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春の日差し1

初めまして。

女の子同士が恋愛する作品を書いたので是非お読みください。


文庫本一冊程度の書き溜めがあるので、予約投稿で連日更新していきます。

感想を残していっていただけると励みになりますので、お気軽にどうぞ。

 運命の出会いなんて、もう信じないことにしていた。


 途方もなく広いこの世界で、気の遠くなるような歴史がたくさんの人々の出会いを紡ぎ出して、人は出会いそして別れてゆく。

 人と人とが関わり合っていられる時間なんて、宇宙の営みを考えれば塵にも満たない一瞬でしかなくて、そんな些細な誰かとの関係に一喜一憂するのにすっかり疲れてしまった。

 だのに運命というのはいつもちっぽけな私を嘲笑って、どうしようもなく心を乱してくる。


「――ましろちゃん」


 儚げにそう呼ぶ声のせいで、過去の私の生意気で矮小な強がりなんか簡単に崩れ去る。


 星明りだけが差し込む幻想的な空間の真ん中に、玉のような黒い瞳が輝く。

 宝石は天の川銀河を鮮やかに映し出して、悠久の宇宙に吸い込まれてしまいそう。


 まるでそこに、数十億の歴史を内包しているかのような錯覚を覚える。

 宇宙すらも凌駕するほどの魅力ならば、それを運命の出会いと勘違いしてしまったのは、きっと仕方がないんだ。


 ――高校一年生の春、私はその瞳に恋をして、柔らかな唇にそっと口づけを落とした。

 これは、運命の出会いなんて信じていなかった私が出会った、運命の人へ贈る愛の言葉。



  *  *  *



 春が好きだ。


 少しずつ冬の冷たかった空気に色がつきはじめて、お日さまが生き生きとしだすこの季節が好き。

 草木が芽吹き、鮮やかに花咲くこの季節が好き。


 朝のホームルームが始まるまでの浮ついたひととき。

 おろしたてのブレザーの制服に身を包み、まだどこか初々しい雰囲気のクラスメートたちが、小鳥みたいにさえずるこの空間が気に入っている。


 入学式を過ぎて二週間。校内の至る所に咲き誇った桜の花びらが散って、緑に包まれ始めた季節。

 巷ではお嬢様学校なんて言われる都内私立の女子校、四葉女子学院に通う語り部、美星茉白は、この春で高校一年生になった。


 中高一貫校であり、中学からの内部進学生である私を含めたこのクラスのクラスメートは、ほとんどが見知った仲ではあるものの、新調した制服に胸躍らせ、中学生から高校生へと進級した喜びを噛み締めつつ、新たな生活が始まる高揚感に期待を募らせていた。


 ひとりの時間が好きだ。

 南向きの窓から差し込む朝日に春を感じつつ、「また一緒のクラスになれたね」とか、「今日から同じクラスだね、よろしく」なんてお嬢様方の会話をインストにして、今月の頭に買ったばかりの新作小説を読み耽るこの時間が好きだ。


 本を読んでいる間は頭がすっきりして、日頃の人間関係のもやもやとか、やらなきゃいけないこととか、全部忘れて没頭できるから、ついつい夢中になってしまう。


 読書が趣味だからって別に学校の成績が特別に良いわけではなく、よくて中の上。

 友達もそんなに多くなくて、容姿も特筆するところもなくて。

 学校では特に目立つこともなく、かといって極端に爪弾きにされたりするようなこともなく。

 私は他の子たちからしてみればいてもいなくても大して変わらない、空気みたいな存在感だ。


「なに読んでるの?」


 都合の良い止まり木を見つけたみたいに、すっかり自分だけの世界に入り込んでいた私の世界に降り立って言葉を落とす美少女は、中学以来ずっと同じクラスで、私の数少ない友達、藤宮あすか。

