八目惚れ 都合のイイ人
謎のパスタを完食した山畳が化粧直し――すっぴんに見えても男には分からない努力を女はしている。これ、大事――に向かったタイミングで、有森は近寄ってきた。
秘密の話なのか顔を寄せてくる。
ドキっとして数センチ下がったのに、その分だけ距離を詰めてくる。だ、だめ。俺には心に決めて諦めた意中の相手がいるんだ。あっ。
「――先輩の好きな子、ミキですよね。いやぁ、分かっちゃったな」
……狙い通りだったとはいえ、微妙に嫌な気分になるな。プレゼントの蓋を開けたら参考書だった時のような感じに似ていなくもない。
「いい趣味してますね、このこの」
「いや、違っ」
「隠さなくても言いふらしたりしないですから。年上をたぶらかすなんてミキも罪な女だなー。顔だけが良い私と違って、良い女ですよ」
罪な女なのか良い女なのか、はっきりさせて欲しいのだが。いや、有森の口から言わないで。
それはそうと有森の言葉に一瞬、違和感を覚えたのだが、はて、何だろう。
「山畳が良い女??」
「どうしてそこで疑問形ですか。顔だけ良い私には勝らないとはいえ、ミキも顔は良い方に分類されますって」
まあ、一般的には有森の言う通りだ。
それはそうと、有森って自分の顔に誇りを持っているんだな。
「ミキも急に青森先輩に懐いていますから、脈はあるかも?」
「俺、クルーザー級のボクサーに殴られて死んだゾンビだから、脈はないかと」
「先輩。世の中、顔がすべてですが、ミキが特殊性癖でゾンビ好きな可能性に賭けましょう」
その性癖を有森が所持している可能性はワンチャンないでしょうか? ないかぁ。
「顔はどうにもなりませんが、清潔感で好感度を稼げますから頑張りましょう。私も女なのでアドバイスはできますよ」
気が進まない。むしろ憂鬱だ。特に何とも思っていない山畳のために男を磨くモチベーションが生まれてこない。
ただ……有森が思う好感度の稼ぎ方には大変興味がある。攻略対象から攻略法を聞けるなんて反則だ。い、いや、俺は一目惚れを止めたんだ。有森はもう攻略対象ではない。
「よろしくお願いできるか?」
「素直なので好感度を一点あげましょう」
さっそく一点だ。この調子なら百日後には満点になっている計算だ。
諦めて半日も経過していないのに、何故か逆に距離が詰まる俺と有森の関係値。スマフォを取り出してLIFEの連絡先まで交換する始末だ。本当にどうなっている。
「そうそう。採点する代わりって訳じゃないですけど、私の相談を先輩に受けて欲しいです」
「俺にできる事ならどんと来い」
「プラス一点ですね」
この女、意外とチョロくない?
「あの……私、気になる二年生がいて。美術部のカンジ先輩。柿崎って苗字のイケメンを知ってます?」
認識違いだった。チョロかったのは俺の方だ。
有森の小さな口から発せられたのは、何故か俺の友人、柿崎の名前だった。
一瞬前まではあいつの事を友人か何かだと勘違いしていたが、前世からの仇か何かだったのだろう。
「青森先輩、ぼぅっとしないで。話聞いています?」
「あ、ああ。山畳の奴が遅いなぁって」
「マイナス一点。今は私の話に集中!」
「悪い。柿崎だったか。知っている。同じクラスで、しかも隣席」
言いたくはないが嘘はつけない。内面を気にする俺がどうして嘘吐きでいられるだろうか。なお、山畳の件については有森が勝手に勘違いしただけなのでノーカンです。
「知り合いですかっ」
「いちおう、友人」
「思わぬ幸運! 一年C組、有森が素晴らしい女だと推しておいてもらっていいですか!」
まあ、こうなるよな。
言いたくはなかった。それでも断る事はできない。
一目惚れしていた有森が酷く嬉しそうな笑顔を向けてくれているのに、どうして断る事ができようか。
一目惚れしていた有森が一目惚れした男に嫉妬するだけのモノが、どうして俺にあるだろうか。
何よりも、柿崎は外見のみならず内面も悪くない男と俺は知っている。つまり、有森の審美眼が正しい事が証明されてしまった訳だ。選ばれなかった俺の評価も正しかったと連鎖的に言えるだろう。
「…………分かった。確実に伝えておく」
「ありがとうございますっ。青森先輩って、イイ人ですね。キャンセルしたはずなのに何故か届けられていたメロンソーダを奢ってあげます」
イイ人か。
都合のイイ人と言われただけだというのに、どうして心はこうも高揚してしまうのか。馬鹿な心だな。
◆翌日 二年C組 朝のホームルーム前◆
昨日はその後、柿崎は美術部にまだいるはずと有森に伝えると、ファミレスから学校へ出戻っていった。そのくらい彼女は柿崎に恋している。その行動力は素直に絶賛だ。
「――という訳で、有森の一目惚れを手伝う事になってしまった」
「お前なぁ。他人の事を応援できるのは余裕のある奴の特権だ。お前はもっと自分の事に真剣になれよ」
「有森と俺を他人みたいに言うなッ。もう、LIFEの連絡先も交換した友達寸前だぞ」
俺の鬼気迫る訂正に柿崎は押し黙る。どちらかというと閉口しているように見えるが気にしない。
「お前なぁ……」
「苦情は次の休憩時間に受け付ける」
ホームルームの時間となり担任が現れた。柿崎は不服そうに席に座り直す。