付けで呼んでくる人。思い当たるのはあいつしかない。

 この名前を口にするのも、2年ぶりか・・・。懐かしさを覚えながらも安心をも覚える。

「・・・凛。国川凛」

 変わっていない姿を見て、速人は安堵のため息をついた。

 凛は笑顔を絶やすない。よほどうれしいのだろうか。

「風間君だ。風間君だ!!」

 凛はずっと驚きながら、速人の全身をあちこち眺めたり、体を触ったりしてくる。

 やめろ、くすぐったい―。なるべく喜んでいる様子を止めたくはない。だが、今は気まずい。

 なんだか無邪気な凛を見ていると、ついさっきまでカッコつけていた自分がバカらしくて気持ち悪くなってきた。

「凛。・・・なんだけど、パーティー組まねえか?」

 まだはっちゃけている凛に話しかける。聞いてくれないと思っていたが・・・。

「えっ、あたしと!?」

 意外にも耳を傾けているようで驚いた。速人は焦らず、冷静に話を続ける。

「俺さ、管理組織に雇われててさ・・・」

 

 その言葉を聞いて、凛は体を凍らせる。管理組織というと、ゲームを作った―たちのことを指しているのだ。そんな秩序を守るために何をしてもかまわない、嘘も方便な奴らに彼が雇われていると聞くと、身の毛もよだつ。

 親友は変わり果ててしまった。凛はさっきまでハイテンションだったものが、今は少し下がっている。自由を求めてプレイしているはずのゲームを彼が一部を取り締まっているというのはあの悲劇を忘れてはいないということだろうか。速人にも考えがあるわけで、凛が口出しできるわけじゃない。

「なんで、そんなとこに・・・」

 何気に気になるのはそこである。もう話題はそれてしまった。速人は気にしていないようだ。それもそのはず。彼から意外な真実を話しかけてきたのだから。“パーティーを組む”というのもなんだかフェイク、下準備のようなものだろう。

「・・・なんだか、なあんにも知らねえ奴らが普通にゲームしてるとよ、・・・ムカついてくるんだよ」

「・・・風間君、まだ、根に持ってるんだ、ね」

 言葉がとぎれとぎれなのはお互いがお互いを知っていて、記憶を掘り起こさないように慎重に話をしているからだろう。

 速人も思いだしそうになったのか、言葉に詰まる。

 ようやく口を開いたのは凛がうつむいていた時だった。

「そりゃそうだよ。・・・だから今、悪い奴らに、普通にするように言いつけてるんだ」

「どういう、こと?」

 今度こそは正真正銘言ってることが分からない。

「だからチートしてるやつとか、ちょっとしたネットポリスだよ」

 最後の言葉に凛が反応する。ライドザライド内では公式にネットポリスがいた覚えがある。なんか白いローブみたいなのを着てたような―。

 記憶から抜き出したのはワイルドライドのことだった。速人はもちろんそのことを知っている。

「なんかいなかったそういう―。かぶってる」

「まあ。それでも人出が足りないって言うから、俺は金で雇われてるだけで」

 なんだかそんなケチくさい所だけは変わっていない様子だった。小さいところだけは安心できる。

「パーティー組まないかっていうのは、どういうこと?」

 ここでやっと思い出したのか、話題が元に戻る。速人もそういえばという心境に陥る。ここで凛がそんな質問をしてくるとは思わなかった。

「ああ、それね。・・・手伝ってくれないかなっていうだけだよ」

 

 何気ない返答が、凛を意外な―に追いやる。

 それは、さらにあの悲劇を思い出させる。おそらく速人も答えたくはないだろう。

「いいよ。あたし、手伝う」

 その真剣な表情を目にした速人は、逆に驚いてしまう。

「マジで言ってんのかよ。冗談だろ」

 凛は首を横に振ってきっぱりと否定する。否定されて速人はさらに驚く。立場も逆転してしまった。

 なんだか凛には悪い気がしてならない。自分も思い出したくないことを、相手に思い出させてどうするのか。一方的に自分が悪い気がしてならない。

「だって、風間君と行動してれば、・・・いずれ・・・あの人―とも会えないかなって思って」

 がんばって笑みを作る凛。今の彼女には無理があるような気がする。それと、あの人に会いたい。無理な願望を、言われてもプレッシャーがかかるだけだ。

 唖然としている速人の表情を確認した凛は、焦って誤魔化す。

「ごめん、ごめん。冗談。でも、一緒に行動したいっていうのは本当―」

 速人が言葉を遮り、声を上げる。

「お前、本気で言ってんのかよ。あの人って、・・・古城絆のことか。古城のことだよな。お前のことだから・・・。ほんとのこと言ってくれ、俺には・・・何ができる」

 気持ちが高ぶってついには凛の肩まで手が伸びていた。話を聞くより、そちらの方に目が言っている。耳はしっかり傾けているつもりだった。

「現実見ろよ!!俺たちが、俺たち六人が今生きているのは、誰のおかげだよ。あいつのおかげだろ、あいつがし」

 言おうとしていた言葉は、いつの間にか泣いていた凛に遮られる。

「古城君は死んでない!!死んでないよ。・・・簡単に死んだなんて言わないで。最後どうなったかも知らない癖に。勝手に決めないでよ」

 泣き叫ばれては心が痛む。速人も深刻な表情へと移り変わる。言葉に詰まる。それでも彼女には教えなければならない。これは、義務なのか。

「だから現実見ろって言ってんだよ!!」

 考えた結果、彼女を説得する言葉はこれしか思いつかない。シンプルに彼女を説得できるのはこれだけだ。

 泣き崩れた凛はついに縦膝をついて速人の胸元に泣き伏せる。泣き声が耳に響いてくる。雨が土砂降りになる。どちらの音も、うるさい。そして彼の心の中にも響いてくる。言い表せれないくらいの、罪が。

 女性をこうしたのは初めてかもしれない。自分より先に女を、凛を抱いていた絆だったら。もっと楽に打ち解けていただろう。こんなこと言わなければよかった。女性を泣かせるのは男性誰もが趣味じゃない。後からこう解するのは、なんだか趣味じゃない。

「お前だったら、どうするんだよ。古城」


 (4)


 ここは、ワイルドライド本部。半永久金埋蔵都市ゴルド・パラダイスの中にそびえたつ巨大なビルである。外壁、内壁共にノワール色をした摩天楼の中でもひときわ目立つう物である。

