春の日差し5
「お昼、のぞみちゃんたちと食べるんでしょ? 私も行くから」
登校するや否や、出会い頭にそう告げるあすかの目はどこか据わっていて、有無を言わさない雰囲気だった。
やっぱり最近のあすかは強引で、彼女がこんな感じで私に接してきたことは今までなかったはずだ。
私は困惑しながらも弱々しく頷く。
「いいけど……。あっ、それならあすか一人で行ってきてよ」
「ましろちゃんがいなかったら意味ないでしょー?」
ふふん、なんて鼻を鳴らして、からかうように頭を撫でられる。
気が重かった。
私はこのまま、朝雛さんたちとの関係を続けられる自信がなかった。
眩しかったのだ。
温かいというより、近づきすぎれば熱すぎて、溶かされてしまいそうなくらいに底抜けに明るく感じられて。
遠くからときどきちらっと覗き見るくらいの、春の日差しを享受するくらいでちょうどよかったはずなのに。
「のぞみちゃん、ましろちゃんと仲良くなりたいって言ってたし」
「……もしかして、私の知らないうちにメッセージでやり取りしてたり?」
「ご名答」
あすかは得意げにスマートフォンを取り出して、小首を傾げてみせた。
相変わらずの行動力の化身。既に外堀は埋まっているというわけだ。
……でもなぜ?
「どうして私なんかと」
「その――私なんか、禁止だよ」
言ってあすかは思いきって顔を近づけ、私の唇を人差し指で塞ぐ。不意を突かれて、私はぽかん――と言葉を失った。
あすかは続ける。
「いいことじゃん。その私なんか、と友達になりたいって言ってくれてる子がいるんだから。逆に聞くけど、ましろちゃんはのぞみちゃんのこと嫌い?」
「嫌い……ではないかな」
「ならいいじゃん」
あすかはその場で弾んだ気持ちを表現するようにステップすると、私の返答を待たなかった。
「決まりね。お昼、待っててよね。一緒に食堂行くから」
そしていつものように、クラスの一軍グループの会話の輪へ交ざっていったので、私もいつも通り読書に励むこととした。
雨は昨日の深夜のうちに止んだみたいで、今日は雲一つない快晴だった。
午前中のうちに水たまりはほとんどなくなって、ぽかぽかの陽気が春の学び舎を照らす。
お昼休み。お母さんはすっかり回復して、張り切ってお弁当を作ってくれた。
それは嬉しいのだが、それを持って食堂へ行かなければならないのは変わらない。
昨日の今日で約束を反故にできるほど、私は不義理ではなかった。
まさかこれを毎日……?
彼女たちのことを、決して嫌うわけではない。
けれど根本的に私はひとりでいる時間の方が好きで、常日頃誰かとペースを合わせていなければならないのを考えると、ストレスで胃が痛むのだ。
毎日のお昼の時間が憂鬱な時間に変わってしまうのだけは、避けたかった。
ピンクの花柄の手ぬぐいで包んだお弁当を前に、ぼうっと溜息を吐いていると、かわいらしい小銭入れで頭をぽんと叩かれた。
「行こっか、ましろちゃん」
「……はーい」
連行されてきた食堂の一テーブルを囲って、昨日も見た顔が五人。
もちろん、グループの中心に朝雛さんはいた。
