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五目惚れ 顔・即・断

 昼休憩になったというのに、弁当箱をカバンにしまったまま席から立ち上がる。


「あれ、食わないのか?」

「栄養摂取よりも優先するべき事があるんだ」


 隣席の柿崎は普通に昼食を摂り始めたが、俺は教室を出て行き、そのまま階段を下る。一年B組へと向かうためだ。

 仕入れたばかりの情報の真偽を確かめる。有森という苗字らしき彼女が本当に一年B組にいるのかをこの目で確認するのだ。

 本人から直接聞いたというこれ以上ないソースを提示されているものの、俺が山畳さんじょうなる一年女子から仕入れた情報と食い違う。誰かが嘘をついていなくても伝言ゲーム的に誤情報が混じったのかもしれない。

 一番単純な確認手段は、俺の目による目視だ。廊下からチラっとでも一年B組を見ておきたい。昼休憩になった直後であればほとんどの生徒が教室にとどまっているはず。


「本当にいるだろうか」


 若干、血流が上昇しているのは階段を駆け下りたから。

 廊下を往復するのは不審者過ぎるので下級生へ配慮し、ゆっくりと歩いてB組の中を横目で見よう。そうしよう。

 動体視力のすべてを用いて、女子生徒の顔をパターンマッチングしていく。



「ミキ、それ何?」

「エッグベネディクト。知らない? アリサは知らないかー」

「私の知っているエッグベネディクトは目玉焼きを乗せたマフィンじゃない」



 いた。

 教室の中央付近に立っており横顔しか見えていないが確信できる。彼女だ。


「まあいいや。ドリンク買ってくるから、ちょっと待ってて」

「空腹なのでお早く」


 丁度、外に出てきそうな雰囲気だ。俺の足元の重力も丁度強くなった所為で足が遅くなる。鉢合わせしてしまうぞ。先に手洗い場でヒゲが伸びていないか確認しておくべきだった。どうしよう。



「……あ、先輩だ。どしたの、一年に用事?」



 目当ての有森ではなく、別の知らない一年女子が廊下に出てきたぞ。邪魔だ、どけ。


「おーい、青森先輩?」

「いや、よく見れば……山畳じゃないか。こんな場所で出会うとは奇遇だ」

「何言ってんの? 私の方をじぃーっと見ていたから何か用事があると思って出てきたのに」


 誤解だ。山畳の事は目に一切映っていなかったので用事があるはずがない。

 まあ、せっかく出てきてくれたのだから、思い出した用件を伝えておこう。

 俺がお料理クラブに何故か所属してしまったように、山畳もお料理クラブに何故か所属してしまったのだ。新入部員同士でありつつも先輩と後輩でもある。


「今週は新入部員の獲得が続くから、部活動開始は来週かららしいぞ。来週からは放課後に調理室に来てくれってさ」

「分かりました。青森先輩の料理、楽しみだなー」


 必ず俺の料理を山畳が試食しなければならないルールはないのだが。決まった事のように喉を鳴らしている。ちなみに、俺が彼女の手料理を食べなければならないルールもないはずだ。



「ちょっとミキ、誰と話してい……ん、んんーっ?」



 教室から現れた新しい気配にドキりとさせられる。

 彼女だ。まさか二日連続でこんなに近くに現れるなんて俺はツイている。ただ、顔を見れればそれでいいと思っていただけの昼休憩が至福の時間に昇華した。たとえ、相手に「誰だっけコイツ?」的なひたいにシワを寄せた顔でにらまれる状況であろうとも、俺にとっては偉大な一歩である。

 この機会に縁を結ぶ。

 友達となって親密になって、彼女の素晴らしい内面を知るのだ。



「んー、すみません。どこかで覚えた顔のような気がしたのですが、好みではなかったので忘れました。私の審美眼にかすりもしません。ごめんなさい」



 天使に全力の平手打ちをされて地獄まで落っこちた。これにて俺の一目惚れ、完。


「いきなり倒れて青森先輩どうしましたっ。保健室行きます?」

「だ、大丈夫。肉体的には正常だから……」

「アリサが初対面なのに失礼な事を言うから。本当の事を言わないのも大事な処世術なんだって」


 あれ、山畳の奴。介抱するようにみせてトドメを刺しにきていないだろうか。この子、女暗殺者なのか。

 意中の相手に眼中にないと言われるのはこたえるものがある。けれども、まともに話をした事もない者同士であればむしろ普通。関係性のない相手の感想なんてミジンコに等しい。