 そのゲートを潜り抜けた人物が一人。右目に怪我を負っているのはクリムゾンヒーローのせいである。

 ヴィータはなんとか力を振り絞ってエレベーターのボタンを押した。


 エレベーターがヴィータを案内し、たどり着いたのは会議室。そこも今は明かりがともって明るく見えるだけで、内壁は同じように黒一色である。

 ヴィータの目に映ったのは、長い円形のテーブルにワイルドライドのメンバー。

 ヴィータは空いている席に座る。自分を待っていたのだろうか。沈黙が走っていた。

「遅かったな、お前待ちだぞ」

 と冷静に腕を組みながら喋るのはアルタイルだ。腰まで垂らした長い髪は長い間散髪をしていないせいだ。

「悪かったな。少し手間取ったんだよ」

 いくらどなり声を上げるヴィータでも、場の雰囲気を読むことくらいの常識を持ってはいるし、アルタイルに言われては手も足も出ない。

「まあ、今日はヴィータの話題だけどな。ははは」

 無邪気な笑い声と、子供のような喋り方と顔つきを見せるのはスリー。いつも人をからかうような口調は癖というよりそういう性格なのだろう。

 彼に―されると、相変わらず腹が立つのはなぜだろう。いきり立ってヴィータはニラ見る蹴るような視線を送る。

 するとヴィータのとなりにいた、

「やめとけ、凍るぞ」

 声をかけたのは赤城大和である。

 “凍るぞ“というのは、アルタイルのOTA:ブリザードによる冷凍能力をただ一言で言い表したものである。相手の温度が冷気より高くない限り、相手を確実に凍らせることができる。

 それを再度警戒したヴィータは、焦って睨むのをやめる。そうなると、またスリーに怨念というものが湧いてくる。

「では、本題に映るか。・・・それと出欠の確認だ。いないのは、・・・フウマとゴートゥか。まあいい。今日の議題は、先ほどスリーが言った通りヴィータの件だ」

「まったヴィータかよ〜」と皮肉たっぷりに言うのはマグナムである。けだるそうなのが性格そのままに伝わってくる。

「ほんと懲りねえよな〜」

 スリーがわざとらしく言う。

 自分がいじられるキャラだというのはわかっているつもりなのだが、どうも受け止めることができない。

 その点でそれをいつも利用するのがスリーやマグナム、大和・・・てほぼ全員ではないか」

「またヴィータなら帰るぜ」

 大和はあきれたような表情で席を立とうとした。

 その時、テーブルの真ん中にあるバーチャルモニターが出現する。三角形のモニターなので、一面一面に―が映り、全員がそれを見れるようになっている。そこからCGで人の顔が出現する。ここから話しかけてくるのは一人しかいない。

 金髪の男は大和の方を向いた。

「ヒ、ヒロリア!?」

 大和は危うく席を立つところだった。これは彼に逆らっているようなものだ。

 ヒロリア・B・レイダム。ワイルドライドを雇っている張本人であり、ライドザライドを作った片目の鎖がぶら下がったレンズが特徴的なゲームデザイナーでもある。天才的なプログラミングで、ゲーム内でのイベントを開くのは彼の役目である。

 こんなに大和が驚くのは無理もない。

「赤城大和君。まだログアウトするには気が早い。話ぐらい聞いて言ったらどうだね。・・・アルタイル、今日は私から議題について説明しよう」

「承知した」

 手間が省けてうれしいアルタイルは早々に首を傾ける。まじめなアルタイルにも、こういう一面はある。

 ヒロリアは大和に注意を呼び掛けて数秒後、何気に口を開きだした。

「ヴィータ君、今日君はルール違反を犯してしまった」

 唐突に呟かれたその一言に耳を傾けていたスリーの顔がにやけだす。

「それでもリーダーかよ〜」

 スリーがまた嫌みたらしくヴィータをいじり始める。ヒロリアがいる前でも彼はなんなく―いじる。

 それに対してヒロリアも何も注意しないということは、スリーの味方をしているということだろう。

 歯ぎしりを立てながら、内心怒りに震える。

 その歯ぎしりを真横で聞いていた大和が反応する。

「うるさいよ」

まるで最初から味方じゃなかったような発言。それはヴィータにとって絶望的なものだった。

 ここまで孤立したのは初めてかもしれない。この調子だと、アルタイルやマグナムもいじりたいときにいじるだろう。

「ルール違反と言うのは無論、ただ一つ。それは一般プレイヤーに手を出すことだ」

 ヴィータの存在など忘れ、報告することだけをただ報告しているのはなんだか悪魔のようにしか見えなかった。

「うっわあ、最低だな」と皮肉屋のスリーが。

「お主、まさかあのぬいぐるビームを―うつとは・・・信じられぬ」

 珍しくアルタイルも言う。確かに自分が悪いのはもっともだ。反論をするのは言い訳に過ぎないだろう。ここで負けを認めて牢屋に入るか。それでは自分のプライドが許さない。

 ヴィータが黙っていることを確認してからヒロリアは話を続けた。

「まあ、言い訳をしても私は聞く耳を持つつもりはない。ルール通り、ヴィータ君。君には牢屋にでも入ってもらおう。ついでにリーダーも降格だな」

 最後の言葉に反応してしまった。無理もない。少し調子に乗っていたかもしれない。今更わかったところで腹黒い雇い主がそれを取り消してくれるはずもない。

 

 “リーダー降格”にはもちろんスリーが反応した。

「じゃあ、次の―は誰がやるんだ?」

 タメ口にも度が過ぎているような気がする。しかし慣れているのか、ヒロリアは特に怒りも見せずに言葉を返した。

「そうだな・・・。ゴートゥ君はどうだ。彼は結構お気に入りだな」 

 もはやその口調からしてゴートゥは完全に見捨てられているようなものだ。まだ本人は牢屋に入っていないのに、周りからは入ったように思われている。罪人の扱いはこんなにひどいものなのだろうか。

「おおっ、いいね。ヴィータよりよっぽどましだね」

「確かに。あいつがヴィータみたいな真似をするはずもないか」

 マグナムは腕組をしながら冷静に返事した。目を合わせたアルタイルも頷いている。ということは彼も同じ意見なのだろう。後は大和。

「大和はどう思う?」

 スリーが少しばかり大きな声で、ヴィータへのだめ押しだと思って言った。

「んん、俺は別に構わねえよ」 

 適当な答え。だが、彼はこれが普通なわけで。

 

 一方で外されていたヴィータの怒りは頂点に達していた。だがここで一人暴れても、OTA持ちで高レベルのプレイヤーを一気に四人相手にするのは無茶すぎる。それに下手すればヒロリアだって立ち上がるかもしれない。

 いや、もしかしたらこのまま無視され続けるかもしれない。それなら安全にログアウトできる。しかしその後の性人生が危なそうだ。

 その時、ドアの方から足音のようなものが聞こえてきた。誰が来たかは普通に見当がつく。

「おーす」

 声からして振り向かなくてもわかる。

 ゴートゥだ。今ここで下手に動けば死ぬかもしれない。おとなしく投降するか。

 ビジョンのヒロリアがその声に反応し、振り向いた。

「やあ、ゴートゥ君。今日から君が、リーダーだ」

 簡潔に述べられた―を彼は理解できるのだろうか。

 何の迷いもなく、ゴートゥは答えた。

「ああ、聞いてるぜ。ヴィータがへましたってな!!」

 語尾の部分はわざとらしく強調された。これはスリーよりひどいかもしれない。

 ついにヴィータの堪忍袋の緒が切れ、怒りをふるわせた表情を見せた時、ヒロリアが今度はこちらを振り向いた。

「面倒だな。まあ、ということだ。ヴィータ君」

 

