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六目惚れ 時間は何も解決しませんでした

 昼休憩が終わるギリギリに教室に戻ってきた所為で、昼食は抜かざるをえなかった。どこをほっつき歩いていたのかまったく覚えていない。


「大丈夫か、青森」

「大丈夫、大丈夫。道草は食べたはずだから空腹なはずがない」

「全然、大丈夫じゃないな」

「そんな事はない。俺は一目惚れという名の精神病から回復したぞ。今は、そう、病み上がりみたいなものだ」


 昼休憩前後で骨格が変化してしまったのか頬がとろけて机から離れてくれない。

 せっかく放課後となり自由になったのに、俺の体は自由に動かないぞ。どうしてだろう。


「これは絶対に何かあったな。しかも間違いなく色恋が関係している。……今日も有森が美術部に来るなら聞いてみるか」


 動けなくて困っているとアピールしているのに薄情な友人、柿崎は一人で教室を出て行ってしまった。





 柿崎甘慈(かんじ)が旧校舎にある美術室に到着する。

 キャンバスその他のセッティングを終えて、昨日は中途半端に終わったボブ・モアイを描き上げるつもりだ。意識を椅子の上の土産品に集中させているとあっという間に一時間、二時間が過ぎていく。高校生の時間もあっという間に終わるのではないかという不安も覚えていられない。

 夕日が窓から差し込んできて柿崎は時間に気付く。

 そろそろ帰ろうか。こう鉛筆を置いた瞬間を狙いましたかのように、一年女子が顔を出した。


「カンジ先輩、まだいますか?」

「有森か。今日はもう来ないかと思っていたのに」

「えっ、私を待っていてくれたんですね!」

「いや、全然」


 美術部は幽霊部員が多い。それか、学校から外に出て好き勝手な場所で絵を描いているアウトドア派か。美術部員の癖に登攀能力を高めるために真冬の八甲田山登山部と合流している者さえいる始末だ。

 ごく一般的な美術部員たる柿崎は部室にいる事が多い。

 ボブ・モアイを描き終えて切りはよかったのだが。せっかく現れたのであれば仕方がない、と柿崎は鉛筆を手に持ったまま手招きして有森を部屋に招き入れた。


「何だかんだと人物画の練習になる。今日はもうあまり時間は取れないが、モデルになるか?」

「もちろんですっ」


 嬉しそうに椅子に着席する有森。昨日とは違うポーズを決めている。

 十字と楕円を描いて頭の位置を決めつつ、柿崎は世間話を開始した。友人、青森の状態異常について事情聴取を早めに開始したい気持ちはあるものの、最初から話題に挙げるのもおかしい気がしたためだ。


「本当に美術部に入るつもりなのか? 描かずにモデルをするだけって前代未聞だぞ」

「この学校、部活動はかなりの自由度があると聞きました。荒川でマグネットフィッシングした物ばかりを描いている美術部員もいるとか」


 芸術系の人間は大なり小なり奇行に走るものだ。

 有名な芸術家の中には潜水服を着て講義を行い酸素供給がうまくいかず窒息しかけた人もいたとか、いないとか。それを思えば、米花市サバイバル部の部員をすべて黒一色で描く趣味を持った先輩など易しい分類だろう。


「まあ、いいか。本当に入部するつもりなら入部届けを帰るまでに書いておいてくれ」

「今書きますよ」

「モデルが勝手に動くな」


 何となく輪郭を描き終えた柿崎は目を描き始める。日本人は目から感情を読み取る事に特化しているという話があるが、目だけでもモデルになっている有森がニヤっと笑っているのが分かるから不思議である。


「カンジ先輩が入部を認めてくれました。私に魅了されたって証拠ですよね」

「俺はまったく魅了されていない」

「嘘ばっかりー。昨日、あれだけ根掘り葉掘り私について聞いておいて」


 魅了されているのは自分ではなく友人、青森であると言いかけて口を閉じる。本人以外が恋心を明かすのは、唐揚げにレモンをかけるくらいにタブーだ。


「ごほん。これは俺の友人の話なんだが――」

「でた! 定番の意味のない前置き!」

「――どうも一目惚れをしたみたいなんだ。一目惚れについてどう思う?」

「別にいいんじゃないですか? 私って顔が良いので、顔だけにかれてしまうって感情を理解できるつもりですよ」


 有森は肯定的な意見を述べているように一瞬だけ思えた。


「でも、顔で判断するって事は顔で判断される覚悟があるのかって話になりますよね。そうなると一目惚れって独りがりは、カッコ、イケメンだけが許される、カッコ閉じ、になってしまうんですよ」


 見た目の可愛らしさに反して過激派な思想の持ち主であった。SNSにアップされたならば炎上待ったなしである。なまじ顔が良いだけによく燃える。


「つまりカンジ先輩ならOKです」

「だから友人の話だって。まあ、何となく状況は分かった。……青森はせめて振られるべきだったな」


 青森は贔屓目に見てもスーパーミドル級ボクサーに顔を殴られまくったイケメンに負ける。告白成功率がソシャゲのレア排出率未満となれば撤退も止む無し。誰も好き好んで負けたくはない。

 ただ、負けなかった所為で気持ちは遺棄(行き)場を失った。終わる事ができなくなってしまった。


「顔が良くても性格が悪い人間がいるように、外見では語れない内面の良い奴はいるとだけは伝えておこう」

「でしょうね。顔が良くて性格が最悪って実例が身近にいるので知っています」


 青森が唯一幸運だったのは、内面極悪の女と縁を持つ前に終わった事だろう。何かの間違いで付き合えたとしても性格が酷くて長続きするはずがない。有森ごときが、青森と釣り合うものか。

 友人の前途を祈りつつ、この件には手出しせず時間経過による風化を待とうと柿崎は決めた。




 ◆翌日 二年C組 朝のホームルーム前◆


「なあ、柿崎。有森さん可愛いだろ。付き合っちゃいなよ、You」


 翌日の朝。

 友人を放置し、解決を時間任せにしていた柿崎に天罰が下る。

 おかしくなった青森に馬鹿な提案をされてしまったのだ。


「こいつはもう駄目だ。精神的に去勢されていやがる」

「失礼な奴だな。お前って本当に俺の友達か?」

「お前よりかは良い友人だという自信はあるな」


 意中の女を譲るという程の権利を青森は有していないが、とはいえ、これはさすがにないというのが柿崎の感想だ。

 友人をここまで狂わせた有森なる悪女を柿崎は最大限に賞賛しつつ、友人をおかしくしてしまった女の評価をガクっと落としていた。

 薄暗い笑顔が似合うイケメンが、隣の席の馬鹿な男を見た瞬間に溜息を吐く。

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