第四章 悪の軍団、創設
翌朝、ネクロヴァリアの広場には妙な緊張が漂っていた。
前夜の盗賊捕獲はすでに街中に知れ渡っていた。壁があっても、鐘があっても、それだけでは終わらない。噂を嗅ぎつけた連中は、これからもっと来る。
その現実が、住民たちの浮ついた希望を少しだけ引き戻していた。
ゼノスは木箱を重ねた仮の机の前に立ち、集まった者たちを一瞥した。
二十名弱。昨日までの名簿組に加え、新顔も混ざっている。
「聞け」
声は低く、飾り気がない。
「この街は俺のものだ。
壁も、水も、住居も、全部俺の資産だ。
お前たちも、広い意味では俺の資産に入る」
新顔の何人かが面食らった顔をしたが、元からの住民は誰も驚かない。いつものゼノスだ。
「資産は守る。奪わせない。壊させない。
だから番犬を増やす」
ヴェスが後ろで薄く笑った。
ゼノスは構わず続ける。
「勘違いするな。
誇りも、英雄も、忠誠も要らん。
役に立つことだけだ」
一拍置いて、視線を全員に突き刺す。
「守るものは二つ。街と秩序だ。
盗賊も、魔獣も、帝国の犬も、好き勝手させるのは気に入らん。
だから噛み殺す。そのための牙が要る」
ガウェインが木板を掲げ、淡々と制度を読み上げた。
前衛・壁上補助・遊撃・後方補助の四区分。
命令遵守、持ち場放棄禁止、住民からの略奪禁止。
その代わり、寝場所・食事・治療・遺族支援。
理屈は徹底して冷たい。
だがその冷たさが、逆に皆の胸に刺さった。
ベラムが最初に前へ出た。
「入る」
続いてセラ、ヴェス、ドラン、そして若い流れ者のルカまでもが。
ゼノスは最後に短く言った。
「弱い私兵は役に立たん。
腹を空かせた犬は主人より先に餌に飛びつく。
だから整える。それだけだ」
ガウェインが最後の木板を掲げる。
「本日より、旧倉庫を兵舎とする。
訓練は朝夕。昼は街の作業に参加。
文字も最低限覚えろ」
ヴェスがにやにやしながら手を挙げる。
「俺は遊撃でいいぜ、飼い主」
ゼノスが即座に返す。
「次その呼び方をしたら檻に入れる」
「餌は?」
「石でも齧ってろ」
広場に、乾いた笑いが小さく走った。
軍団創設の場には似つかわしくない笑い。
だが、それでネクロヴァリアの空気は少しだけ軽くなった。
ゼノスは踵を返し、旧倉庫へ向かう。
背後でガウェインが追いつき、低く言った。
「総督、負荷は大丈夫ですか」
「倒れるつもりはない」
ゼノスは答える。
「俺はただ、番犬小屋を広げただけだ」
後に人はこの日を、灰都守護軍の前身、黒鎖軍の起点と呼ぶことになる。
だがゼノス本人だけは、最後までこう言い張るだろう。
――俺はただ、番犬小屋を広げただけだ、と。