なるべく目立たないようにと端っこに位置どった私を、誰も気にすることなく会話に花咲かせる。
あすかですら、初手から逃げの姿勢を見せる私を咎める様子はなかった。
ふと、二つ隣に座る朝雛さんに目をやる。
いや、別に朝雛さんのことが気になっているとか、そういうのじゃなくて……。
自分のすぐ傍に、みんなの人気者ポジションの子がいて、その周りにたくさんの明るい子たちの笑顔が咲いている。
中学時代はそんな子たちからは私は距離を取っていたし、向こうも私のことを歯牙にもかけなかった。
常ににっこにこの満面の笑みを絶やさず、相変わらず小動物じみたかわいらしい仕草で相槌を打ち、話題を膨らませ、冗談を言い合う彼女に思わず見惚れて、箸を止める。
こうして見ると、本当に美少女だ。
少女がからからと笑うたび、長い黒髪が揺れてお日さまの光が乱反射する。
大きくてまんまるな瞳は、常に誰かをまっすぐに捉えて虜にするようであった。
「――いや見すぎじゃね?」
不意に耳元で囁かれた声に驚いて、私は慌てて悲鳴を噛み殺し、視線を外して俯いた。
案の定、あすかの声。
彼女はさっさと食べ終わってしまったのか、いつの間にか会話の輪から外れて、私の座る対角線の反対側にいたはずなのに、気付けば隣まで移動して来ていた。
忍者かお前は。
「な、なんのことかな?」
「それでごまかせてるつもりー? やっぱりましろちゃんも、のぞみちゃんと仲良くなりたいんじゃないの」
「いや、私は別に……」
なんて強がってみるけど、さすがにはぐらかせないだろうと、私も観念していた。
だって仕方ないじゃないか。
あんなにかわいくて明るくてキラキラした子が近くに座っていて、視界に入れない方が難しいよ――。
幸いなことに、朝雛さんを中心とする会話の重心はこちらへは移動せず、相変わらず私には似合わないキラキラの会話に花が咲いている。
あすかはひそひそ声で続ける。
「のぞみちゃんも、ましろちゃんと仲良くなりたいって言ってるんだよ。ウィンウィンの関係じゃないの?」
「それは……。そもそも、あすかはどうして私と朝雛さんをくっつけたいわけ?」
あすかは私にとっては数少ない友人だ。
だけどあすかにとっての私は、たくさんの仲良しのうちのとるに足らない一人でしかないはずで、おもしろいからと気まぐれで付き合ってあげているだけの友達のはず。
中学までの彼女は、それこそ朝に本を読んでいるところを、興味本位に話しかけて当たり障りのない会話をしたり、修学旅行で一緒のグループになって自由行動を共にするだったの仲だった。
あすかが私と朝雛さんの仲を取り持ちたい強い動機が見えなくて、私は困惑していた。
「朝雛さんの頼みだから、って言ったら納得する?」
「……それだけ?」
本当にそれだけ?
あすかが朝雛さんと連絡を取り合っていることは知っていた。
でも、そもそもあすかってもっと淡白で優柔不断な子だと思っていた。
それは本当に彼女を突き動かすのに十分な強い動機になっているのだろうか。
それとも、曲がりなりにも三年間クラスメートとして付き合ってきた私の目が曇っていて、本当の彼女をまだ知らなかっただけ?