 ヒロリアはモニターの奥で、何かのスイッチをいきおいよく押した。

 握りつぶすがごとく押されたスイッチが起動し、同時にヴィータの足元の床が大きく開いた。そして、

「なっ!?」

 声を上げた時にはもう遅い。

 彼は椅子ごと落下していった。叫び声が聞こえたが、数秒後にはそれも無音に代わっていった。

 そしてその無音は、会議室にも伝わり、遺伝したように―は沈黙となった。

「さあて、邪魔者も消えた。これからが、本当のワイルドライドだ」 

 ヒロリアは唐突に告げた。まるでヴィータは今までの囮だったかのように。まるで彼が去るのを待っていたように。あくまで失敗作は、消えるべきなのだ。

「本当の・・・か」 

 大和にはいまいちその意味がわからなかった。ここは自分のいるべき場所じゃないような気がしてならなった。ずれを感じるというのは、面倒なことだ。


 (5)


 海底発達都心アクア:トリップのカフェに烈怒はいた。机に突っ伏しているその姿は彼らしくない様子だった。ログアウトできない絶望と、助けることができなかった未熟さを苦に感じていた。

 伸ばした腕の先にあるのは、雪うさぎのぬいぐるみだった。前髪が波村望美の―を残している。それが地味に皮肉だ。

「逃げろって言ったじゃん」

 望美に向かって言ったつもりだが、それも聞こえるはずがない。周りから見れば独り言をぶつぶつ呟いている不気味な少年にしか見えないだろう。机に突っ伏しているその姿がより一層、絶望感を際立たせている。


 一方で、雪うさぎの中にいる望美には意識があった。

(確かにね。あのとき、逃げればよかったよね。迷惑かけちゃった。・・・ごめんなさい)

 それも今は届くはずもない。

 お互いに絶望し合っているのはなんだか馬鹿らしい。いつものように明るく振舞おうにも、この体ではどうしようもない。なにもできないのが悔しかった。勝手なことをしたおかげでこの有様。ただの足手まとい。実に最低な人間だった。自覚しているものの、謝罪をする力もない。

 その時、目の前にいた烈怒の腕がいきなり動き出した。それはぬいぐるみの胸の部分を掴み上げる。

(ちょ、ちょっと!どこ触ってんの!?)

 意識があるというのは便利なのか、不便なのか。それはよくわからない。

 烈怒はぬいぐるみを胸の前まで持ってきて語り出した。

「助けるしか、ねえよな」

 その言葉を聞いて安心した。こんな足手まといの自分なんかに尽くしてくれる烈怒の存在がうれしかった。それまで待ってる。ことしかできない。

 その時の烈怒の目は、輝いていた。





 二章 何かのために、全力で


 


 

 (1)


 金髪の犯罪者が絶望している様子をモニターから見ていた金髪の管理者。

 ゲームを面白くするためには、どんな手段を使ってでも―するのが彼のポリシーであり、常識である。

 突然の閃きというのは彼にとってはとても素晴らしいものだと考えている。自分の思考を刺激させられる快感がまた何とも言えない。そして何が起こるか分からない―。

 ヒロリアの頭に浮かんできた一つのアイデアは、赤城烈怒の運命を大きく変えることだろう。

 不敵に笑いながらも、キーボードを叩いて企画書を書き始めた。

 場所は、・・・新しく作るか。

 また莫大な費用がかかると思うが、どんな手段でも使うのだ。金などいくらでもある。

 時間は、・・・どうかよくわからないな。

 椅子の背もたれに背中を預け、首を後方に垂れた。脱力感のあるポーズ。それは神をもイメージさせる。確かにこのゲームを作った彼は、このゲームの世界では神だ。

「そう、私は。神・・・だ」


 (2)


 速人の背中を追いながら、樹海の道を歩いていく。何でこんなところにギルドを作るのか凛にはさっぱりわからない。

 男子のロマンは女子にはわからない。秘密基地などというものは、作ったことさえないため、魅力に気付くことさえないだろう。

 樹海を歩くのに苦労しながらも、速人は急に立ち止まった。そこは特に何もない。

 ただ今までの―と違うのは、少し木が切り開かれているというところだ。凛はもしかしてと思った。

 速人は何も言わずにズボンのポケットから手をせわしなく動かした果てに、棒状のスイッチを取り出した。それを親指で勢いよく押し潰す。

 同時に木がほとんどなかった場所が、下からどんどん色を着けていく。なにもない空気が、哲のような銀色に染まっていき、最終的にはその彼が言っていた―が姿を現した。

「すげえだろ。俺ってセンス良くね」

 だから女子だからわからない。軽く受け流すだけで終わる。

 速人にも子供っぽい一面があるのだなあと改めて知った。

 凛はその無駄に巨大な壁に圧倒されながらも速人に後を辿った。


 中の構造は、外側とは対照的に真っ黒な壁がずっと続いていた。天井に蛍光灯があるのがなんだかうれしい。

 こんな悪趣味かつシンプルすぎる建物。凛は絶対嫌だった。しかしあの人のためだと思うと、我慢しなければならない。一応速人だって力を貸してくれていることを忘れてはいけない。

「扉どこ?」

 黒すぎてよくわからない内壁の中での正直な質問だった。

「まっすぐ行った所」

 しかし凛から見るとこのままいけばいきなり壁に激突する風景も思い浮かべば、まだまだ先にあるという風景も思い浮かぶ。どっちにせよいいイメージは思いつかない。

 すると、凛の悪いイメージはあっけなく崩される。

 瞬間的に速人は“慣れ”または熟知しているような雰囲気でその場で立ち止まった。一秒も空けずに、センサーが反応して速人を迎え入れるようにドアを開けた。

 内心とても驚いた凛は、おどおどとした様子で中に入り込んでいった。

 その部屋の中は、また対照的のように今度は透き通るような水色の壁、モニターが当たり一面に並べられていた。

 沖縄やハワイの海を想像させる―に見とれて、凛は当たりをきょろきょろと見渡した。

 速人は特に何も反応することなく、冷たく装う。彼はすぐに椅子に座ってキーボードをたたき始めた。

 何をしているのか。わけもなく衝動に駆られて体が動く。速人の背後に立った時、モニターに映ったのはどこか見覚えのある少年の画像が表示されていた。

「俺たちの目的は、こいつ。“クリムゾンヒーロー”を逮捕すること」 

 クリムゾンヒーローとはゲーム内でのニックネームだろう。

 と言っても、彼はどこからどう見ても、赤城烈怒である。髪の色が金髪になっているのはチートと見られる。そう言えば学校でよく“金髪にしてみたい”とか言っていたのを覚えている。そんな犯罪者?も今はどうしているのだろう。彼との約束の場所に代役のようにやってきた速人には、会えてよかったのかいまだによくわからない。

 赤城烈怒という人物が無責任なのかそれとも大事なことをすぐに忘れてしまうような人なのか、短い付き合いの凛にはそれこそよくわからない。

 彼を捕まえろと言われても、今の自分にはなんだか素直にやってみると言える自身はない。クラスメイトとして、仲の良い友達として、彼に刃を向けるのは心が痛い。

「ただこいつのOTA、超厄介なんだよ。どうせ、凛もOTA持っちまってるだろ?」

「えっ、うん」 

 とりあえず頷いておいたが、質問としての聞き方がおかしいのは誰でもわかる。

「OTA:バグクローク。攻撃に当たった瞬間、一定時間OTAを無効にする・・・」

 唐突に呟かれたその一言に凛は思わず声を上げた。

「無効化!!何それ・・・」

 OTAだよりに戦うプレイヤーは少なくはない。あれさえ手に入れれば武器に金がかかることはあまりないからだ。

 凛だってそうだ。武器には頼っているが、武器だけでこのゲーム内を生きろと言われればかなり大変な目になる。

 そんな対策を打つことさえ大変なプレイヤーと戦えとなると、凛はどっち道嫌と答えてしまいそうだった。

 そもそもこんなことが、何につながるのか。もっと楽な方法はないかと逃げてしまっていた。

(ねえ、古城君。古城君だったら、どうするの?)