 だから、これからなのだ。

 知り合いとなって、友人となって、内面を知り合う。そこからが本当のスタートなのだ。シアノバクテリアから人間へと関係性を進化してみせる。



「ごめん、ごめん。私って顔が良いじゃん? だから、かなりの頻度でワンチャンでもいいから告白したいとか、付き合いたいとか、そんな妄想持たれる事が多くて困ってて。顔が一定レベルに達していない男にはチャンスなし、夢を見んな、って最初に叩き込むのも親切なんだって気付いたの」



 試合開始直後に体がくの字に折れ曲がった。ボクシングで言うとストレートが鳩尾みぞおちに入ってダウンした状態だ。


「内面を見てくれって食い下がる面倒な奴もいるけどさ、人様が迷惑な顔しているのに気付かない時点で内面ドロ臭くない? そもそも、私の顔を見てその気になったお前が言うなって話」

 

 れ、レフリー。カウントはいいから早くゴングを鳴らしてくれ。この女、ダウンした相手に追撃をしかけてくる。完全に反則だ。


「内面って言葉も都合良過ぎると思わない? 内面の一番表層が外見ってだけで、見えている部分も内面の一部なんだって気付かないかな。それをさも見えないみたいに言っちゃって。逆・裸の王様? ちょっと違うか」


 血反吐を吐いた。

 だ、誰でもいい。タオルを投げてくれ。選手が死ぬぞ。生命が断たれてしまうぞ。心が死んでしまう。



「まあ、私なんかに一目惚れする奴は絶対にないって私が思っているだけなので。赤の他人の先輩は気にされず」



 心停止だ。テクニカルタイムアウトを待たずして俺は年下の意中の相手にボコ殴りにされてしまった。

 ここからの再起は絶対に無理だ。不可能だ。

 これが、彼女の言葉に幻滅してしまったから、であったならまだ救いはあったのかもしれない。けれども、そうではないからもう無理だ。

 確かに言葉は鋭利に過ぎて手加減知らずだったものの、彼女の言い分は心底同意できるものだった。非の打ち所がないとは彼女の言葉の事だろう。

 世の中、一目惚れは微笑ましいものとして扱われる場合が多いが、酷くとんでもない。こんな劣悪な他人知らずな感情は忌避されるべきだ。

 一目見ただけで他人のどこが分かる。何を分かったつもりで恋する。


 ……そうだ。一目惚れなんて――ただの精神病だ。


 震える足でフラフラと立ち上がる。


「――邪魔をした。もう大丈夫……でもないが、支えなくてもいい。昼飯を食べていなくて、クラっとしたんだ」

「貧血ですか。若い内はきちんと食べないと」

「そうだな。教室に帰って食べる」


 山畳にお礼を言ってから階段へと向かう。

 有森にも非礼をびるように深く頭を下げてから一年B組の廊下から立ち去った。





「あの先輩? 嫌に丁寧な挨拶をして帰っていったけど……」

「アリサ、告白された訳でもないのに言い過ぎだって。一方的に相手を嫌な気分にさせる事を論破とは言わないからね。そもそも、アリサにとって青森先輩は知らない人でしょうに」

「あー、うん。つい」


 廊下にいつまでも残っていられないため教室に戻る。去ったばかりの先輩――名前は分からない――が気になっていた所為で、有森は自販機に向かうのをすっかり忘れている。


「青森先輩、一年に気になる人がいるらしいのに。もしかしてB組だったのかも」

「それって私じゃない?」

「いや、アリサとまったく性格が違ったから絶対に違う」


 山畳の話を聞いた有森は多少の罪悪感を覚えてしまった。

 有森としては定常運転の受け答えであり、内容も間違っていないと断言できる。

 青森が琴線に触れない顔をしていたのも否定のしようがない事実である。

 ……ただ、もう少し人目のない場所を選ぶべきだったとは反省できる。山畳の言う通り、特に迷惑をかけられた相手でもないのにこき下ろし過ぎたかもしれない。


「もしかして謝った方がいい?」

「根に持ちそうな人ではないと思いたいけど。うーん」

「ごめん、ミキ。同じ部活なら少し探りを入れてくれない」

「えー、部活は来週からだから面倒」


 普通であれば気にもしない、知り合ってもいない男子生徒を有森は気にかけてしまう。

普通の男子高校生が可愛い後輩に一目惚れすれば、友達にもなれずに終わるのが普通ですね。

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