「私さ」と、話し出すあすかの横顔が、なんだかしんみりとして見えた。「ましろちゃんのこと好きなんだよね」
「……んん? なに、どした急に」
突然の告白に、私はおどけて答えて見せた。
この間から運命だ恋だなんて言うから勘違いしてしまいそうになるけれど、あすかのことだ。
あえて際どい言い方をして、私をからかっているだけだろう。
でも、私は彼女に単に軽く見られているというわけでもないようだった。
それはふざけた様子のない口調からも読み取れた。
「だからましろちゃんが困ってたら助けたいっていうか」
「今まさにあなたの行動のせいで困ってるんですけど」
少し不貞腐れた口調で返すと、こちらを向くあすかと視線が合う。
好き、だなんて言われた手前、急に目が合って照れ臭くなってしまって、私はお弁当に目を落とした。まだ半分くらいしか食べられてないや。
「最近のましろちゃん、なんだか寂しそうに見えたから」
「私が、寂しそう……?」
「――あれ、あすかちゃんいつの間にそっちに!」
ついに私とあすかの秘密の談合の現場がばれてしまい、朝雛グループの会話の重心がこちらへ転がり込んだ。
あすかは私の隣に座ったまま、また他愛のない会話に巻き込まれていって、その輪の中に私も強制加入させられた。
雑談の波に揉まれながら、あすかの言葉が――なんだか寂しそうに見えたから――ずっと胸の底にこびりついて、ろくに話に集中していなかった私は、お弁当を食べ終わるのが最後になってしまい、みんなを待たせてしまった。
誰かさんのせいで注目の的になってしまい、とても恥ずかしかった。
みんなが定食ランチのお盆を片付ける間、お弁当をまとめて席を立ち、教室までの道のりを一緒しようと待つ。
別に先に逃げてしまってもいいのだけれど、後であすかにからかわれるのも味が悪い。
戻ってきた集団の中から、一足先にこちらへ戻ってきた朝雛さんを捕まえて一言をかけるのに、そんなに苦労しなかったのは、たぶんとても運が良かった。
「ねえ、朝雛さん」
意を決して話しかけると、きょとんと首を傾げる仕草がかわいらしい。
思わず唾を飲んで、だけど怯まずに私はこう続ける。
「もし良かったら、帰りに二人でどこかへ寄って行かない?」
決して何かに流されたわけでも、あすかの術中にはまったわけでもない。
ただ、私がそうしたいと気付くのに、あすかの言葉が少しだけ背中を押しただけだったのだと思う。
朝雛さんは見るからに笑顔を咲かせて、雲を晴らした青空みたいに嬉しそうな顔をした。
「うん! 放課後、教室に迎えに行くね!」
「う、えっと――」
教室に迎えに来られたら、目立ってしまうから校門の前とかでこっそり合流して――そう伝えるよりも早く、みんなの人気者は輪の中心へ呑み込まれていって、私はひとり爪弾きにされてしまった。
(……まあ、こっちの方が私らしいか)
――友達がいないのには慣れていた。
それに、ひとりの時間が好きだから、ひとりでいて寂しいと感じた経験はほとんどないはずだ。
あすかはなぜ、私が寂しそうに見えたのだろうか。
いつも通りにしていたはず……。いや、正直に認めよう。私は確かに、いつも通りではなかった。
カラオケで朝雛さんと初めて一緒に遊んで――正確には彼女を含めたグループでだが、いやそれよりもっと前、朝雛さんの話をあすかから聞いて、その日のうちに偶然ばったりと出会ってしまってから、私は確かに彼女のことをずっと考えて、一緒に居れば目で追ってしまっていた。
これで「私は朝雛さんのことなんて一ミリも興味ありません」なんてのたまう方が本来無理があるだろう。
ほかならぬ私自身が、彼女と仲良くなりたいと思っている。
友達はいないよりいるに越したことはないが、人見知りで、自分からすすんで友達を作りたいと思ったことは、少なくとも物心ついてからはほとんどなかったはず。
だからこれは初めて抱く感情で、私はきっとそれにずっと振り回されていたんじゃなかろうか。
帰りのホームルームが終わり、放課後。
帰り支度をしてスクールバッグを手に、教室を出ようとすると、「ましろちゃーん!」と活気のよいソプラノ。
危惧した通り、教室中の視線が一斉にこちらへ向くのが分かり、頬が一気に紅潮していくのを感じる。
教室後方の出入り口から小さくてかわいい小動物が、元気よく手を振っているのが見え、私は何も言わずにそちらへ一目散に駆けた。
去り際に、あすかが「また明日ねー」と声を掛けるのが聴こえたが、返事をする余裕もなく……。
私は合流した朝雛さんに「そ、それじゃあ行こっか」と震える声で言って、そそくさと昇降口に向かった。
学校を出るまでの間は気が気じゃなくて、自分から誘ったくせに、人気者の隣を歩くなんてやっぱり性に合わないと弱音を吐きそうになるのをぐっと堪えた。