 (3)


 ヒロリアが提案した企画書はその翌日にゲーム内のすべてのタウンへ向けて、張り紙として掲示された。

 張り出された―を覗きに、大量のプレイヤーがタウンの壁を覗きこんでいた。

 そんな面倒な事態にはなりたくないと、烈怒は自分の元に来たメールでその張り紙の内容を読んでいた。

「スーパーバトルダンジョン

 開催場所:森林迷宮都市フォレステッダム

 開催日時・時刻:6月6日午後3時

 参加条件:パーティーは一人まで

 内容:当日、会場で報告」

 随分とシンプルなイベントだなと思う。

 内容は書かれていないが、タイトルで大たい想像はつく。

 烈怒は特にようもないかと、このメールを削除しようとするとこまで指を動かした。

 その時ふと目に映ったのが、「「優勝賞品」の文字だった。

 欲が湧いて、いったん削除するメニューを閉じてもう一度そのメールを確認した。

「優勝賞品:ハイパーリカバリーカプセル」

 リカバリーとは、日本語訳すれば回復、という意味だ。おまけに単語にはハイパーがついてるから、もの凄い効果を持っているのだろう。

 ふと思いついた考えが、“望美の体も”・・・もしかしたら治せるのではないか。少しでもいい。完璧じゃなくていい。彼女の体が、一歩でもぬいぐるみの形から解放されるならそれだけでいい。まだ希望はある。

 このイベント、参加するしかない。

 参加して、優勝して、賞品を手に入れて、望美にそれを使ってやれば、元に戻れるはず。

 烈怒は決心した。

 雪うさぎのぬいぐるみを掴み上げ、高く掲げた。

「波村、俺絶対助けるから!」

 

 意識のある望美はこの言葉をどう感じたのか。

(ありがとう。感謝、しきれない)

 人形には人形らしく生きているしかないと思っていたが、その考えも逆転しそうだ。


 密林の中の光学迷彩を施した白銀の基地の内部では。

 凛と速人がモニターに映るポスターを見ていた。これは、速人曰く“ある人物”から来たメールらしい。今は誰か言いたくないそうだ。そういうことは、凛はしつこく聞くつもりはなかった。しかし、この前言っていた「管理局」という言葉から思い浮かぶのは一人しかいない。そう思うと、速人自らが伏せてくれていることをうれしく思う。

「でさ、この大会。どうせクリムゾンヒーローも来るだろうから、このイベントに出て、あいつをとっ捕まえるってわけ」

「もちろん風間君もいくでしょ?」

 とてっきり凛は勘違いしていた。説明されたのは、開催場所と日時だけである。 

「ばーか。パーティーは一人までなんだ。凛一人で行ってきてよ。俺は用があるからさ」

 速人が怒られるだろうと思っていた言葉とは違う部分に凛は反応した。

「ちょっと、ばーかってひどくない!?あたし知らなかったんだけど!!」

 確かに速人が悪いが。反応するのは、反応してほしかったのは、そこではない。彼女が天然だった覚えはないはずだが。

「お前って天然だったっけ」

 受け流すように速人は話を変えた。

「えっ、いや〜。そう見えた?」

 ここで話を変えたことにも突っ込まず、逆に話しに乗ってくるというのがまた―。何とも言えない。

 速人は言葉を失った。立場的には逆なのに。

「まっ、とりあえず。よろしく頼むわ」

 また話を変えて乗り切れると思った。今度はさすがにうまくいかないだろう。しかしそれもあっさりといい意味で裏切られる。

「う〜ん。わかった」

 かわいらしくすねる様子は今だけか。それとも絆にもそんな様子を見せるのか。ただ結局OKを出したのは意外だった。

 彼女がイエスマンということを知っていたからわざわざ一人で行かせたのである。仕事など本当はあるはずもない。


 ワイルドライドにも当然―同じ広告が来ている。

「・・・まった、ヒロリアも面倒なことさせるな」

 ゴートゥがリーダーな癖に弱気な発言を吐く。そんな姿を見せられてはワイルドライドの雰囲気も悪くなるのではないか。

 下の身分の奴は上の身分の奴にあこがれてその姿、様子、行動を真似してしまう者だ。もっとも、ワイルドライドではそこまで上下関係は厳しくはない。意識するものも少ないだろう。あくまでまとめ役として彼がいるのであって、特別ゴートゥ一人が偉いというわけじゃない。

「でも楽しそうじゃん」

 ここで首を突っ込んでくるのは、いつものお調子者、スリーである。

「俺はパスだな。クリムゾンヒーローが出ても、面倒なことはやりたくないんでね」

 ゴートゥの姿が反映されたかのような―発言を見せるマグナム。彼が気まぐれな性格だということはわかっていた。

 しかしクリムゾンヒーローも参加するのに、マグナムが出ないという事実は、他のメンバーにとっては少し意外なことだったのかもしれない。

「他、誰が余ってる?」

 ゴートゥが確認する。

 物静かにアルタイルと大和が手を挙げた。

「じゃあその二人で決まりだな。別に用事とかあるわけじゃないだろ」

 それではまるで“自分にも用事があるので無理”と言っているのと同じである。

 アルタイルと大和は、お互いの顔を見合わせてため息をついた。

 結局、ワイルドライドのメンバー総員は、面倒くさがりな奴や気まぐれな奴が多いということだ。メンバーが少ないのも仕方のないことだが、組織として成り立っていると言えるのだろうか。

 せっかくリーダーが変わったのだから、何か変革でも起こると期待していたアルタイルだったが、それも儚げに散りそうだ。結果的には一人減っただけ、ということになる。少なかったメンバーが、もっと少なくなったというのに、組織内では特に何の変化もない。確かにアルタイル自身もヴィータのことを嫌っていたわけだが、いなくなったからにはなにかを起こすべきだろうと願っていた。そんな期待外れの―だとは思っていなかった。ずれを感じるのは、やはり面倒なことだ。

 

