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ある皇女と子爵の書簡  作者: もぃもぃ
第一章 微睡み
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アレン・ジェヌールの手記



 私は、見たことを、どう言葉にするかを迷っているのだが、“水の国”と言おうか。

 私が約半年のあいだ居た国は、暖かく、水にあふれていた。ただ、笑ってしまうようなこともあった。なぜかというと、私の国にある湖や川の様子とは、まったく違っていたからだ。“水の国”――うん、やはりこう書くのが、一番いい、という気がする。


 そこはいつも水と、しげる草のにおいが、空気を満たしていた。私が泊まっていた場所は、大きな町からは離れた村だった。大きな町には、木や石でできた建物がたくさんあったのだが、村には石造りの建物はまったくなかった。床を高くあげた木の建物ばかりだった。

 滞在していた当初は、まったく言葉が判らなかったから、それが、雨が降ることによる、そこに住むひとびとの様式だということを、身をもって認識することとなったのだ。


 いままで経験したことのない、雨の降りようだった。川の洪水が、空から落ちてきたみたいだった。一日のうちに数時間ほど、集中して降る。そのあとは、晴天になる。そういうことが、何日もつづく。

 それで当然だが、川も水であふれかえった。川と岸の区別がつかなくなる。辺り一帯が水になる。雨があがってからも、水は出ていかない。ひと月ほど、私の腰の高さくらいまで、村の土地は水に浸かっている。水がどこまでつづくのだろう、と呆れるくらい。それでも、どういうわけか、水から顔を出す背の高い、細い草がたなびく光景には安心させられた。


 もうこうなってしまうと、歩いて移動することはできなくなる。だから丸太で、渡しの小さなふねをつくる。泥や砂で水はすっかり濁っていたけど、それに不満を言うひとは一人もいなかった。

 それ以上に私が驚いたのは、周りのひとがみんな、靴を履いていなかったこと。それもそうだった。靴なんて、あそこでは、少なくともあの季節では、意味がなかった。私は自分の失敗に、おおいに笑ってしまった。舟に乗るまえに、泊めてもらっていた先の主人が、私の靴を指差してなにか言っていたのは、そういうことだったんだと、乗ってすぐに判った。“うわあ!”と、私は声をあげてしまった。水が靴のなかに入ってきて、靴どころか服すらも濡れて、わりと好きだった服が台無しになった。でも私は、よくよく不注意だそうだから、友だちがいまの場面を目撃したら、“またか”とか“相変わらずだな”とか、言われてしまうのだろうな。


 そうだ、なんのために、移動するのかを書いていなかった。一軒先の家に、食料をもらいに行くためだったり、別の家に泊まっている仲間に会いに行ったりするためだ。

 雨が大量に降ったあとは、市場に出掛けられないから、あらかじめ、村のみんなの分の食料を貯めておく家を決めておくそうだ。その家に、二日に一回か、三日に一回かの頻度で、食料をとりに行く。その仕事は、たいていは女性の仕事らしいのだが、私が居たあいだは、私にやらせてもらった。(女性たちは、食料をとりに行った先で、お互いの状況を報告しあったり、食材の使い方などを質問しあったりしていた)



“水の国”で見てきたことを、このように綴っていきたいと思う――――。

 



――――――――――



 本を読んで、あなたにお聞きしたいことがたくさんできました。

 この方は、どのようなひとなのですか。それから、いまから書くこの最後の部分は、どういう意味なのでしょう。あなたなら、なにかおわかりになりますか。

 


 いいえ。

 いいえ――。

 やはり、せっかく書きましたが、これはなぜか、聞いてはいけないような気がします。

 だから、いま書いているこのページは、あなたへ見せるとこなく、抽斗ひきだしにしまっておくことにします。

 あなたは、この本を、ご覧になったのでしょうか。そうだとしたら、どうお思いになったのでしょうか。いつか、その答えを、くださいますか。






 この本の最後に。

 

 僕は、考えずにいられなかった。いままで見たことのない、水の勢いのあり様を目の当たりにして。

 知らなかった数々のことに遭遇して。

 水の流れを見て、思う。流れは、どこからやってくるのだろう。どこから、起こるのだろう。流れがやってきたあとは、洗われるのだろうか。

 僕は、流れの最初の一点でありたいのだろうか。

 大いなる流れのひとつでありたいのだろうか。

 考えずにはいられない。一度経験したことを、消してしまうことは、できないから。

 


      アレン・ジェヌール

 



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