 出席番号が一つ若くて、前の席に座るあすかは、毎朝こうして、まるで河原で珍しい虫でも見つけたように、ひとり読書に夢中になる私に話しかけてくる。


 私は縦書きの文字をなぞりながら、間延びした口調で、作品のタイトルを答える。


「それって、おもしろい?」

「おもしろいよ」


 蔑むでもなく不思議そうに、彼女はいつもそういう聞き方をしてくる。


 私が朝の時間に本を読んでいると、あすかがこう聞いてくるのは今に始まったことでなく、中学一年の頃からのルーチンになっていた。

 だから今更何を思うわけでもなく、私も目を上げずに淡々と答える。

 そうしてまたいつものように、顔を上げない私に向かって、あすかは一方的に喋りかけてくるのだ。


「高入生のクラスに、ちっちゃくてかわいい子がいてさ。ましろちゃんよりもちっちゃいの」

「私より?」

「うん。なんか、高入生の子たちの間で軽くマスコットみたいな扱いになってて、すっかり人気者になっちゃってるみたいでさ。私もお邪魔して、仲良くなってきた」

「へえ……。さすがはあすか、すごい行動力」

「えへ、でしょー」


 高入生――要するに私たちとは違い、高校からこの学校に入学してきて、私たちと同学年になった子たち。

 彼女たちは内部進学で制服が変わったくらいしか新鮮さのない私たちと違って、新たな校舎、新たな学友とともに、新生活に胸を躍らせているのだろう。


 それにしても、まだ入学から二週間たったくらいだというのに、高入生の友達を作ってくるとは。

 あすかのバイタリティには感心する。


 人付き合いが苦手な人見知りで、誰かと話すより本を読む方が性に合っている私と、友達がたくさんいてアクティブなあすかとでは、まったくの正反対だ。

 これは中学の時から本当にそうで、あすかはいつも気付けばクラスで一番明るい子たちの輪の中にいる。

 それでも実習とか修学旅行の班行動では、あすかは必ず私も含めた友達の少ない子たちとグループを組むのを好むから、私はそれを不思議に思っていた。


 そういえば前に彼女はこう言っていたっけ――友達多い子と話すのはいつでもできるから、修学旅行みたいなイベントの時はふだんあんまり話さない子と一緒に組んだ方がおもしろいでしょ?


 中学生や高校生の女子なんて、なんとなく仲良しグループで固まってしまって、友達関係が固定化されてしまうのが常だ。

 しかしあすかはそんなのお構いなしに、他のクラスの子や時には学年が違う子とまで仲良くなってくる。

 あの社交性の高さにはいつも舌を巻く。

 あすかの行動力は高校に上がってからも変わらないらしく、たった二週間で高入生の、それもその中でも選りすぐりの人気者を篭絡してくる異次元のコミュニケーション能力の高さに脱帽した。