 会議があっさり終了した後も、部屋にはアルタイル一人がまだ席に座っているようすに気付いた大和が話しかける。

「帰らないのか?」

「我がここにいてもよいのだろうか」

 いきなりの唐突な質問に、大和は言葉が出なかった。むしろ口を閉じてしまう。どういう意味かはさっぱりわからない。だがしかし、

自分の感じているずれと、アルタイルの―は少し似ている気がする。アルタイルも同じことを考えているのかもしれない。

「なんだよ。考え事か、珍しいな。よかったら相談に乗るぜ」

 そう言っておきながらも、自分も同じ悩み。答えはなかなか出るはずもない。ヒントすら与えられないのはなんだか自分が弱く感じる。

「なんだか、最近のここはつまらない気がしてな。もっと刺激がほしい。我より強いものはいないのか」

 というのは、アルタイルがワイルドライドの中で一番プレイヤーレベルが高いからである。アルタイルよりレベルの低いメンバーはテクニックでその腕をカバーしているが、それでもアルタイルに勝るものはいない。実質、ワイルドライドでのリーダーになるべき男はアルタイルと言っても過言ではないのだが、彼自らが遠慮をしているため、ヒロリアもわざわざ面倒にしつこく聞いたりはせず、あえて他のメンバーを選んでいる。

「いるじゃんかよ。クリムゾンヒーローが」 

 いま述べた人物のレベルを大和は知らない。しかしヴィータに負傷を負わせただけあるので、そこそこ、いや大層な実力の持ち主だということはわかる。

 問題はアルタイルがどういうかである。親友の彼が悩み事とは心配だ。

「そうか。奴なら手ごたえもありそうだな。ぜひそのスーパーバトルダンジョンとやら、参加させてもらおう」

 安堵の息をつく大和。といっても今言ったクリムゾンヒーローも、リアルでは実の弟。本当に二人の戦いが勃発したとき、自分はどうしているだろう。未来は誰にもわからない。風に任せる。

「ところで大和。久しぶりにエリアにでも行ってみるか」

 彼からの誘いは言った通り久しぶりである。

 エリアと言うのは、モンスターが出る場所で、一般的にはそこでレベルを上げて、イベントのような人が集まる場所で自分の実力を試すというのが本来のゲームの楽しみかたである。

「そうだな。デッドエンドロッキューでもいくかい」 

 話が盛り上がると自分のずれも感じなくなる。いっそ、ここにはいないほうが気が楽でいいような気がしてきた。

 アルタイルもそうしていることだ。風に任せていれば、また悩むことにはなるかもしれないが、どうにかなるだろう。


 (4)


 スーパーバトルダンジョン当日。このイベントのために作られた新タウン:フォレステッダムは大いに盛り上がっていた。

 会場の緑色に染め上げられた、森林と一体化したピラミッド周辺にはたくさんのプレイヤーでにぎわっている。

 正方形のピラミッドには、一つの辺につき一つの入り口が用意されている。

 イベント開始まであと十分。待ちきれないで騒いでいるプレイヤーはそこらじゅうにいる。


 盛り上がらずに静かにたたずんでいるプレイヤーが一人。

 赤城烈怒は人込みの中に紛れながら犯罪者としての気配を消して潜んでいた。

 凛は速人からの命令で一人心細そうにやってきた。背中に装備した大きな太刀が特徴的だ。女性のプレイヤーが強そうなオーラを漂わせるのは珍しく、意外というオーラも出ている。

 アルタイルと大和は、ポスターに書いてあった内容に従って別々に分かれて、ピラミッドの別々の入り口で待機していた。連絡を取り合うには、首元に付けた小さなトランシーバーで連絡を取りあう。それがワイルドライドでの日常のようなものだ。

 少しの探偵気分を味わいながら大和は待機していた。その割には一回も連絡を取っていない。

 お互い烈怒とは違う方向の入り口に立っていることを知らずに。


 もうすぐ開始予定時刻だ。と言っても、ルール説明も何もされていないこの状況。勝手に動く馬鹿はそういないだろう。おそらく開始時刻にはアナウンスでも流れて、それが終わってからまたカウントダウンなどなんでも始まるのだろう。

 ここまで来ても、それすら待ちきれないプレイヤーもまだちらほらいる。

 ようやく、ピラミッド上部から、長方形の板が出現し、ゆっくりとその姿を現した。それはそれぞれの入り口にも見られる。

 その板の先端から、バーチャルの司会者らしき人物が現れる。彼がその待ち望んだ―だろう。

「みなさん。長らくお待たせいたしました。スーパーバトルダンジョンへようこそ。ただ今からルール説明を始めます。

 皆さんにはまず最初にこのピラミッドの内部へと入っていただきます。その中は暗い迷路となっております。見事その迷路を一番に脱出していただいたプレイヤー二名までが決勝へと残ることができます。では、今からカウントダウンを開始します!!」

 バーチャルの司会者は姿を消し、ついでに―が立っていた板もピラミッドの中へと吸い込まれていった。

 続いてモニターが先ほどの同じ位置から現れては10の数字を表示した。一秒後には9、また一秒後には8を表示した。

 カウントダウンが始まったのだ。烈怒も少しばかり緊張しながら、思いついた策への準備に映る。バグクローク製の大砲「バグクロークキャノン」を右腕に装備し、そのままカウントダウンが0になるのを待った。

 自分は静寂の中、精神を研ぎ澄ましている。

 周りが盛り上がって歓喜の声を上げている中で、瞑想に集中している姿はある意味すごい。

 0を表示したのか、ブザーのような音が各地で鳴り響いた。それはもちろん烈怒の耳にも届いてている。

 それを聞いたと同時に、烈怒はさっと右腕を振り上げ、キャノンのトリガーを引いた。

 瞬間的に弾丸がプレイヤー達を横切り、プレイヤー達を塞いでいたピラミッドの開きかけの壁を破壊した。

 大きな爆発音とともに烈怒の周囲のプレイヤー達は驚きのあまり烈怒の方を凝視した。冷や汗をかいている様子からして、烈度よりもレベルが低そうに思える。

「どけえ!!!」

 烈怒の叫び声を受け止めて、―たちは悲鳴を上げてそこから立ち退いていく。

 開いた道を、烈怒は遠慮なく猛スピードで駆け抜けていく。その様はまさに獲物を狩るオオカミのようだ。兎のために命をかけるオオカミ。異種の動物同士がお互いの声を求めあうのは、自然界においては有り得ないことだ。しかしそれを可能にするのが赤城烈度だった。


 凛はブザーが鳴ったと同時に、人込みに押されて押されて、自動的に足を動かすことなくピラミッド内部へと侵入に成功した。なんて運のいいことだろう。凛は自分の身に起こったことを誉めたたえながら、背中の太刀をぬきだした。そして柄を力強く握る。太刀の波紋の部分を境目に、刃が開いた。開いた隙間から飛び出したのは、なんとミサイル。有り得ない光景を見るのは、次々とピラミッドに押し寄せていく入り口付近のプレイヤー達だ。

