5.提案
翌日の昼近く、二人は病院の庭に出た。夜勤明けの美鈴は家に帰るところだったが、そこで彼女から提案があった。
「わたしんとこのアパートでよかったら、引っ越して来ない?」
「え!? 僕が美鈴さんと一緒に暮らすんですか?」
「ちょっと」美鈴は笑った。「違うわ」
宏尚は彼女の言葉を待った。
「住むところ、ないんでしょ?」
宏尚はうなずいた。
「お金もないんでしょ?」
こうして改めて言われると、実に情けなかった。
「まだ少し足を引きずってるけど、もう大丈夫です。一日も早くここを出ないと……入院費用がかさむ一方だから」
「退院したら早く仕事探さないとね」
美鈴の説明では、アパート自体はとても古いが二階の一部屋が空いていて、風呂なし共同トイレの四畳半で、月四千円でよいということだった。
「なんでそんなに安いんですか?」
「そんなに期待しないで。古いのよ、建物が。いま空いちゃってるから、住んでくれると、こっちも助かる」
今の宏尚に風呂なし共同トイレでも文句が言えるわけがない。こんな有り難い話はそうそうないのだ。
それに、家賃は最初の給料日から払えばいいのだと言う。
「そんな! それじゃあ、あまりにも甘え過ぎだから!」
と遠慮のかまえを見せたら、
「それまでの分も、しっかり加算しての話よ。だから早く仕事見つけないとね」
とピシッと言われてしまって、己の甘さがつくづく嫌になった宏尚だった。
なにはともあれ、体をしっかり直さないと。そして仕事探さないと──。いつもの明るい足取りで帰って行く美鈴の後姿を見ながら、宏尚は決意を新たにした。
‐了‐