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四目惚れ お土産のモアイ

 有森有紗(ありさ)が騙された事に気付いたのは、教室内に充満する油絵具の臭いを嗅ぎ取った瞬間だった。部屋の看板に『美術室』と書いてあったというのに、気付くのが遅過ぎる。


「あんにゃろ。顔を覚えたぞ」


 顔を覚えられた男子生徒の言葉に従って、調理室を目指して一階を突き当りまで移動、そのまま校舎を出ていき、古びた旧校舎の端まで移動した有森は良い子なのかもしれない。

 軽く殺意に目覚めながら有森は無人の美術室を見渡す。



「ん? どうしてここにボブが?」



 訂正。無人ではなかった。

 キャンバスの向こう側に鉛筆を持った男子がいる。模写している対象は椅子の上に乗せたモアイ像のようである。アポロの石膏像でもなければブルータスの石膏像でもなく、どうしてモアイなのだろうか。


「ボブって誰?」

「……あ、あー、そのモアイの名前だから気にするな」

「ふーん」


 モアイに関心のない有森はボブをスルーである。

 美術にも興味がない。間違って美術室に入ってしまった気恥ずかしさを誤魔化すために壁に飾られた絵を見るふりをしながら移動して、流れに沿って退室するつもりだった。

 けれども、有森は足を止めてしまう。

 ついで程度に目撃した絵描き男子の顔を見た瞬間に、目を奪われたのだ。



「イケメン、だと!?」



 整った顔だった。世で推されるアイドルと比べれば当然ながら負けるとはいえ、普通の高校に生息している生物の中ではなかなかの上物だ。はしたなく涎を飲むくらいは造作もない。

 クール系というと若干の語弊がある。ニヒルに笑いそうな感があるというのが正しい。


「顔にうるさい私の目をもってしても、この高校にイケメンがいる事に気付けなかった」

「初対面から何なんだろうな、このボ……えーと、名前は何だろな」

「一年B組、有森有紗です!」

「ご丁寧に。俺は二年C組、柿崎甘慈(かんじ)だ」


 さっそく、イケメンの学年、クラス、名前という個人情報をゲットした有森は上機嫌だ。カンジの漢字は分からなかったが、おとことかそういう系だ、きっと。

 柿崎の方は「ああ、アイツと一時違いの苗字か。覚え易いな」と奇妙な感想を述べていたものの、テンション上昇中の有森の耳に入っていない。


「カンジ先輩って美術家なんですね。憧れちゃう」

「ただの零細美術部の部員に憧れる要素があるのか?」

「凄いですよ。私って顔がいいだけで絵を描く才能がないんで、絵を描ける人に憧れちゃいます」


 有森いわく、男はとりあえずめろ。よく分からない事でも、当たり障りない言葉で褒めるべし。

 言葉の費用対効果は大きい。何せゼロ円、プライスレスだ。何よりSNSと違って記録として残らないところが最高であり、多少の失言はなかった事にできる。

 そして、会話において褒める行為は点数が高い。暗に好意を覚えているとアピールできるため気恥ずかしさが一切ない。むしろ、恥ずかしがるのは褒められた相手側だ。


「ほら、ボブちゃんも本物みたいに描けていて瓜二つです。ただの部員なんて謙遜ですって」


 キャンバスに書かれたモアイも褒める。

 鉛筆で下書き中のモアイの出来は悪くない。素人目なので本当に良い絵なのかどうかはさっぱりであるが。


「ん? ボブは有森の事では?」

「んん? 私」

「あ、いや、何でもない」


 モアイ――命名、ボブ――は、いつぞやの美術部員が修学旅行先の太秦うずまさで買ってきたお土産品だ。四角い造形はデッサン向きと言えるだろう。

 なお、本当は石膏を使ってクロッキーを行いたいところであるが、マルスもブルータスも去年の暮れに粉々に割れてしまって美術部に存在しない。柿崎としては渋々とボブ・モアイを描いているため、目の前の線画を褒められても気分は微妙だった。



「私? ……あっ、もしかして顔の良い私を描きたいです?」



 柿崎の脳内ではボブ、イコール、有森となっているため言い間違えただけだった。

 ただ、柿崎の言い間違えを咀嚼そしゃくした有森は、酷くポジティブな方向に勘違いした。

 有森の行動は早い。さっそく椅子の上の自分自身(ボブ・モアイ)をどかすと自分が座る。

 存分に描けと言わんばかりのニコっとした顔を柿崎に向けて準備完了だ。


「おいおい」

「言われて気付きました。私の才能を活かせる部活動を探していたんですが、私の友人が本気で考えてくれていなかったんだって分かりました」

「俺は何も言っていないし、有森の友人もそこそこ本気だったと思うぞ」


 真正面から自画自賛する顔を見せつける有森。言うだけあって、確かに様になっている。

 モアイを描いている途中だった柿崎としては不服さはあるものの、別にモアイを描きたかった訳ではなかったと思い出す。

 新しいキャンバス画紙を持ってくると、有森と向き合った。


「私の才能を活かせる部活は、ここ、美術部だったんです。私、美術部で才能を活かします」

「美術部の活動は描く方であって、描かれる方の活動はない」

「大丈夫。大丈夫。同じポーズを長時間続ける自信はあります」


 会話しているのにほとんと通じ合っていない。ただ、互いの利害が奇跡的に合致している。

 有森の目的は、イケメンとお近づきになる事。己の才能を発揮できる部活に入る事。

 柿崎の目的は、モアイよりも描き甲斐かいのあるモチーフを得る事。新入部員を得て部費を増やして新しい石膏を買う事。そして……面倒な友人の惚れた相手の素性を知る事だ。


「まあ、せっかくだ。描いている間、ずっと黙っているのも暇だろうから、話をしようか」

「望むところです。カンジ先輩」

「有森の誕生日に星座、家族構成は――」





 卵の殻の入ったカルシウム豊富なエ、エ……俺、一体何を食べたのだっけ。

 首をひねりながらも登校を果たす。二年C組の引き戸を開くと、柿崎の姿を発見した。半々くらいの確率で俺の方が早く登校するのだが、今日は違ったらしい。


「お、来たか。青森」

「おはよう、柿崎。って、何か大きな物を持っているな」

「お前のために調べてやったぞ。ついでに、ほらよ。ボブちゃん改めて有森の顔だ。欲しければやる」


 何故か分からないが、柿崎が俺の想い人を鉛筆で手書きした絵を手渡してきた。

 どうしてお手軽なスマフォ写真ではないのだろうか。分からないが、そこそこ上手だ。彼女だと分かる。


「どうして、柿崎が彼女の絵を?」

「どうしてだろう。俺にも分からない。が、名前は分かった」

「有森が彼女の名前?」

「九月三日生まれのおとめ座。一人っ子らしい」

「どうして、柿崎が彼女の個人情報を知っているんだ?」

「本人にいた」


 何が何やらさっぱりであるが、柿崎がでかした事は確かなようだ。


「青森は部活に入っていなかったな。今、美術部に入れば有森に近付けるぞ」

「……いや、それが……昨日、何故かお料理クラブに入る事になってしまって」

「どうしてだ?」

「どうしてだろう……」

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