 凛はミサイルが発射されると同時に、太刀を大きく振りかぶって縦に一閃。すると、―開いた隙間から今度は衝撃波が出現し、目の前の壁に襲いかかっていく。

 彼女の達から出現したミサイルと青白い鮫は次々と壁を破壊し、ついには最奥部の壁までおも破壊した。その間、実に三秒ほど。

 絆のために。今日も彼女は前へ進む。ゆっくりと歩くその姿。それはまさにヴァルキリー。目の前に立つ者は全て切り捨てる。邪魔。


 烈怒は迷路の中を進んでいた。ずっと走っているとさすがに体力を奪われる。もうすぐで光が見える所まで来ているというのに。あと少しで。

 彼にとって一寸の遅れは今の状況で一番やりたくないことだ。

 よりによって迷路の中だ。一番会いたくないのは、プレイヤーだ。

 烈怒の勘が当たったのか、人影が目に映る。

 その時。上空から何かが落下し、鈍い音と共に砂煙をあげた。

 煙が晴れるとその先にいたのは軽く散らかった髪の毛が特徴的な青年がいた。

「クリムゾンヒーローだな」

 自信ありげな顔でこちらを見てくるのは、上級プレイヤーとしては少し腹が立つ。

「ああ、そうだ」

 烈怒はバグクローク・ソードを右手に出現させる。あくまでいきなり戦闘を持ちかけてきたときのための備えである。しかしこのままだと戦闘になるのは間違いなさそうだ。

 見かけない顔からして、彼がバウンティハンターだということがわかる。

「お前こそ誰なんだよ」

 相手の名前を知らずに倒してしまったら、なんだか倒しそびれたような後悔が残る。まだ安全な今、それを聞くことができる。彼が答えてくれるかどうかは別だが。

「なんだ、知らねえのか。ライドザライドで最強のバウンティハンター、空一輝様を」

 自分に様をつけるくらいの強がり、自身家を相手にするのは面倒くさい。戦うのも面倒くさい。

「ああ、知らねえ」

 その時、一輝の方から舌打ちが聞こえる。

(どんだけ自身あったんだよ。こんな奴ワイルドライドでも知らねえぞ)

 内心彼を小馬鹿にしながらもソードを構えた。

 予想通り一輝は何も言わずに跳びかかってきた。背中に装備した破砕球を構えて攻撃してくる。

 それをいとも簡単に烈怒は避けると、一輝はそのまま力に流されて地面に激突した。

 ただの馬鹿か?

 一輝はでこに張り付く砂利を払いながら言った。

「くっそ、どんだけ馬鹿にすりゃ気が済むんだ」

 やっぱりただの馬鹿だ。

 烈怒はソードを使わなくても十分だと判断し、ソードをキャノンへと変換させる。

 そして即座に砲口を一輝に向けてトリガーを引いた。

 弾丸が一輝に直撃し、爆風を巻き起こす。

 もう十分か。

 余裕と共に烈怒は背を向けてその場を去ろうとした。

 だがその行動はさすがに舐めすぎていたようだ。

 破砕球が自分の目の前の壁を破壊するのが瞬間的に目に映った。

 まさか。キャノンを食らって無傷でいるなんて。そんな馬鹿な・・・

 烈怒は真相を確かめるべく再度背後を振り向いた。

 一輝の破砕球、そしてそれを掴んでいる右腕が銀色となっている。もはや服の面影はあまりない。

「な、なんだ」

 思わずバウンティハンターの標的は呟いた。

 一輝は不敵ににやけながら解説する。

「OTA:メタル!!」

 ここまで言えばもう意味はわかるだろう。一輝は再度破砕球を振り回した。先端の刺付きの球が柄から鎖で繋がれて飛び出していく。

 烈怒めがけて飛んで行った―を、彼はまたなんなく避ける。これもプレイヤーテクニックの差、だろうか。

 しかし今は一輝がそれを上回ろうとしていた。破砕球はいきなり向きを変え、避けた烈怒の方向へと走り出していく。

 それは見事に烈怒の腹部に命中し、彼の体ごと吹っ飛ばした。今度は烈怒が地面にたたきつけられた。

「ぐあっ」

 腹の痛みを抑えながらもキャノンのトリガーを引いた。弾丸が飛んでいく。

 だがそれも一輝のOTA:メタルが発動し、彼の体を鋼鉄化。いとも簡単に弾丸は弾かれた。

「くっ」

悔しさを噛みしめながら、不要と判断したはずのソードを装備する。結果的にキャノンの方が不要だった。

「どうだ、俺もやるもんだろ?」

「ああ、結構な!!」

 そのままソードを横につきたてて一輝に突進する。

 それをメタルが弾く。たった一回の攻撃で過信した一輝の思考は一気に崩された。バグクロークが真の力を発揮し、剣の先が触れたと同時に、触れた鋼鉄の部分周辺が一秒もせずに元に戻る。それと同時に烈怒はソードで右斜めに袈裟切りをし、一輝の胸部を切り裂いた。

 痛みに耐えきれず、一輝はその場に倒れ伏せる。

 

 今学んだことは、どんな敵にでも情けをかけてはいけないことだ。こんな馬鹿からでも学ぶことはあるのかと感心する。

「今日は楽しかったぜ」

 ソードの先を一輝に向けて威嚇する。

 左腰のスラップスイッチを叩いた。これで止めだ

〈ザ・X〉

 ソードの刀身が徐々に太くなっていき、最大にまで太くなると、烈怒はそれを一輝めがけて投げつけた。

 いつもとは一味違う“シンジュリンファントムver・2”

 今度こそは背を向けれる。

 烈怒はゆっくりと足音を立てながら、目の前の光り輝く扉へと歩み寄っていった。


 (5)


 決勝の舞台のコロシアムに、アルタイルの体は突然と転送された。一つの席に、一つの光が浮かび上がり、それがアルタイルの姿へと転送される。

 いきなりすぎるテレポートに、何が起こったかさっぱり見当がつかない。

 辺りを見渡せば次々と自分と同じ破目にあっているプレイヤーが、光として続々とコロシアムの席を埋めていく。

 アルタイルの顔が左を振り向いたとき、見覚えのある黒髪の青年が一人いた。

「・・・大和か」 

 期待外れのように吐き捨てては向き直るアルタイル。

「そんなこと言うなよ。しっかしこの事態はどういうことだ?バグだったら俺たちがどうにかしなきゃカッコ悪いぜ」

 確かに、大和の言うことはもっともだ。しかしバグなど簡単に除去できるものではない。それにこんな大きなイベントで、大量のプレイヤーを巻き込むわけにはいかない。それこそワイルドライドとしてはカッコ悪いことだ。

「わからぬ。少し待ってはどうだ。何かアナウンスでもあるといいんだが」

 かといって、アルタイルの冷静な判断も有効に思える。

 お互い、今言ったやり取りの順番くらいはわかる。アナウンスを待っていると、願った通りに観客席に挟まれた大型モニターに、先ほどの司会者の顔が映った。

「えーっ、皆様本当に申し訳ございません。今皆様の体に起こっている現象は、決勝へ進むプレイヤー二名がもうすでに決定されてしまったからでございます。予告も無に、大変申し訳ございませんでした。今しばらくお待ちください。決勝戦を開始したいと思います」

 その穏やか過ぎる言葉に腹を立てたプレイヤーは、八つ当たりなのかアイテムの石ころや、そこらのゴミを巨大モニターに向かって勢いよく投げつけていく。それでもモニター付近には、超強力バリアが発生してそれを弾いていく。彼らの行動もくだらない無意味だったと証明する盾は絶対的だった。

