裏社会動員シーン
【裏社会動員シーン→祝宴本番 書き起こし】
(※先ほどの続き)
――夜。
城の裏庭にある、誰も近寄らぬ古い離れ。
そこで、俺は静かに足を組んでいた。
「……全員、揃ったな」
俺の声に、部屋の奥でうずくまる影たちがピクリと動く。
盗賊団の頭領、密輸商人の親玉、賭博屋の胴元、奴隷商の元締め――
この国の裏社会を牛耳る悪党どもが、俺の前では一言も発せず膝をついている。
「祝い事だ。女王陛下のご命令でな、派手に祭りをやることになった」
誰かが小さく息を呑んだ。
表の太鼓持ちが、裏の王として“命令”を下す瞬間――
この場にいる全員が、その意味を痛いほど知っている。
「炭火焼きの屋台を、三日で百は用意しろ。肉は串に刺して焼くだけ。酒も用意しとけ。材料の出所は問わねぇ。方法は任せる」
無茶だ、という声は一つも上がらない。
誰もが黙って頷く。それが“ここ”の掟だ。
「……報酬は?」
おずおずと問う声に、俺はニヤリと笑った。
「祝宴の屋台で得た金は、半分くれてやる。国庫に納める分以外は好きにしろ。が――」
声を低く落とし、ズシリと重い一言を叩き込む。
「俺の顔に泥を塗ったら、その場で首を落とす」
全員が凍り付いたように黙り込む。
「さぁ、好きに暴れろ。三日後には、あの女王様を笑わせる祭りを見せてみろ」
その瞬間、影たちは一斉に散っていった。
夜の街を、裏社会の獣たちが走り出す。
――三日後、祝宴当日。
王城前の広場は、かつてない熱気に包まれていた。
数えきれぬほどの屋台が並び、炭火の煙が空に昇る。
「なんだこれは……?」
城のバルコニーから見下ろすヴェリシアが、目を丸くする。
民衆が列を成し、笑い声が響き渡る。
「くっせぇけど……これは、腹が鳴るな」
「すげぇ……これ、肉だぞ。肉が食えるぞ!」
「女王陛下万歳! これが新しい時代の味か!」
炭火で焼かれる肉の脂がジュウジュウと弾ける。
香ばしい匂いが風に乗り、城中を包み込んでいく。
「ほぉ……なるほどね」
ヴェリシアは頬に手を添え、うっとりとした表情を浮かべた。
「この匂い、民の胃袋を直撃する……ふふ、私の読み通りね」
隣に控えるゼンは、変わらぬ調子で太鼓持ちの言葉を紡ぐ。
「まさに陛下の先見の明。この屋台、陛下のために生まれた祭りにございます」
「当然でしょ。私が許可したんだから」
ヴェリシアは満足げに笑い、群衆の歓声を浴びながら堂々と手を振る。
その姿はまさに“女王”そのもの――表の顔としては、完璧だった。
だが、その裏側では。
裏社会の連中が必死に肉を焼き、酒を注ぎ、金を稼ぎ、汗まみれで動いていた。
全ては、たった一人の男――ゼンの命令一つで始まった宴。
ゼンは人知れず、バルコニーの影で笑った。
「……まったく、祭りってのは楽しいな」
夢で見た夜の光景が、現実になった瞬間。
この国は、太鼓持ちの“暇つぶし”によって、また一つ大きく変わった。
次の祭りは、どんな遊びにしようか――
そんなことを考えながら、ゼンは次の夢に思いを馳せるのだった。