「なんて名前の子なの?」

「あれ、ましろちゃんが他の子に興味持つなんて珍しい」

「えっ……、私だって、入学して二週間で学年の人気者になっちゃうような、芸能人みたいな子はちょっと興味わいちゃうよ」


 あすかはなぜか、目を細めて口角を上げ、にやにやとした顔でこちらを見つめ、後ろの私の机に肘をついて頬杖をついている。

 文字を追っていた目を思わず逸らし、私はあわあわと口元の動きが挙動不審になるのを自覚して恥ずかしくなった。


「そっか、ましろちゃん、ちっちゃくてかわいい子が好みかあ。お姉ちゃん属性なのに、自分よりちっちゃい子なんて、同級生になかなかいないもんねえ」

「私が特別ちっちゃいわけじゃなくて、あすかが背高いだけで……って、そうじゃなくて。別に好みとかじゃなくて、単にちょっと興味持っただけっていうか……」

「まあ、そういうことにしておいてあげる」


 確かに私は学年でも背の順の前から数えた方がだいぶ早いくらいには小柄だ。

 モデル体型ですらっと線の細いあすかが長身なので、二人でいると余計に自分の小柄さが際立ってしまうような気がしてしまう。

 別に自分の身長に劣等感を抱いたことはない。

 人の多い電車で吊革に手が届かないのを不便に思うくらいだ。


 そんなことよりも……。

 あすかの含みのあるからかいに、私は唇を尖らせる。


 男子のいない環境で思春期の六年間を過ごす私たちは、世間様からは恋愛とは無縁に思われてしまいがちだ。

 しかし実際には、他校の男子と付き合っている子は意外といるし、女の子同士で付き合っている子も結構いる。


 女子だけの環境だと、女の子同士で、なんていうのはほとんど抵抗なく受け入れられる。

 恋愛小説でよく見る設定、みんなの憧れの女子校の王子様なんて存在も、確かにこの学校にはいる。

 初めて聞いた時は、そんな世界が本当に現実に存在するものなのかと感心したものだ。


 私はというと、たぶんそれ以外の多くの子たちと同じように、恋愛なんて興味のないまま中学生活を終え、高校生になった。

 そして今後も、そんな風にだらだらと過ごして卒業してゆくのだろうと、なんとなく思っていた。


 これはあくまで経験談ではなく、人から聞いた話や、ネットや本で得た知識を総合して、自分の中で咀嚼した解釈でしかないということを前置いたうえで――中学生や高校生の恋愛とは人生の浪費であると切り捨てていた。


 男女で――あるいは同性同士であっても、強い恋心を根拠に惹かれ合って、お互いを思い合い、分かり合い、時にはぶつかり合って、素敵な関係を構築しあって。

 そういうのは素敵なことだと思うし、そうすることで人としての感情は豊かに育ってゆくのだろう。


 しかし、人と人との儚い関係性にそれだけの時間を費やして、まだ高校生である私たちが、永遠に続くわけでもない関係性を構築するのに苦心するなんて、有り体に言えば無駄な時間であるように思えた。

 確かに後から振り返って、美化された過去に思い耽って酔い痴れることはできるかもしれないけれど、それだけだ。

 まして、女同士で結婚できるわけのないこの国で、十年後に付き合いのあるかも分からない人との関係性に、高校生の貴重な時間の大部分を使う覚悟なんて、臆病で愚かな私には到底持てなかった。


「――もう、変なこと言わないで」

「ごめんて」


 悪気なさそうに舌を出す彼女の表情を、私はじっと睨んだ。


「人を好きになるとか、私にはよく分からないよ」

「きっとそれは、運命の出会いを経験していないからだよ」とあすかは言う。

「運命の出会い? ……あすかって、そういうこと言う子だったんだ」


 私は意外に思って聞き返す。

 どちらかというとドライで現実的な彼女の口から、そんなロマンティックな言葉が出てくるなんて思わなかった。

 あすかは不敵に笑って、こばかにするように人差し指を突き出して、重く下ろした前髪の下に覗く私の額をつんと小突く。


「達観したような顔をして、ましろちゃんだってまだまだ子供なんだから。そうやってすました顔してる子ほど、熱烈に恋愛したときにかわいい反応するんだよ」

「……前々から思ってたけど、あすかはどうして私をそんなに子ども扱いするわけ? 私、そんなに幼稚っぽく見える?」


 あすかより一回り背が低いのもあるだろうし、私が人見知りで友達が少なくて、いつもあすかに助けられることの方が多いのもあるだろう。

 あすかは時折、私のことをこんな風に子ども扱いしてくる。

 見下してるとか、ばかにしてるとか、誰にでも分け隔てなく接するあすかがそういう子にはあまり見えなかったけれど、私としてはいささか不服だった。


「だってましろちゃんかわいいから。かわいい子って、ときどきいじめたくなるじゃん?」

「……ばか」


 そう言って私は頬を膨らませ、本の続きに目を落とした。

 そしてあすかは気まぐれな風を弄ぶように鼻歌混じりで、噂の女の子の名前を教えてくれた。


「朝雛さんって子。こんどましろちゃんにも紹介するよ」


 それだけ言ってあすかは満足げに席を立ち、一軍グループの会話に交ざりに行くと、クラスメートたちの会話が再び初春の爽やかな音楽に様変わりする。


 また適当なことを言って、と私は思った。

 紹介なんてされたところで、そんなかわいい子と私が仲良くできるわけがないと思ったし、あすかのその言葉はその場限りの社交辞令で終わるのだろうとも思った。

 だから私は、その朝雛さんって子のことはすぐに忘れて、いつも通り自分の世界に戻ってゆく。


 朝のホームルームが始まるまで、あと十分くらい。

 それまでは、他の子たちが人と人との関わりを楽しみ、刹那の会話を花で彩るように、私はひとりの時間を静かに堪能することにした。

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