 その時、別の場所からは突然と歓喜の声が湧いた。何かと思ってアルタイルや大和もその方向へと顔を向ける。

 観客席に挟まれたもう一つの巨大モニターの下部のゲートから、二つ結びの髪をぶら下げた長身の女性プレイヤーが出てくるのが見えた。

 するとまたもやモニターから、今度は両方から同じ―が映る。

「今登場したプレイヤーは、反則球のスピードでゴールに到達した国川凛さんです!!」

 突然がらりと態度が変わった観客たちは、次々と悲鳴を上げていく。

 この変わりざまにはあきれるな―。

 アルタイルは腕を組み始めた。女に先を越されるのは、なんだかプライドが許さなかった。彼女が、我より強いプレイヤー。クリムゾンヒーローはどうなっている。

 突然と席を立ち、さっきより激しくあちこちを見渡し始めたアルタイル。それの心配をする大和。そうなっても仕方がないだろう。

 疑問に思いながら大和は控えめに話しかける。

「おい、どうしたんだよ」

「クリムゾンヒーローはどこだ。あいつは、あいつは」

「今から、・・・出てくるんじゃねえか?」

 大和はふと思いついた予想を言葉に出した。

 そして数秒後、凛とは対照的な方向のゲートから、赤を基調とし、黄色いラインが迸った服を身にまとった少年がやってきた。

 大和の予想は見事に的中した。二人ともその姿はもちろんのこと写真でも見たことがある。 

 彼は理解したのか、鼻で笑うとどっしりと腰を下ろした。

「なるほど。そういうことか」

 

 目の前にいるのは、明らかに自分の同級生である。親しい、女の子。国川凛である。できれば会いたくなかった人物だ。約束を破ってしまったのは自分にとっても心が痛む。しかしもっとも―なのは彼女の方だろう。

 目を細めて顔を下げる。反省もしているし、顔を見せたくない。

 巨大モニターには赤城烈怒と表示されている。本当は―なのだが、ワイルドライドがいるとみて名前を変えている。変えているようで変えていないが。

 ふと戦いの火蓋は切られる。予告もなしに巨大モニターにはREADY?と表示され、すぐにその文字もFIGHT!!の文字へと変更された。同時にゴングを叩くような音が会場中に鳴り響く。

 一気に観客席は盛り上がり、歓声がものすごく耳に入ってくる。集中できないほどのレベルでもないが、うるさいと言えばとても―。

 凛、烈怒お互いに武器を取り出した。

 巨大な太刀が目に映る。学校でのキャラとはなんだかイメージが違うなと思う。

 烈怒はそれに比べてちっぽけでシンプルな剣一本だ。なんとなく非力なイメージが思える。

 静寂のステージの上で、先に動いたのは凛の方だった。

 いきなり太刀の波紋の部分を境に太刀の刃が開いた。そこから飛び出したのは、ミサイル。

 それは烈怒の目にはOTAのようには見えず、ただのチートにしか見えなかった。チートしている自分が言うのもなんだが。

 四つのミサイルは追尾機能でもあるのか、逃げる烈怒を、獲物を追うサメのように追跡してくる。

(ちっ、厄介だな)

 内心舌打ちをしながら、手に持っていたソードを一つの―に投げつける。

 瞬間、爆発を起こして、周りを巻き込んでくれることを祈ったが、かろうじて残りの三機はこちらを狙ってくる。仕方なく烈怒は後ろに下がりながらもバグクローク・キャノンを装備。次々とトリガーを引いては、弾丸が飛び出し見事にミサイルを撃ち落としていく。

 邪魔はいなくなった。敵は彼女のみ。

 振り向いて今度こそ攻撃をしようと砲口を凛の方へと向ける。

 しかし、トリガーを引く前に太刀の開いた部分から今度は縦に走る衝撃波が飛び出した。それもミサイルと同じく追尾機能でもあるのか、烈怒を狙ってくる。

 同じことを考えながら烈怒は面倒くさがって左腰のスラップスイッチを叩いた。

〈ザ・X〉

 鳴り響いた必殺技の音声に、観客のプレイヤーからは驚きの声や盛り上がる雰囲気が見られる。

 大砲の砲口から迸る赤いレーザー、

「ドレッド、ファイア!!」

それは衝撃波を一瞬のうちに焼き尽くし、ついでに貫通しては凛の方向に向かっていく。

 避けられないのか、凛は太刀の境目から衝撃波を何本も飛ばしてドレッドファイアを打ち消した。

 ここでもまたお見事なのか歓声が上がる。

 そろそろバグクロークが頼れるかどうかを見なければならない。遠距離だと―が飛んできて不利だと考えた末に思いついたのは、隠し玉のバグクローク・ナックルである。両手にドリル状のメリケンサックが装備される。

 これを装備すれば、無理やり自分自身は近距離での戦闘を仕掛けざるを得なくなる。これにより凛もそれに巻き込むことが可能だ。あの武器の攻撃力はそこまで高くないはずだ。

それにこの攻撃を当てれば相手のOTAを無効化することができる。彼女がもしミサイルか何かを出そうとしてもそれがもしOTAだとすれば発動しない。そこから猛攻撃を仕掛ければ、手も足も出ないだろう。

 考えた末に勝利まで確信した烈怒には不安があった。

 それは女性、凛相手に本気を出すことである。

 だが躊躇っている場合ではない。あちらがどんな理由であれ、こちらにも事情がある。全ては望美のため。望美のために。

 凛の懐に次々とナックルを叩きこんでいく。一発を食らうたびに仰け反ってはまた攻撃を食らう、の繰り返しである。凛の顔がだんだんと深刻になっているのがわかる。当たり前に考えて、女性を一方的に殴り続けるのは気分が悪いったらありゃしない。

 そろそろいいだろう。OTA無効化時間も少しは溜まっただろうと、烈怒はそこで思い切りストレートを叩きこみ、凛を吹き飛ばした。学校で出会ったら目も合わせることさえ難しそうだ。

 吹っ飛んだ凛の次の行動を烈怒は待つ。相手がもしまたミサイルを打ってくるときに、それが出なければこちらの勝利は確定と言ってもいい。

 その時、命乞いか凛の口元が動く。

「赤城君?なのかな。誰かのために戦ってるんでしょ?あたしも、そうだから」

 その言葉は烈怒の行動を変えることになる。

(そうか、・・・ありがとう)

 できれば正体を明かしたくはない。あくまで話すことはない。返事は心の中で。

 これで存分に戦える。

 同じ気持ちで戦っているなら、彼女も自分を攻撃したとき同じ気分になるはずだ。覚悟はできているはず。

 凛が太刀を開いたとき、願いのミサイルは出てこなかった。

 今しかない。凛には悪いが、仕方がないのだ。

〈ザ・X〉

 手のドリルが回転を始める。

 二度目のザ・Xが発動と同時に、凛は絶望でも見たのか目を見開いた。走り出した烈怒に対して、彼女は太刀を斜めに構えた。防御姿勢である。

 烈怒はそこにメテオスクリューを叩きこんでいく。回転するドリルに削られて、太刀の刃は少しずつ刃こぼれを起こしていく。

 凛の表情は、先ほどとはほとんど変わっていない。ここまで痛めつける理由はないんじゃないか。自分でもそう思えてしまうのは凛の特性か。

 かなり太刀が痛んだところで、太刀に対して止めの一撃を叩きこむ。太刀にアッパーカットを繰り出し、上空へと放り投げる。手で支え切れなかった時の凛の表情が一変した。敗北を覚悟したのだろうか。人の心はだれにも読めない。

