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ある皇女と子爵の書簡  作者: もぃもぃ
第一章 微睡み
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一八〇五年 (二)

 

 あれから、本を頂いてから、数日が経ちましたが、わたしは、本を開くことができません。

 本をくださったその方は、どんなひとなのですか?

 わたしは、あまり知りたいとは思いません。聞いていながら、おかしいでしょうか? そんなことは、わかっているんです。

 あなたのお知り合いなら、素晴らしい方なのだと思います。けれどわたしは、争いはもういやです。

 お父様が、前の政府の人に殺されたとは思いません。だけど、戦ってお亡くなりになったことは変わりません。

 わたしはそのときまだ十歳で、今はもう七年も経って――、七年も経ったと思わなければならないのだと、わかっているんです。

 でも、わからないんです。

 その方は、優しいのですか? 優しいのならば、どうして革命など起こしたのですか?

 あなたは、許せるのですか? 反対の立場にいた人のことを、なぜですか?


 ……ごめんなさい。ご挨拶もしなくて。

 わたし、わたしは、お父様がいらっしゃらないのが、どうしてなのかわからないのです。

 革命が終ってから、しばらくは穏やかに過ごすことができましたが、十五歳のときにはまた争いが起こりました。あなたまでもが半年の間、従軍して……。

 

 わたしのところへは、前の政府の方など、だれも来ません。わたしはそういう場所から、遠いところにいるからです。

 わたしは、ラベンダーの野を歩いて、時を過ごして、今はただそればかりです。ラベンダーは、歩いても歩いても途切れることはありません。この世には、空と海と、ラベンダーしかないと、思えてしまいます。

 皇女になるなんて、夢にも思っていませんでした。でもわたしの周りには、いやなことなどありません。

 殿下は明るくて、頼もしい方です。


 あなたにお会いしたいです。夏はいつも、あなたがいてくださったから、きっとかなしくなかったのです。

 いいえ、ずっと、あなたがいてくださったから、わたしは大丈夫だったのです。



 短い夏も終わりを告げようとしています。

 お父様のお墓には、野花を添えてください。

 いまはあの場所が遠くなった地から、あなたを思っています。


 エレイナ

 八月十四日







 親愛なるエレイナ


 貴女の深い悲しみを知っていながら、感傷に過ぎた私を、許して下さい。

 けれど、エレイナ。いや、レーナ。

 貴女の心を軽んじたわけではありません。



 レーナ。

 私は、旧政府の人間を許したわけではありません。今でも憎んでいます。

 それは貴女の父上――私の兄――を、喪ったからです。兄上は、先々の革命で命を落とされました。

 私はいわばその弔いで、先の革命で銃をとったのです。

 それでも、彼と向き合うことができたのは、私もまた国を愛しているからだと、そう至るのです。


 思えば私は、兄上がなにをもって先々の革命、一七九八年の革命を戦われたのかすら、理解をしていなかったのです。私はただ、兄上と、そして貴女と過ごした日々が砕けてしまったことに、行き場のない憤りを全身に抱えていたのです。

 それは彼も、長い間同じだったはずです。


 彼と出会ったのは、城門の前でした。

 私が伺候しこうするために登城すると、門の近くにひとりの青年が佇んでいました。私が子爵位を継いで、城へ用向きで伺うようになった頃から、その青年が幾度か朝の同じ時間に城門の近くにいるのを、私は目にしていたのです。

 毎日登城している友人が、近頃よく同じ青年を城門前で見る。目的は定かではないが、旧政府の者だろうと話しているのを聞いて、その青年に不信感と嫌悪を抱くようになったのです。


 けれど私はあるときなぜか、城門近くに立つその青年に声をかけていました。彼はそのときも、佇んでいました。いえ、その表現は適切ではありません。そのまなざしは、なにか決意を秘めたもののように見えたからです。事実、彼はそうでした。だから彼の目はとても――、綺麗でした。

 ここで何をしているのか、私は彼に尋ねました。楓の大きな落葉らくようがうつくしい、門の前の広場でした。彼は城門を見つめたまま言いました。


 “どうして共和制が、それの何がいけなかったのかを考えているんです”


 私はこの瞬間、絶望に近い思いに囚われました。やはり、兄を死に追いやった旧政府にくみする者の言葉だと判ったからです。私は思わず剣に手をかけていました。相手は寸鉄を帯びていなかったのにも関わらず、このとき何をしようとしていたのでしょう。

 そしてそのままに、私は声を荒げていました。君はいったい、何を言っているのか判っているのかと。兄はあの革命で命を落とした。大切なものを我々は奪われたのだと。

 彼は私を睨むように見て返しました。

 “いままで何百年と、多くのものを奪ってきたのはだれだ。家族をうしなったのは、お前達への報いだ”

 私はいよいよ剣を抜こうとしました。しかし、彼はそう言ったきり黙ってしまいました。唇をかみ締めて、今考えるに、その発言を悔いていたようでした。


 私はこのとき、とても動揺していました。面と向かって旧政府の人間と対峙したこともありますが、なお衝撃だったのは、彼の目があまりに澄んでいたことです。まだかすかに、少年の面影を残すその姿に、レーナ、貴女が重なったからです。けれどすぐに、その考えは打ち消しました。憎み、嫌悪すべき側の者にこれ以上関わるべきではないと。

 私は言いました。早く立ち去ったほうがいい、そしてもうここへは訪れるべきでないと。

 彼はまっすぐ私の目を見て、そして、言いました。

 

 “あの革命がなんだったのか、あなたはそう考えることはないのか? 僕は、時代がこうも簡単に流れてしまうことが、悔しい。苦しい生活を良くしたかったはずなのに、そのために市民は、市民という立場を得たはずだった。

 この国がまだ、帝政であることを願っていると、そう言う者もいる。でも僕は、それを救いと思う。それが数の多さじゃないからだ。それは、力の大きさなんだ。市民という身分の者が、力を多くもった。その市民が、革命によって新たな身分を得た市民が、そのための革命を起こした市民が、力をもったことで結局は貴族とつながりをもって帝政を望んでいるんだ。

 力がくつがえるときは、どんなときだと思いますか? それは数が勝るときだ。

 僕は市民です。でも、身分じゃない、ただの市民になりたい。

 僕はここに立って、この城の門を見ています。いつか本当の意味で国をひとつにしたいと思うから”

 


 レーナ、あの青年が国を思う気持ちと、私が祖国を愛する思いは、変わるものではないのではないでしょうか?

 彼の言葉を聞いたときに絶望を感じたのは、国を思うと言った彼の目が、澄んでいたからなのではないかと思うのです。ですが、これ以上はやめましょう。

 私には、三度みたびの革命が起こるとは思えません。

 


 レーナ、貴女の目にはラベンダーは悲しみの色で染まっていますか。

 この手紙は、なお深く貴女を傷つけてしまいましたか。

 ただ、私がいつでも貴女のそばにあるということは、どうか忘れないで下さい。

 私が貴女をおいていくことなど、もうありません。

 そうです、ご結婚式にはお会いできますよ。噂のノルディア様や殿下にも、ご挨拶申し上げることができます。



 秋の気配は、この地にも訪れようとしています。

 どうかご自愛ください。



 グレイス・エル・ガーネット

 九月二日



 追伸

 貴女の父上のお墓に参りました。またいつか、貴女とともに訪れることができることを願います。


 

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