 飛んで行った太刀は、回転を続けていた。瞬時にキャノンを装備した烈怒は、さっと右腕を上げてトリガーを引いた。弾丸が太刀に命中し、爆発を起こす。それに付け加えるかのように爆風が晴れた後にはばらばらになった―が雨のように頭上から降り注いだ。

「おおーっと、赤城選手、やりすぎだー!!」

 司会者の声はもっともだ。観客もいつの間にか騒然としている者とさらに盛り上がる者に分かれていた。

 烈怒はそれでも容赦しない。ソードを何本も指の間に挟んで装備しては凛に投げつける。それは心臓や首を狙ったものではなく、服の合間、スカートなどを突き破り、そのまま地面へと突き刺さる。ついでにそれに体が釣られて地面に倒される凛。身動きがとれない状況で彼はどうするのか。

 烈怒は少しばかり躊躇いながらも、凛と距離を置いた位置に立った。

 変な行動に見えるが、実はあくまで最終兵器のための準備である。

 武器を失った抵抗力のない彼女に、ここまでする必要はあるのか。凛だったらなんとなく最後までやりそうな気がする。大丈夫さ。

 いつもとは違う。最終兵器だから。

 右腰のスラップスイッチを思い切り叩いた。

 その瞬間、ザ・Xでもない何かがコロシアム内に響き渡った。

〈ハハハハハッキングノヴァ!!〉

 謎のスクラッチ音に疑問の声が、観客席では起こり始めた。

 そんなのどうだっていい。望美が、望美が助かればいい。

 突如謎の赤い光が出現し、烈怒の周囲を漂うと右足の黄色いラインに張り付いた。それはラインを素早く辿っていく。赤い光がラインの上をどんどん通過していくにつれて、表示されたパーセントのメーターが徐々に数字を増やしていく。足首のところで赤い光は足に完全に巻きつき、メーターは100%を表示した。

 クリムゾンヒーローが走りだす。身動きの取れない凛はそれを見ていることしかできなかった。

 急に飛び上がった彼は、空中で一回転するとそのまま右足を突きだして飛び蹴りを放った。

 赤く光った右足が、凛にプレッシャーをかける。それが凛の鳩尾に触れると同時に、凛体の中に溜まっていたバグクロークが一気に空気中へとあふれだし、不可思議な赤い円を描いた。烈怒の右足を軸にしてバグクロークは鋭く尖り、凛を襲い始める。

 次々とダメージを食らっている凛を見たくはない。しかしハッキングノヴァを一回打つと、それは相手の体の中のバグクロークに比例してダメージを与える。あれほど攻撃を加えた結果、烈怒は今足を突き放すことができない。


 バグクローク。それは、小さな丸い赤い光。それを浴びた者の体からは特殊能力という文字が消える。超人ではなくなる。弱くなる。いわば、強者の、絶対なる光とでも言うべきだろう。

 その穏やかな光が牙を向いたとき、丸かったかわいげな光は好戦的な尖った槍と化し、相手に襲いかかる。

 今その状況に凛は会っていた。彼女の体から、烈怒の飛び蹴りによって溢れ出した槍状バグクロークが、凛の体に次々と襲いかかる。槍のようなものだからと言って、決して鋭利なものではない。ただゲームのHP=体力が減っていく現象を起こしている。それに痛みはなく、HPのゲージを減らしていく所謂ダメージ。この矛盾した攻撃が、凛のHPのゲージをだんだんと0に近づけていき、次第に一桁、最終的には0となる。それを証拠づけるのが、凛を突き飛ばす烈怒の足の裏だった。

 動く体力もなく、ただただ後ずさる。

(あたし、負けちゃったんだ・・・)

 絆に手を伸ばすのには、まだ速かったのだろうか。審判を役目したのが烈怒だとすると、今の大量の赤い光はゼウスの雷か。

 意識が朦朧としていき、次第に体が前へ、下へと倒れていくのがわかった。


 目を覚ませば、腰のあたりに違和感を感じる。いや、違和感というより、重みと言ったほうがいいだろう。

 その重みがある方へ首を傾けると、凛の目に映ったのは先ほどまで戦っていた赤服の金髪である。クリムゾンヒーロー。別名、赤城烈怒。クラスでは親友だった。深刻そうな表情をしているのは、被害者ながらも同情できる。確かにやりすぎだったのは事実だ。しかし、HPを0にでもしなければ彼が勝つことはできなかった。圧倒的な戦力差をカバーできるものは何一つなかった。

 彼が陸上の100mで例えるとすれば烈怒が一着の10秒台、自分は二着で12秒台とでもいえば大たいの戦力差は想像がつく。それくらいの手ごたえを、実際に戦ってみて感じた。

 烈怒にも事情があるのだろう。それは凛だって同じだ。お互い何かのために、ここまでやってきたのだから。

 その時、烈怒の口が鈍く開き始めていた。

「国川・・・。ごめん、やりすぎた」

 表情は変わっていない様子からして、反省しているのは理解できる。

 一度誤ってくれれば、いや誤らなくても別によかった。

 凛の性格だと、逆に謝罪を懸命に拒否するだろう。だが今は空気を読んでそれができなかった。

「ううん、別にいいんだよ。あたしも多分、赤城君と同じだから」

 その言葉を聞いて安心したのか、彼の表情も少しは明るくなった気がする。

「・・・ありがとな。俺なんかにそんな言葉かけてくれて」 

 烈怒はさっと凛の椅子を立つと、一枚のカードを取り出した。あれが噂の「フィートンアップ」。

「あと、二股はいけないぜ」

 少し嫌みな忠告は、凛の顔を赤く染め上げた。

 服につく砂を払いながら、凛は立ち上がった。烈怒は―している間に消えていた。

 そっちの方がなんだか気持が晴れていい。

 あまり二人きりで長くいるとおかしな気分になりそうだったから。

 予想もしなかった電子音が凛の耳に入った。電話の受信音である。

 自動的に開かれた回線、小さな長方形の画面が空中に浮かびあがり、そこに速人の顔が映った。

「何?」

「確かに、二股はいけねえよなあ」

「嫌み?そうゆうのやめてよ」

「わかってるって。今日でやっとわかったけどさ、俺がいけばよかったな」

 意味がわからない。速人は用事があったはず。疑問に思ったことはすぐに聞いてしまうタイプの凛。

「ちょっとそれどういうこと!」

「いや、お前の戦闘能力がどれほどかと・・・。俺は空から見学してた」

 いきなりの真実に凛は腹を立てる。

「有り得ないんだけど!」

「まあまあ、次は俺もやるから」

 なんとか無理やり丸く収めよとする速人にはもっと腹が立つ。

 この調子だと、絆と会うのにも時間がかかりそうだ。信じていれば、きっと姿を現してくれるはずだと凛は願っていた。


 






 

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